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4.帰る場所

 竜の庭は高さ32メートルの円柱型の一応は山である。山の下から見える絶壁が全て岩のため岩山のように見えるがそれは間違いである。頂上は一本の巨大な木と草原が広がっていて緑であふれ、岩山とは真逆の光景が広がっている。


 現在山頂の草原には崖際に落下防止のため腰あたりまでの高さの石の塀が並んでいる。無論、この塀を造ったのはドラゴスール王国の兵たちである。


 この山はワタルたちが来る前は特に何かに使われるわけでもない無用の長物であった。しかし、ワタルたちが入城すると迷いもなくこの山に住むと言ったため、アイレスの指示で塀が建設されたのだ。塀と同時に造られたのが頂上まで登るための階段である。


 階段は山の外周をぐるぐると登っていくように造られた、一種のらせん階段である。計216段からなるこの階段は、兵たちの間では太腿殺しの階段と呼ばれるようになった。


 因みにワタルは山頂までは竜と共に上がるか、魔法で跳んでいくためその異名の意味をいまだに理解していない。


 山頂のほぼ真ん中にそびえ立つ木はビガービガーセコイアといい世界最大の木の種である。竜の庭にあるこの木は高さは23メートル、幹の直径は5.5メートルと既に巨大に分類される大きさだがまだ成長途中である。


 ワタルが迷いもなくこの山を寝床に選んだ理由はこの木にある。ビガービガーセロイアの木はワタルたちの故郷、竜の谷にもあった。この木の最大の特徴は枝の太さ、強さにある。枝も幹に負けず大きくなり竜が乗れるほどになる。そして、竜が乗っても決して折れない。それ故に竜たちにとって最高の寝床として重宝されていた。そして、この竜の庭でも同様に竜たちの格好の寝床となっている。


 木の下には二階建ての木の家が建っている。ワタルの家である。この家はワタルと竜たちの手で1週間がかりで建てられた。

 その家の横にワタルとアイレスを乗せたソニンが降り立った。


 ワタルたちが竜の庭に突いた時、7頭の竜がいた。飛竜が二頭、青水竜のマール、白雪竜のヴィーネ。陸竜が三頭、灰岩竜のゴーロ、緑草竜のリーフィ、銅泥竜のドロロ。海竜の二頭、黄雷竜のライデイン、紺波竜のザブールの7頭だ。


 時刻はまだ夕方であったが5頭は木の上で眠り、残りの2頭は草原の端で遠くを見つめていた。


「おーい、お前らちょっと話あるから集まってくれ」

 ワタルが大きな声で竜たちにそう呼びかけた。その瞬間、アイレスは胸がざわつくのを感じた。


 木の上で寝ていた竜たちは目を開けワタルを見た。しかし、すぐにまた目を閉じ眠り始めた。草原に立っていた二頭もワタルを一瞥するだけでなんの反応も示さず、また遠くを見つめた。


 一言で言えば全ての竜がワタルを無視した。


「おーい、お前ら、聞いてんのか?」

 今度は目も開けず、振り向きもせず、全く動かなかった。まるでワタルの声など聞こえていないかのように。


 アイレスの嫌な予感が的中した。スカイの魔法を使用された竜たちはワタルの言うことはもう聞かない。それどころがワタル完全に無視した。


 アイレスは最もワタルと竜たちの関係を理解している人間だ。だからこそ、その可能性があると自らワタルに忠告しながらも、目の前の光景を信じることができなかった。

 アイレスはいつの間にか震えていた右手の震えを止めようと、自分の左手で強く握りしめた。


 アイレスがそうしている間も、ワタルは竜たちに何度も呼びかけた。だが、竜たちがその声に応えることはなく、むなしく草葉が揺れるだけだった。


「おい、お前らいい加減にしろよ!!」

 ワタルが怒りを露わにして叫ぶと竜たちはほぼ同時に巨体をびくっと震わせた。しかし、それも一瞬だけで竜たちはワタルの声など聞こえないふりをした。


「このっ」

 ワタルは大きく跳ぶと空気魔法で空中に足場を作りピョンピョンと宙を飛び跳ね木の上の竜たちへと飛び掛かろうとした。しかし、木の上の竜たちは慌てて散り散りになって飛び立った。


 ワタルはひとつの木の枝に飛び乗ると、留まることなくすぐにまた跳んで竜を追いかけた。


「おい、待てよヴィーネ」「ゴーロ話を聞け」「マール止まれ」

 幾度もワタルが声をかけるも竜たちは止まらずワタルから逃げ続けた。


 飛んで逃げる竜たち、それを跳んで追いかけるワタル。立体的でまったく楽しくない鬼ごっこは10分以上も続いた。

 息切れしたワタルは静観していたアイレスとソニンの傍に降り立つと背中の剣に手を掛けた。


「本気で腹立ってきた、ソニン手を貸せ」

「ダメよワタル、それを使うのは」

 アイレスの言葉でワタルは手を止める。


「だってよ……」

 ワタルは不満そうであったがアイレスの不安そうな顔を見て、それ以上は何も言わず剣から手を放した。


 その時大きな影が二人を覆った。見上げると赤い竜が飛来していた。


「ヴォルカオ」

 飛竜の一頭、赤炎竜ヴォルカオであった。


「なんだワタル、まだおったのか」

 ヴォルカオの上からどこか人を小馬鹿にするような声がした。


 ヴォルカオはワタルたちから少し離れたところに静かに着地すると、ゆっくりと丁寧にしゃがみ込み、頭を垂れて、背中の人間が頭から階段のように下りれるようにした。


 ワタルは眉をしかめた。


 竜という生き物はプライドが高い。それ故に竜は基本、認めた人間しか背中に乗せない。そして、例え認めた人間であっても頭の上に乗られるのを嫌がる竜は多い。ワタルが知る限り最もそれを嫌うのがヴォルカオである。


 そのヴォルカオが自ら頭を下げて己の頭を通り道にしている。ヴォルカオをよく知るワタルにとってあり得ない光景であった。

 ヴォルカオの頭を踏みつけ下りてきたのは国王代理カミゼーロとスカイであった。


「今日中に出て行けという言葉を忘れたか? ワタルよ」

 カミゼーロはニタニタと笑う。


「どうでしたワタル君? ドラゴンたちは君と一緒に帰りたがりましたか?」

 スカイは張り付いたような笑顔でワタルを見た。ワタルは何も言い返さなかった。そうこうしている間にワタルから逃げまどっていた竜たちはスカイの後ろに集まり整列していた。そのことに気が付いたワタルはショックを隠せなかった。


「ワ、ワタル……」

 心配するアイレスの声をかき消すようにカミゼーロは高らかに笑い始めた。


「フハッハッハッハーッ、ワタルよ、どうやら思った通りにはならなかったみたいだな。これでわかっただろ? 竜たちはお前のことなどもうどうでもいいのだ! お前のことなど主人だと思っていない! 今や竜たちの主人はこの私だ! 竜たちはここに残り、我のために働く! わかったか? もうここにお前の居場所などない、さっさと田舎へと帰るがよい」

 カミゼーロの勝ち誇った、嫌みったらしい声はワタルの耳には届いていても脳までには殆ど響いていなかった。


 ワタルにとって竜たちは家族そのものであった。その家族に見放されたという事実にワタルの心は追いついておらず、


「わかったよ、国王代理。荷物をまとめてすぐに出て行くよ」

 ワタルは覇気のない声でそう答えると、生気のない目のままトボトボと家へと歩きだした。


 ぷぷぷっとこらえきれない下品な笑い声を漏らしながらカミゼーロは小さな声で「やれ」と呟いた。

 スカイは微かに笑うと右手を上げ


「やれ、灰色の」

 と指示を出した。


 次の瞬間、ワタルを飛び越え灰岩竜のゴーロが岩のようにごつごつした尻尾を叩きつけワタルの家を粉砕した。


 呆然とするワタル。声も出せず驚きと悲哀の表情を浮かべるアイレス。対照的にゲラゲラと笑うカゼミーロ。そんな三人を鼻で笑ってからスカイは次の指示を出す。


「赤いの」

 スカイの合図で赤炎竜のヴォルカオが口に魔力を集中させる。ヴォルカオの口元に見る見るうちに赤色に光る玉が作られた。


「ヴォアアアア」

 ヴォルカオの咆哮と同時に会玉は巨大な火炎玉となりワタルの家の残骸へと放たれた。炎は一気に燃え上がり残骸は一瞬で炭と化した。


 傾き始めた夕日と相まってワタルの眼前はオレンジ色に染まった。


「ぶははは、ゴミが住んでいた家だけあってよく燃えるよく燃える」

「おじ様、なんて酷いことを」


「何を言っているアイレス。私は何もしておらん。見ておっただろ? 全部竜たちがやったことだ」

「そんな! 指示したのはおじ様たちじゃないですか!」


「指示? そんなの知らんな。それにだ、例え指示していたとしても、竜たちが聞きたくない命令は聞かないはずだ。そうだろ? スカイ」

「おっしゃる通りです国王様」


「ほーら、聞いたかアイレス? つまりは、あのおんぼろハウスは竜たちにとっても邪魔だったということだ」

「そんなはずは……」

 アイレスは視界の端にワタルを捕らえ言葉を止めた。ワタルはパチパチと燃え盛る炎をただ黙って見つめていた。


 ワタルは家を建てた時のことを思い出していた。近くの山に飛んでは大量の木材を持ち帰り、適当な大きさ形に切っては積み上げ組み立てた。当然、上手くはいかず何度も失敗した。ようやく形になった家は竜目線で造られたからか、ワタルしか住まないのに無駄に大きく、酷く不格好であった。それでもワタルたちは大満足でみんなで笑って喜んだ。


「ワ、ワタル……? 大丈夫……?」

 駆け寄ろうとするアイレスをワタルは手で来るなと制止した。


「大丈夫、それよりも危ないからそれ以上こっちには来るな」

 そう言いながらワタル自身はそこから動こうとはしなかった。


「ふん、つまらん。もういい消せ」

「承知しました。おい、青いの」

 スカイの声を聞いて青水竜マールが大きく口を開いたと思ったら、


「ムアァー」

 という方向と同時に口から水流を放出した。見る見るうちに火は消え、後には僅かばかりの木炭と黒焦げの地面だけが残った。


「……ありがとう国王代理」

 ワタルがぽつりと呟いた。


「はあ?」

「これで荷物をまとめる手間が省けたよ」

 ワタルは笑っていた。その笑顔にカミゼーロを不快にさせるのに充分であった。


「ならばさっさと出て行け!!」

 カミゼーロは怒鳴った。それでもワタルは穏やかに笑っていた。

 怒るカミゼーロの傍らアイレスは驚いていた。


 アイレスが知る出会った直後のワタルならば、カミゼーロの挑発に乗って迷いもなくカミゼーロだけでなくスカイ、竜たちに殴りかかっていたはずだ。しかし、ワタルはそうしなかった。


 アイレスにはその行動ががワタルの成長からなのか、それともはたまた別の理由からなのか測りかねた。

 ワタルはゆっくりとソニンに近づくと優しく頭を撫でた。


「ソニン、俺がいない間アイレスのこと頼んだぞ」

「キュイイ」

 ソニンは高らかに鳴いた。


 ワタルはカミゼーロの方に向き直す。しかしワタルが見ているのはその後ろの竜たちであった。

「お前ら……ゴーロ、マール、ヴォルカオ、ネーヴィ、リーフィ、ドロロ、ライディン、ザブール……」

 ワタルは一頭ずつしっかりと名前を呼んで反応を待った。しかし、一頭もワタルの呼びかけに答えることはなかった。それでもワタルは話し続ける。


「サウ爺の言葉覚えてるよな? ……言われたことはちゃんとやれよ……じゃあな」

 それまでワタルの言葉に一切の反応を示さなかった竜たちが各々手であったり足であったり、体のどこかしらをピクリと動かした。

 そのことを知ってか知らぬか、ワタルは踵を返し竜の庭から立ち去ろうとした。


「待ってワタル」

 アイレスが呼び止めるとワタルは振り返らぬまま歩みを止めた。


「竜の谷まで歩いて帰るつもり? いくら何でも無茶よ。馬それとお金と食料を渡すから受け取って」

「ならぬ」

 カミゼーロは即座にアイレスの申し出を却下したアイレスの手が怒りで微かに震える。


「おじ様、それはあまりに酷なのでは?」

「そいつはもう我が国の兵ではない。そんな奴に与えるものなど何もない」


「ですが!」

「いいよアイレス」

 アイレス言葉をワタルは遮った。


「もういいよアイレス。お金はいくらか持ってるし、飯もその辺で適当に調達するよ。馬も大丈夫。時間もあることだしのんびり歩いて帰るさ」

「ワタル……」

 アイレスは大きく深呼吸してからゆっくりとワタルに歩み寄りワタルの背中に触れた。そしてカミゼーロたちには聞こえぬよう小さな声で言う。


「必ず戻って来てね」

「ああ、必ず」

 ワタルの返事をしっかりと聞いてからアイレスはワタルの背中を優しく押した。


 ワタルは駆け出し一気に竜の庭から飛び降りた。ワタルの姿は一瞬で見えなくなった。


 キューとソニンが寂しそうに鳴いた。それを聞いたアイレスはソニンに駆け寄り「大丈夫よ」と優しく抱きしめた。


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