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2.四騎将

 謁見の間を出てすぐの通路は渡り廊下になっている。渡り廊下の左手には庭園が広がっている。そこに、王宮テイマーとなったスカイが引き連れてきた魔獣たちが整列していた。そして、渡り廊下からその魔獣たちを眺める3人の影があった。


 3人の中のひとり、青髪の若い女性が謁見の間から出てきたワタルに気が付くと小走りでワタルに駆け寄って抱き着いた。


「ワタル君、本当にクビになっちゃったの?」

 彼女の名はティア。ドラゴスール王国が誇る四騎将の一人で、が20代でありながら大魔導士の称号を得た魔法使いだ。


「いつも言ってるけどいちち抱き着くなよ。というか、なんで俺がクビになるってこと知ってるんだよ?」


「知らないのは当人だけだったのだよ、ワタル」

 静かにそう告げたのは、同じく四騎将の一人であり、男でありながら長い髪をなびかせてもなんら違和感を持たせないほどの整った容姿を持ちながら、王国最高軍師の地位に就く男、フレイドであった。


「ちょっと待って、それどういうことだよ?」


「どういうことも糞もないだろ。一週間も前からあのスカイとかいういけ好かないメガネがお前に代わって竜たちを従えるからお前はクビになるって聞かされてたんだよ、この間抜けが」

 ワタルを小馬鹿にするように笑うのは、オールバックで目つきの悪い男、四騎将の残りのひとりであるキョウヤであった。


「なんだよ、知らなかったのは俺だけかよ。それで、そんな大事なことを教えてくれなかった意地悪な諸先輩方はこんなところで待ってて俺に一体何の用ですか?」

 ワタルは明かにふてくされていた。そんなワタルを見てティアはあたふたした。


「違うの、違うのよワタル君。私だって本当はどうにかしたかったし、事前に教えたかったんだけど……カミゼーロ王は勿論、アイレス姫にも口止めされてて……」

「……ア、アイレスにも?」

 これまではどこか余裕のあったワタルであったが、この時は誰から見てもわかるほど動揺していた。


 そんなワタルを見て四騎将は思い思いに笑った。


「ワタル、安心しろ。さっき国王代理も話した通りアイレス様はお前を完全にクビにする気などない。姫は自身が王になったらすぐにお前を呼び戻すつもりだ。それに、口止めしていたのはアイレス様にもいろいろ考えがあってのことだ」

 それを聞いてワタルはほっと胸を撫で下ろす。と同時にあることに気が付く。


「そっか、それならよか……ん? ちょっと待てよ、ゲルニカのおっちゃんその言いよう。おっちゃんも事前に聞いてたのかよ?」

 ゲルニカは少し気まずそうに目を逸らしながら「ま、まあな」と鼻の上を掻いた。


「まあなじゃねえよ! じゃあ、さっきの必死の抗議、あれも全部演技かよ!!」

「いや違う、あれは、その、演技であって演技ではない……」


「何意味不明なこと言ってるんだよ、おっさん」

 たじろぐゲルニカと不満そうなワタルを見てティアは笑った。


「ワタル君、そんな顔しなくても。ゲルニカさんに代わって説明するとね、ゲルニカさんはワタル君がクビになるっていうのは確かに事前にアイレス姫から聞かされてはいたんだけどね、国王からその話をされるのはさっきが初めてだったのよ。だから、王に対する抗議は演技ってわけではないのよ」


「なんだ、そういうことか。仮にも全兵を指揮する大将軍だろ? なのに、俺と同じタイミングで知らされるなんて……あんまり信用されてないんだな」

「そんなことはない。ゲルニカ殿は国王からも絶大の信頼を得ている」


「じゃあ、なんで?」

「そりゃ決まってるだろ。ゲルニカの旦那はお前のクビに強く反対する。そんなことは容易に予想できる。そんでもって旦那はしつこい。もし、お前にクビを言い渡す一週間も前に教えたら毎日抗議に来ていたことだろうということも簡単に想像がつく。だから、お前にクビを言い渡すのと同時に報せることにしたんだよ」


「あーなるほど、そういうことか」

「なるほど、そういう理由だったのか」

 ワタルだけでなくゲルニカまでもが納得し感心する。


「ゲルニカ殿までそんな反応しないでいただきたい」

「それで結局、先輩方はここで何をしていたんだ?」

 ワタルの再度の問いにティアたちは顔を見合わせ呼吸を整えワタルの方に向き直した。


「実はね、ちょっと言いにくいんだけどワタル君にお願いがあるの……」

「お願い? 俺に? なに?」


「あの、その……マールは連れてここに残していってほしいの!!」

 マールとはワタルと一緒に入城した竜の一体の名である。


「おいおいティア、打ち合わせと違うじゃねえか!」「ティア殿よ、キョウヤ殿の言う通りである。例の件もしっかりと伝えていただきたい」


「だーかーら、事前に言いましたけど、こういうのはちゃんと自分からお願いした方がいいですよ。それで、どうかな? ワタル君」

 ワタルは遠い目をしてハハハと笑う。


「そうですかそうですか、俺は別に必要ないけどマールは必要ですか、そうですか」

「違うのよワタル君。そういうことじゃないのよ」


「いやいや、そういうことだろ。ワタル、お前がいなくなっても別に困らない。だが竜は別だ。竜たちはいなかきゃ困る。特にヴォルカオがいなくなったら困る、この俺が」

 遠慮のないキョウヤの言い分にワタルはげんなりした。


「ワタルよ、キョウヤ殿の言い方はいささか乱暴ではあるがそういうことだ」

「いや、そういうことだって……どういうこと?」

 フレイドはふうっとため息を吐いた。


「つまりだ、アイレス殿のために竜たちは残していけという話だ。最低でも我々4人の愛竜と姫の守護竜だけは置いていってくれ、頼む」

 フレイドは深々と頭を下げた。フレイドの真摯な態度にワタルは照れ臭そうにポリポリと頭を掻いた。


「私からもお願いするわ」

 続いてティアも丁寧に頭を下げた。


「そういうことだ、頼んだぜ」

 キョウヤは頭を下げはしないがワタルに『頼んだぜ』と、すなわちお願いをした。粗暴なキョウヤには似つかわしくない言動であった。


「ワタルよ、この国を守る兵の全兵の代表として私からもお願いする。ワタル、お前は勿論、竜たちはこの国にとってもう欠かせない存在なんだ。少なくても姫とここにいる俺たちはそう考えている。残念なことに現国王の考えは違うようだが……。ワタルよ、フレイドの申し出通り竜たちにはここに残るよう説得してもらえんか? お前には悪いが長い休暇だと思って里でのんびりしてくれないか? そして、どうか半年後……国のために、姫のために戻ってきてほしい、この通りだ」

 ゲルニカは手本と言わんばかりのお辞儀をした。


「皆してやめろって、わかった、わかったよ。というか、わかってるよ。竜たちがいなきゃ困ることくらい。だからよ、最初からあいつらには残るよう言う気だったから安心しろよ」

 それを聞いたゲルニカたちはほっと胸を撫で下ろした。


「それならそうと早く言いやがれ、頭を下げて損したぜ」

「お前は下げてないだろうが!」


「しかしワタル、さっき国王には竜たちを連れて帰ると言ってなかったか?」

「そうは言ってねえよ。さっきも言った通りあいつらがここに残るかどうかを決めるのは俺じゃない、あいつらだ。だから、その時はお前らも諦めろよ」


「なんだよ、ますます頭を下げた意味がない」

「だからお前は下げてないだろうが。だいたい、お前らからあいつらにはちゃんと言ったのか?」


「それなんだけどね、実はちょっと様子が変なのよ」

「変? どういう風に?」


「マールなんだけどね、なんか上の空というか、こっちの声が届いているんだかいないんだか反応がないのよね」

「反応がない? マールが? うーん、マールがそれは変だな、人の話を聞くのが大好きな変わった竜なのに」


「でしょでしょ」

 賛同を得られたのが嬉しかったらしくティアは喰い付くように反応する。


「マールだけではない。ネーヴィの様子もおかしいのだ。大好きなボードゲームに誘っても乗ってこない」

「あのネーヴィが? マジかよ! 俺がどんなに嫌がっても一日一回はやらせてたのに」


「ヴォルカオも変だぜ」

「変ってどういう風に?」


「……聞き分けがよすぎる」

 キョウヤの答えにゲルニカたちは疑問を抱いたがワタルだけは違った。


「おかしい、それはおかしすぎる」

「だろ? あのヴォルカオが背中に乗る前に舌打ちどころが嫌そうな顔もしないんだぜ」


「あり得ん、それはあり得ん! ヴォルカオにかぎってそれはない」

「そうだろ!? そうだろ!!」

 盛り上がる二人をゲルニカたちは冷ややかな目で見ていた。


「キョウヤ君も色々大変なんだね」「類は友を呼ぶという奴だな」「じゃあ自業自得だな」

 キョウヤは少しムッとしたが何も言い返さなかった。


「ゲルニカの旦那の所はどうなんだよ?」

「むっ? どうとは?」


「なんかおかしなところないのかよ?」

「そうだな……」

 ゲルニカは顎に手をあて考える。


「そうだな……食欲がないな」

「……それだけか?」

 ワタルが代表して聞いた。


「それくらいだな」

 ゲルニカの返答に一同はうーんと、微妙な顔をしていた。


「と、とりあえずだ。ワタル、お主の口から竜たちに残るよう伝えてくれ」

「わかったよ。わかったけどよ、それじゃちょっと困ったな」


「困ったって、何が?」

「いやー、ソニンは勿論、マーレ、ヴィーネ、ヴォルカオ、も残せとなるとよ、飛竜ほぼ全員になるじゃん。残りはヴェントだけだけど……ヴェントこそ抜けたら困るだろ? どうしようかな、飛竜の誰かひとりくらいは俺と一緒に帰ってほしかったんだけどな」


 竜は三種に分けられる。地を掛けるのを得意とする陸竜。泳ぐのを得意とする海流。そして飛ぶのを得意とする飛竜だ。


「別にひとりで歩いて帰ればいいだろ」

「バカ言うなよ、ここから竜の谷までどんだけあると思ってるんだよ。それに竜の谷から一番近い村でも滅茶苦茶遠いんだぞ」


「けっ、そんなん知るかよ」

「なんだよその言い方、いいよ、連れて帰るのはヴォルカオにするから」


「おいふざけるな、なんでそうなるんだよ」

 口論を始めたふたりを他の3人は呆れた様子で見守っていた。


「なんだか賑やかで楽しそうですね」

 その時、少し離れたところから声がした。その声を聞いた瞬間、その場にいた全員がむっとした。


 声の主は新たに王宮テイマーとして城に招かれた男、スカイであった。

「これはこれは四騎将の皆さんお揃いで。ワタル君のお見送りですか?」


「まあ、そんなところだ」

 そう素っ気なく答えるゲルニカの横を通り抜けキョウヤがスカイの前に立ちふさがった。


「お見送り? 違えよ。素性のよくわからん馬の骨が国王に気に入れられたせいでこの馬鹿が追放、この馬鹿がいなくなるのは問題ないが竜たちまでいなくなるのは困るからこうしてこの馬鹿に言い聞かせてたんだよ、たく余計な仕事増やしやがって」


「そうでしたか、しかしそれは無駄な労力でしたね」

「どういう意味だ?」


「そのままの意味ですよ。竜たちの主人はもうワタル君ではなくこの私です。ですのでワタル君にそんなこと頼んでも全く無意味ってことですよ」

「それが信じられねえって話だよ」

 スカイは目だけで笑うと、


「そうですか、まあすぐにわかりますよ、私の言ってる意味が。では私はこれで」

 とキョウヤの横をすり抜け立ち去ろうとした。しかし、途中で立ち止まるとスカイは振り返らぬまま言う。


「そうそうワタル君、先ほど竜を一頭は連れて帰りたいと言ってましたね。でしたら姫の側近竜は如何ですか? あの竜の主人は私ではなく姫のままなので元ドラゴンマスターの君なら簡単に姫から取り返せるかもしれませんよ」


「……いろいろ言いたいことはあるけど、まあいいや。とりあえずそれだけはしないよ」

「……そうですか、では失礼します」

 今度こそスカイは5人の前から立ち去った。


「ちっ、いけ好かない奴だぜ」

 キョウヤがそうこぼすとディアも深く頷いて賛同した


「わかる。なんか鼻につくのよね、あの人」

「お前ら、それくらいにしておけ。スカイは来週にも我々と同じ将軍の地位になる予定の男だぞ」


「嘘! 何その出世のスピード? あり得ないんだけど」

「なんだそりゃ?国王のお気に入りとしてもいくらなんでもおかしいだろ? ますます気に喰わねぇえぜ」


 詳細は省くがキョウヤも前国王によって正規の手続きを踏まず特例で王国兵となった。しかし、そんなキョウヤでも将軍の地位を手に入れるまで約10年かかった。キョウヤの不満も当然である。


「将軍になるからには直属兵が配属されるはずですが、その辺はどうなるのですか?」

「直属兵は竜たちと、それとスカイと一緒に入城した彼らを任命するそうだ」


「彼ら……?」

 ワタルの問いに答えるようにゲルニカはクイクイイッと首で渡り廊下から見える庭を指した。


「おわっ」

 ワタルは思わず。変な声を上げた。それも無理はない。庭にはワタルが知らぬ間に巨大な厩舎が建てられていた。中には大きな鳥型、猫型の魔獣が4体ずつ入れられていた。


「なんだよあれ?」

「あれにも気づいてなかったの?」


「いや、だって普段この辺来ないし。で、あれなんなんだ?」

「さっき言ったであろう、スカイはあの魔獣たちを連れて入城したのだ。あの魔獣たちはスカイの使い魔ということだ」


「ふーん、使い魔ね」

 魔獣たちは厩舎の中で気味が悪いほど大人しく、微動だにしなかった。


「あの8体だけじゃないのよ、裏の湖には蟹型の魔獣が4体いるのよ、気づかなかった?」

「……全然。基本、家のある竜の庭と誰かに乗って現地直行だし、この辺来ないから」


 竜の庭とは竜たちが寝床としている城の角にある円柱型の山のことである。あまりにキレイな円形のため自然物ではなく、人間、あるいは竜が造った物ではと推測されている。


 山頂は草原が広がっていて、草原のほぼ中央には大きな木が一本聳え立っている。その木の下にはワタルと竜たちで協力して造った家、ワタルの住居がある。ワタルと竜たちは仕事の時以外は基本ここで過ごす。


「言われてみればそうか、というかなるべく国王様の視界に入らぬよう城内には近づかせなかったしな」

 ゲルニカがひとり納得する。


「しかし、あの魔獣たちと竜たちを直属兵っていうのは無理があるんじゃないのか?」

「国王様が許可したんだ。文句を言っても仕方あるまい」

 その時、ひとりの侍女が少し離れたところでおろおろしていることにゲルニカが気づいた。その侍女はアイレス姫の直近の侍女であった。


「どうした、我々に何か用か?」

「お、お取込み中の所、す、すみません」

 侍女は国軍のトップである4人が揃っているせいか偉く緊張した様子であった。普段はその4人よりも上の姫に仕えているはずなのに。


「お取込みほどのものではないから気にするな、用も殆ど済んだしな、なあワタル」

 ワタルは眉をしかめた。


「そうか?」

「そうだ、では例の件頼んだぞワタル。それで、我々に何の用だ?」


「いえ、あの、用があるのはワタル様ひとりで……」

「俺?」


「はい、姫がワタル様と話したいことがあるから来てほしいと申しています」

 全てを察したゲルニカたちはワタルの肩をポンっと叩くと、


「それじゃあ、またなワタル」「またね、ワタル君」

「じゃあな糞ガキ」「また会おう、ワタル」

 と言い残しその場を去っていった。


 唐突な解散に戸惑ったワタルであったが立ち去る4人の背中を見て、

「ああ、またな」

 と大きな声で返した。4人の姿が完全に見えなくなってからワタルは侍女の方に向き直した。


「じゃあ、行こうか、アイレスの所に」

 ワタルは笑顔でそう言ったが、侍女は全く笑わなかった。



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