1.追放されしドラゴンマスター
世界最強の生物、それは間違いなく竜である。しかし、意外なことにその竜が生息する大陸はひとつしかない。そのたったひとつの大陸をノルーテ大陸と呼ぶ。
ノルーテ大陸には13の国がある。その中でも強大な国はふたつ。ひとつは大陸ほぼ中央に位置する大陸最大の湖、『竜の涙』。その北にあるドラゴノルテ王国。そして、もうひとつが湖の南にあるドラゴスール王国である。
この物語はそのドラゴスール王国から始まる。
4年前、ドラゴスール国王が死去、正確には消息不明となった。同盟国であるドラゴノルテ王国との会食を終え国に帰るため乗船していた帆船が沈没したのだ。
間もなく、王の弟であるカミゼーロが代理として王の地位に就いた。代理というのには理由がある。代々ドラゴスール王国の王は、王の第一子が継いでいくのが決まりであった。しかし、同時に王位は満16歳以上である必要があるという決まりもあった。
当時、王の第一子であり姫の地位についていたアイレスは12歳であった。つまりカミゼーロはアイレスが16歳になるまでの繋ぎでしかない。そのため正式な国王ではなく代理であった。
代々ドラゴスール王国の次期国王には13歳の誕生日を迎えると竜の涙の西に位置する竜の谷にある祠に赴き、そこで王国を見守るとされる竜神様に次期国王として挨拶をするという儀式があった。
先代であるアイレスの父が既に亡くなっているため、儀式の詳細は不明であったが、国王代理カミゼーロの提案でアイリスも同様に13歳になるや否や竜の谷へと向かわされた。
王都から竜の谷には馬を走らせても五日を要する険しい道のりであった。特に竜に谷の手前にある深緑の森は魔力を持つ獣、魔獣が多数潜む危険指定地域であった。
竜の谷に足を踏み入れることが許されるのは王家の血を継ぐアイレスのみであったが、その手前の危険地帯にアイレスひとりで行かせるわけにもいかず、国王代理カミゼーロは当時から現在に至るまで将軍の地位である四騎将のひとりゲルニカとその部下10名をアイレスの護衛に就かせ、アイレスたちを竜の谷へと向かわせた。
事件はその道中、深緑の森で起きた。アイレスは知らぬことであったが、本来は竜の谷に向かう際、深緑の森を迂回するのが通例であった。それほど危険な森なのである。
それを知らず森を横切ろうとしたアイレスたちは当然のように魔獣に襲われた。王国最強のひとりであるゲルニカ、そしてそのゲルニカに選ばれた兵たちは無数の魔獣たちを切り倒し突き進んでいったが、一瞬の隙を突かれアイレスは森の主と呼べる魔獣、ヒトクイオオワシのヒヅメに捕まり遥か上空に連れ去られたのであった。
ヒトクイオオワシはその名の通り、人間を喰う魔獣だが、決して生きたまま人を喰うことはない。
ヒトクイオオワシは己の縄張りに人間を生かしたまま持ち帰る。彼らの縄張りには必ず鋭く尖った岩がいくつかある。その尖った岩に向けて獲物を上空から離し、串刺しにする。そして、串刺しとなった死体が腐り始めたころを見計らいヒトクイオオワシは餌にありつけるのだ。
捕まったアイレスもやはり縄張りへと連れ去られ、他の餌と同様に尖った岩へと投げ捨てられた。必死に追いかけた将軍ゲルニカであったが鳥獣の飛行速度には全く追いつけず、ただ叫ぶことしかできなかった。
アイレスも死を覚悟した次の瞬間であった。
ヒトクイオオワシを遥かに上回る飛行速度でなにかがアイレスに近づいた。
それは銀色の竜であった。そして、その竜の上には緋色の髪の少年の姿があった。
竜と少年はアイレスが岩に突き刺さる寸でのところで落下するアイレスを受け止め、そのままヒトクイオオワシへと向かっていき、少年は持っていた大剣で首を斬り落としたのであった。
アイレスを救った少年の名はワタル。竜の谷に住む、竜に育てられた少年であった。
この後、アイレスはワタルに案内され無事に竜の谷に到着し儀式を終えた。
そして、アイレスが王都に戻ってきたときにはワタルと11頭の竜を引き連れていたのであった。
以降、ドラゴスール王国は竜を従える国として他国に広まった。しかし、実際にはその認識は正確ではなく、竜を従えているのはアイレスを救ったワタルという少年であった。
ワタルはアイレスの帰還と同時に特別職ドラゴンマスターという役職に任命され、王宮に仕えるようになった。
そして、それから3年弱の月日が流れた。
春になってすぐのことであった。ワタルはカミゼーロの命で大陸東に位置する島々と近海の調査に向かった。
ワタルは水竜一頭と兵士計100人の船団を率いて調査を開始した。調査期間は一週間。
調査は滞りなく進み、あっという間に一週間は過ぎ城へと戻った。
城に着いたのは昼過ぎであったが、休む間もなくワタルは謁見の間に呼び出された。
謁見の間には国王代理であるカミゼーロ、その妻フローゼ、彼らの十数名の近衛兵がいつもの椅子に座していた。アイレスの席もあったがなぜか居らず、空席であった。
ワタルはワタルの上司というよりは教育係のような存在である将軍ゲルニカに連れられ謁見の間へと足を踏み入れた。
「特別職ドラゴンマスター、ワタルよ、約3年間ご苦労であった。本日をもって特別職の任を解く。故郷に帰るがよい」
「えっ?」
ワタルは国王代理の全く予想していなかった宣告に思わず間抜けな声をあげた。
「お、俺……そんなカッコイイ役職だったのか」
間抜けな感想しか言わないワタルの代わりに3年のうちに王国軍最高指揮官の地位に出世し、それに伴い立派な口髭を蓄え将軍としての風格を備えたゲルニカが一歩前に出て当然の疑問を国王に投げかけた。
「国王様、そんな突然なぜですか?」
「なぜだと? そんなの理由は一つしかないだろう。ワタルはもう我が国に必要ないということだ」
「それが答えなら、尚更わかりません。ワタルは我が国にとって必要不可欠な存在のはずです。我が国の警備、防衛さらには運輸にも多大な貢献を果たしている竜たちの統率者がこのワタルです。ワタルを失うということは竜たちも失うということになります。おいワタル、お前からもその点について国王に説明するんだ」
「いや、そんなことよりも……俺、ドラゴンマスターなんてそんなカッコイイ役職名だったなんて、もっと早く知りたかった」
場違いな感動を続けるワタルの頭にゲルニカは拳骨を落とした。
「とにかく、確かにワタルはまだ子供であり、人として未熟な部分も多くありますし、失礼な態度も見受けられるのでこの城から追い出したいという気持ちも痛いほど理解できます。しかし、それらを差し引いてもワタルをクビにするのは良策ではありません。人として未熟な部分は私が責任を持って教育を続けますのでどうか考え直していただけないでしょうか?」
「ふん、随分とこの小僧を気に入っているようだな、ゲルニカよ」
「客観的事実を申し上げただけです」
「ふん、どうだか。しかし、今お前が挙げたような心配はいらぬ」
「どういうことですか?」
「私がなんの考えもなしにワタルをクビにするほど馬鹿に見えるか。入るがよい」
国王代理カミゼーロの掛け声とともにサ銀色の髪をなびかせたメガネをかけた青年が入室した。
「国王、この方は?」
「自己紹介するがよい」
「はい。この度、王宮テイマーに就くことになりました、スカイと言います。ゲルニカ将軍、以後お見知りおきを」
スカイの自己紹介を聞いてワタルとゲルニカは眉をしかめた。
「王宮テイマーですか?」
「なあなあ、ゲルニカのおっちゃん、テイマーってなんだ?」
「お前、そんなことも知らんのか。テイマーというのは魔獣や動物をテイム、すなわち手懐け使役する者のことだ」
「ふーん、使役ね」
「自覚がないようだがお前もテイマーに分類されるんだぞ」
「俺もテイマー?」
「ああ、お前はドラゴンテイマーだ。当初はお前の役職名はドラゴンテイマーのはずだったがアイレス姫がワタルにはテイマーという役職は似合わないということでドラゴンマスターになったのだ」
「へー、流石はアイレス、その辺よくわかってるな。今の話聞いた限り俺はテイマーじゃないよ。それよりさっきの話から察するにこのスカイさんが俺の代わり竜たちに言うことを聞かせられるってことでいいのかな?」
ワタルの問いに国王代理は下品な笑みを見せた。
「そういうことだ、ワタルよ。さらには、この男は竜たちだけじゃなくあらゆる魔獣、動物をもテイムできる。その証拠にスカイはメラコンドル、スノーホワイトタイガー、オオバサミガニを従えて王宮入りした。言うならばお前の上位互換にあたる男だ」
「は? 上位互換? この人が俺の?」
自分の知らぬところで比べられ、その上、下に位置づけられるのは恐ろしく気分の悪い物であった。思わずスカイを観察するように見ていたら目が合ってしまった。すると、スカイはニコッと笑った。なんて胡散臭い笑顔であろうとワタルは感じた。
「それで、そのテイムとやらはあいつらにもできたの?」
「はい、姫の護衛竜以外はもう既に私が主人だと認識しています」
スカイは自信満々に答えた。
「主人? あんたを? あいつらが? ふーん、そうか」
「はい、そうです」
スカイはまた胡散臭い笑みを浮かべた。
「ゲルニカよ、これでわかったな? この男が我が国に仕えるとなればワタルはもういらないのだ」
「スカイ氏が優秀なテイマーだというのは理解しました。しかし、だからといってワタルをクビにする必要性はないように思われます。竜たちを統べるものとしてワタルとスカイ氏、二人いてもなんら困らないではないですか」
「申し訳ありません、そういうわけにはいかないんですよ。竜たちが私を主人と認識した時点でワタル君の言うことはもう聞かなくなってしまうんです」
「なんだよそれ? あいつらがあんたを主人と認識したら俺のことはもうどうでもいいっていうのかよ?」
「まあ、そういうことになりますね」
尚もにっこりと笑うスカイを嘲るようにワタルも笑う。
「いやいや、そんなわけないでしょ」
「信じていないですね? 既に竜たちは君のことなどどうでもいいと思っているはずですよ。どうぞ、御自分の目で確かめてきてください」
「ほうほう、そうですか。それでは、そうさせてもらいますよ」
そう告げて、その場を立ち去ろうとするワタルをゲルニカが呼び止めた。
「おいワタル、話はまだ終わってないだろ! 国王様、ではワタルをドラゴンマスターとしてではなく兵として残すというのはどうでしょうか?」
「兵としてだと?」
「はい、ワタルの剣術は将軍であるこの私でも目を見張るほどの才能があります、それに魔術に関しては四騎将であり大魔導士の称号を持つティアのお墨付きです。兵士としても魔導兵としても大きな戦力であるのは間違いありません」
「全くもってお前は何を言っているんだ!? 我が国にどれだけの王国軍入隊志願者がいると思っているんだ!? それを無視して特別扱いし王国軍に入隊させるなどできるはずないだろうが。少しは考えて物を言え!」
「し、失礼しました。……最後に一ついいですか?」
「なんだ?」
「ワタルが城から追い出される。このことはアイレス様には話したのですか?」
ゲルニカの問いにカミゼーロが答える前に王妃フローゼがひじ掛けを凄い剣幕でバンっと強く叩いた。
「代理であろうと現国王は我が旦那カミゼーロ。今、アイレスは何も関係なくては?」
フローゼが怒っているのは明白であった。
「ワタルを連れてきたのはアイレス姫。そのアイレス姫の意思を確認すべきかと……」
「そんなものは必要ありません。確かにその汚らしい小僧、ワタルを連れて来ていたのはアイレスです。しかし、実際にその小僧を我が国で使ってやると決めたのは我が国の国王、我が旦那カミゼーロ。そうなれば、その小僧を首にするかどうか決めるのも我が旦那カミゼーロの意思だけで十分なはず。そうですよね、あなた」
フローゼは打って変わって猫なで声になりカミゼーロの頬を撫でた。カミゼーロは鼻の下をだらしなく伸ばして頷いた。
「うむ、全く持って我が妻フローゼの言う通りだ」
二人は目を合わせるとうっとりと微笑んだ。しかし、フローゼはワタルの方を見るとすぐに険しい顔に戻った。
「それにワタル、この際だからはっきり言うけど、お前はこの国に仕えるにふさわしくない。竜を使えるということで大目に見ていましたが、お前には人としての品性、気品、常識に欠ける。それになんだかいつも竜たちといるからか知らないけど、臭いのよ。獣臭い、……それに、田舎臭い。もう二度と私の前には姿を見せないで」
フローゼの暴論にゲルニカは怒りを必死に抑えていたが、ワタルはどうでもよさそうであった。
「まあ、そういうことだ。竜に育てられたお前に人としての品性や常識を求めるのは少々酷であったな」
鼻で笑うカミゼーロの言葉にそれまで黙って聞いていたスカイの指先がピクリと動いたことにワタルは気が付いた。が、それが何を示すのかはわからなかった。
「ゲルニカよ、他に何か言いたいことはあるか?」
「……いいえ」
ゲルニカは顔を伏せたまま答えた。
「ワタル、お前は何か言いたいことはあるか?」
「結局さ、アイレスにこのことは話したのか?」
「……したとも」
「それでアイレスはなんだって?」
「……反対しておったわ」
その言葉に反応しゲルニカは素早く顔を上げた。
「でしたら」
「でしたら、なんだ!?」
カミゼーロは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「どうやらワタルだけでなくゲルニカ、お前も勘違いしているようだな。確かに私は次期国王になるアイレスが成人するまでの代理の国王だ。しかし、例え代理であっても現国王は私だ。次期国王であるアイレスが反対しても今の政策においては私の決定が優先される。ワタルが必要だというならばアイレスが国王になってから呼び戻せばいい、違うか?」
カミゼーロは物凄い剣幕で怒鳴った。
「そ、その通りです」
「他に何か言いたいことはあるか?」
「……」
黙り込むゲルニカの代わりにワタルが答えた。
「ないよ、国王代理。全くもって国王代理様の言う通りだ、俺はただアイレスはどう思ってるか知りたかったんだ。アイレスの意思を確認できたならもういい。俺は大人しく竜の谷に帰るさ。ただ最後に一つ確認したいことがあるんだがいいか?」
「なんだ?」
「俺が竜の谷に帰ると知ったら竜たちもきっと俺と一緒に帰りたがると思うんだ。その場合はどうするんだ? あいつらは残れなんて言っても聞かないと思うけど」
国王代理は少し考えてからスカイの顔を見た。そして、国王代理に代わりスカイがワタルの問いに答えた。
「その場合は竜たちも連れて帰ってくれて結構ですよ。ですが、そうはならないと思いますよ」
そう答えるスカイの顔は人を小馬鹿にするようであった。
「……そうか、じゃあとりあえず竜たちに会ってあんたが言ってることが本当かどうか確かめて来るよ」
「ワタルよ、それくらいの時間くらいはくれてやるが今日中に城からは出て行けよ」
「はいはい、わかりましたよ」
ワタルは適当に返事をして謁見の間を後にしようとした。
「ワタル君、ちょっと待ってくませんか?」
呼び止めたのはスカイであった。
「なんだよ?」
スカイはワタルを呼び止めておいてカミゼーロの方を見た。
「なぜ彼には武器の帯同が許可されているのですか?」
スカイは明かに不満そうであった。
スカイの言う通りワタルは背中に自身と同じくらいの大剣を背負っている……ように見える。
「ああ、それか。ワタルよ見せてやれ」
ワタルは背中の剣をあっさりと鞘から引き抜いた。鞘から出てきたのは大剣ではなく、根本数cm部分しか刃が残っていない折れた剣であった。
「わかっただろ? それは武器じゃない、ガラクタだ」
「なぜそのようなものを?」
「……父親の形見だから」
「なるほど」
「もういいか? じゃあ、俺は行くよ」
ワタルは背を向けたままカミゼーロたちに手をヒラヒラ振って謁見の間を出た。
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