14.護衛竜
午前0時。アイレスは自室の窓から満月を眺めていた。
いつもなら既に就寝している時間であったが、この日は眠る気がしなかった。
理由は二つ。叔父であるカミゼーロ国王代理が今朝突然決めた防衛訓練。南方4国が手を組み攻撃をしてきたことを想定したもので、四騎将、正確には旧四騎将とその部下たち、そしてアイレスの護衛竜を除くすべての竜が訓練のため城にいない。
いるのは昨夜将軍となったばかりのスカイの新部隊だけである。
もう一つの理由は唯一残っている竜、ソニンの様子がおかしいというものである。
銀音龍ソニンは音の名が付くだけあってよく鳴く竜であった。しかし、ソニンは今朝から一度も鳴かず、ただじっとしていることが多かった。
アイレスは薄々感じていた、いつのまにかソニンにもスカイの魔法が掛けられているのでは、と。
心当たりは昨夜の宴会の時、一瞬ではあったが確かにスカイはソニンの近くにいた。
スカイの魔法『対話』はスカイの説明を聞くかぎり問題ないはずである。しかし、アイレスはワタルに対する竜たちのあまりにひどい、信じられない行いを見ている。
もしソニンにも同じ魔法を掛けられているとしたら……そう思うと眠る気にはなれなかった。
アイレスはドアの前で直立するソニンを不安そうな顔で見た。いつものソニンなら間違いなくアイレスと一緒に月を眺めるはずだ。しかし、今日のソニンは違う、ドアの前から全く動かない、その姿は侵入者から姫を守る護衛ではなく、姫を外に逃がさない監視役に見えた。
「ソニン……あなた、どうしてしまったの?」
それまでピクリとも動かなかったソニンがゆっくりと首を動かしアイレスを見た。
「ソニン……?」
次の瞬間、ソニンはその場にぶっ倒れいつもより甲高い声で「キュアーーーー」と鳴いた。
いつもとは全く異なるその鳴き方。アイレスはこの鳴き声に聞き覚えがあった。
1年半前、少しでも国のことを知りたいと各地を訪問していた頃、南央の街セイラン滞在時、南方四国のひとつトットに対する反乱組織がセイランの街を襲撃した。
襲撃を知ったワタルは手伝ってくると出て行った。残されたのはアイレスとソニン、そして残った2人の兵。そこに襲撃者の仲間と思われる男たち10人がアイレスの宿泊施設に押し寄せた。
その時ソニンは今と同じ鳴き声を上げた。それから十数秒後、戻ってきたワタルがあっという間に男たちを撃退した。
アイレスは考えた、ソニンは今なぜ鳴いているのか。ソニン自身が助けを求めて鳴いているのか。それともアイレスの危機を誰かに報せるために鳴いているのか。
結論はすぐに出た。後者だと。
ソニンはその間も「キュアーーー」と苦しそうに鳴き続けていた。
「ソニン、ソニン大丈夫? 待ってて今回復魔法を」
――回復魔法? 意味あるの?
自身でそう思いながらもアイレスはそれでも効果があるかどうかわからない回復魔法をかけ始めた。
「回復魔法は意味ありませんよ」
ドアの向こうから声がした。そしてゆっくりとドアが開いた。
「……やはりあなたが原因でしたか、スカイ」
ドアの前に立っていたのはスカイ。
「心外です。私は変な鳴き声が聞こえたから駆けつけただけです……と言っても信じてもらえませんよね」
「当然です。あなたは回復魔法は意味ないそう言いましたよね。なぜあなたがそんなこと言えるのか、それはあなたが原因だからですよね」
「……これは失言でしたね」
スカイはクスリと笑った。失言と思ってないのは明かであった。
「安心してください。失言がなくても対応は変わらなかったと思いますので。それにあなたも失言だと思っていないのでしょ?」
会話をしながらアイレスは周囲を観察していた。どうすればこの場から逃げることができるかそれだけを考えた。
出口は二つ、ドアと窓。そのうちのひとつはスカイによって完全に塞がれている。必然的に脱出ルートは窓だけになる。しかし、アイレスの部屋は5階。空気の魔法、空気を固め空中に足場を作る魔法を使えば、空中を飛び跳ねて移動できるがアイレスは空気魔法をそこまで使いこなすことができない。一瞬で空気を固め、それを連続で行う技術がないのだ。
「そうですね。もう別に隠す気などないので」
「ソニンに……竜たちに何をしたのですか?」
「それがあなたの知りたいことですか? 答えたら私の質問にも答えていただけますか?」
アイレスはここで気が付く、スカイはただ殺しに来たのではなく、会話をする気があるのだと。それならば自分にはまだできることがある、そう思った。
「質問によります」
「そうですか。優しいあなたなら私が先にあなたの質問に答えればあなたも私の質問に答えてくれると信じていますよ」
「保証はできませんが」
この状況でスカイの質問とは何か、アイレスには全く予想ができなかった。それが不気味であった。
「ではあなたの質問に答えましょう。私の魔法は『対話』と話していましたが、あれは嘘です。本当の名前は『飴と鞭』本質は調教です」
「飴と鞭……聞いたことない魔法です。どういった魔法なんですか?」
スカイは一歩踏み出しアイレスの部屋に入った。アイレスが身構えるのと同時にソニンがよろよろと起き上がりアイレスを守るようにアイレスの前に立ち上がった。
「驚いた。まだ抵抗するとは。この竜の精神力が凄いのか、はたまたこの竜の力とこの魔法の相性が悪いのか……その両方か」
「ソニン無理しないで」
ソニンはアイレスの言葉には従わずアイレスを守るよう立ち続けた。
「飴と鞭がどういった魔法か、でしたね。あなたが聞いたことないというのも当然です。この魔法は対竜に造られた古の魔法」
「対竜……」
スカイはふふっと笑った。
「わかりますよその気持ち。わたしもはじめは驚きましたから、あの竜に効果的な魔法、そんな魔法があるのかと。さて、実際の能力について話していきましょうか。まずこの術に掛けられた対象は私に不利な言動ができなくなります。どのような言動が不利になるかの判断は掛けられた対象自身の判断で決まります。そういう意味では知能がない生物にはあまり効果がありませんね。あっ、失礼できないは正しくありませんでした。正しくは不利な言動をしようとすると頭に硬直するほどの激痛が走ります」
「なっ、じゃあ今ソニンが苦しんでいるのは……」
「そうですね、あなたを助けようとして激痛が襲っているからでしょうね。しかし、本来なら行動を起こす前に激痛に負け動けないはずなんですがね、大した竜ですよ」
「ソニン、私のことはいいから、無理をしないで」
それでもソニンはスカイを睨んだまま動かない。
「今この竜を襲っている激痛は私の命令に従わなかった場合にも襲います。このように……『ひれ伏せ』」
一瞬ソニンの頭が下がるが、グッと堪え頭を上げスカイをまた睨んだ。
「ソニン、ソニン」
「しつこい竜だ。私の指示に従えば、激痛の代わりに快感、幸福感が与えられます。私の指示を無視すれば激痛、従えば快感。これを繰り返すことで私の従順なしもべが出来上がります。それ故に飴と鞭です。如何です私の魔法は?」
「最低です」
アイレスは睨みつけながら即答した。
「……その目いいですね。本当はあなたも私の魔法のとりこにしてあげたいのですが、残念なことに魔力の高い人間には効果がないのですよ、本当に残念です」
「……その魔法、人にも効果があるということですか?」
「その通りです。今、城にいる兵、侍女全て私の魔法にかかった私の忠実なる犬です」
おかしいとは感じていた。ソニンがあれだけ大きな声で鳴いたのにスカイ以外誰も姿を現さなかった。何かが起きているそうは思っていたが、さすがにこのような最低最悪の魔法に全員が掛けられているとは思ってもいなかった。
そしてひとつの疑問を抱く。
「おじ様は?」
「国王ですか? さて、どうでしょう」
スカイは笑っていた。その時、スカイの背後から人の気配を感じた。アイレスは身構えた。
「国王本人に聞いてみてください」
スカイの合図とともに国王代理カミゼーロと2人の兵が部屋に入ってきた。
「おじ様!!」
カミゼーロはアイレスの呼びかけに応えなかった。
「あっ、話すことを許可しますよ、国王」
その言葉でアイレスは理解した。カミゼーロはスカイの魔法に掛けられていると。
「アイレス、すまない、本当にすまない、私がこの男を招いてしまったから」
カミゼーロは涙ながらに謝った。アイレスはそれよりも招いたという言葉に引っかかった。
「いつからですか?」
「それはいつから魔法に掛かってたかということですか? 私が国王に魔法をかけたのは昨日の夜、就任式の後ですよ」
「そうですか……ではワタルを追い出したのはおじ様の意思なのですね」
「……す、すまない、アイレス、あれには理由があって」
「理由って何ですか?」
「そ、それは……」
カミゼーロは言葉を詰まらせた。
「私を殺すのにワタルが邪魔だったからですか?」
「違う! それは違っ」
カミゼーロは不自然に言葉を遮り硬直した。
「違わないでしょ。嘘は良くないですよ国王。気づいていたのですね、アイレス姫」
「はい」
アイレスはぽつりと言った。
「理解できませんね、なぜそのことを知っていて、今日の状況を許したのですか?」
「……それでも、おじ様を信じたかったからです。おじ様がそんなことするはずないと」
カミゼーロは地に伏しうめき声をあげ泣いた。一方、スカイは笑っていた。
「なるほど。同情しますよあなたたちには、あんなものを敵に回しているとは」
あんなもの?
アイレスにはスカイの言ってる意味が分からなかった。
「そろそろこちらが質問してもよろしいですか?」
アイレスは何も言わなかった。
「無言の同意とみなしますよ。国王あなたもよく聞いてください。……『神竜の咆哮』という物をご存じですか」
神竜、その言葉にサウ爺こと竜の谷の長的存在サウザンドドラゴンを連想した。しかし『神竜の咆哮』という言葉に本当に聞き覚えはなかった。
「どうですか? 国王」
「し、知りません」
「……アイレス姫は?」
「知らないです。なんなのですかそれは?」
「……あなたに話す義理はありません。もう結構です。国王姫を殺してください」
アイレスはしまったと思った。アイレスはただ時間を稼ぎたかった。ソニンの声を聞いた誰かの助けを。
カミゼーロは立ち上がり剣を抜いた。
「おじ様……やめて」
カミゼーロの意思ではない、そうわかっててもアイレスは口にするしかなかった。
カミゼーロが剣を振り上げたその瞬間ソニンが
「キュリャーーーーーーーーー」
と大きな声で鳴いた。
「ソ、ソニン?」
そして振り返りアイレスを咥えると窓をぶち破って、外に出ると満月目掛けて飛び上がった。
「なんだとありえない!!」
スカイは窓から身を乗り出し叫んだ。カミゼーロも信じられないという顔をしていた。
「ソニン! ソニン!」
ソニンの飛び方がいつもと違う。アイレスにはすぐに激痛を堪え飛んでいるのがわかった。なんとかやめさせようとアイレスはソニンの名を何度も呼んだ。それでもソニンは高く高く、敵から少しでも遠くへ逃げようとした。
しかし、それも長くは続かなかった。ソニンは羽ばたくことができなくなると、残された力でゆっくりと滑空し、そしてアイレスを傷付けることなく竜の庭へと降り立った。
「ソニン! ソニン! しっかりして!! 目を開けて!!」
満月の下アイレスの声が遠くまで響いた。ソニンの助けを求め、鳴いた声に負けないくらい。
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