7.エピローグ
小城に帰ったソフィーはこっぴどく怒られると思っていたのだが、迎えてくれたメイド長は穏やかに笑っているだけだった。
考えて見れば、街を遊び歩いている間、捜索の気配もなかった。
ソフィーの両親も、使用人側も、戻ってくるのがわかっていて遊ばせてくれたのだろう。
もうソフィーの結婚への覚悟は決まっていたが、皆のことを想ってそれはよりいっそう強いものになった。
***
ソフィーは今まで着たことのないほど豪華なドレスを身にまとって登城した。
城は、なにもかもがスケールが大きかった。さすが大陸一の大国だ。
王への挨拶を済ませ、客間に相当する場所で、いよいよ結婚相手である第四王子と顔を合わせる時だった。
父と母と一緒に城を案内され、客間へと通される。
客間に入る直前に目をつぶり、ソフィーは大きく息を吸って吐いた。
レオは、家のため、王子のため、国のためと言っていた。
そうしようと思う。
なにも不幸が待っていると決まっているわけではないのだ。
自分の行いが皆のためになるなら、ソフィーはそれをしようと思う。
ソフィーを変えてくれたのは、レオだ。
目を、開く。
そこには、昨日の朝、自殺をしようかとまで考えていた少女の顔はなく、大国の王子の結婚相手として相応しい、凛々しい面持ちがあった。
そこから先は、なにひとつ考えていなかった事態が起こった。
まったく、微塵も、これっぽっちも、本当になにひとつソフィーの想像していた通りにはならなかった。
ソフィーが客間に入る。
王子は先に座っていて、お茶を飲んでいるようであった。
王子が、ソフィーを目にして、吹いた。
なんの比喩でもなく、文字通り口にしていたお茶を吹いたのだ。
レオだった。
ソフィーはレオのことを考えすぎて幻覚でも見てしまったかと思い、わざわざ目をこすってからもう一度見直した。
それでも、王子がいるはずの場所に座っていたのはレオだった。
顔合わせは、王子側の謝罪から始まった。
付き人が急いで王子の粗相を片付け、顔合わせは荘厳ではなく、どこかなあなあな雰囲気で始まった。
地獄のような時間だった。
ソフィーも、レオことデューク・イブリース殿下も、ずっと笑うのをこらえていたのだから。
ソフィーは、レオがここにいるのがおかしくって、これからずっといっしょだというのが嬉しくって笑いをこらえているのが本当に大変だった。
王子も、きっとそうだったと思う。
しばらくして、両親も、付き人も退席することになった。
あとはお若いおふたりで、というわけだ。
ふたりは、全員が部屋から出て扉がしっかりと閉まるまで、ひとことも口をきかなかった。
ソフィーから先に口を開いた。
「ねえ王子様、昨日はなにをしてらしたの?」
王子は困った風に目を逸らして、
「さ、さあ? 忘れたな」
ソフィーは笑って、
「生涯忘れないんじゃなかったの?」
それを聞いた王子は、観念するような顔をして笑った。
「君はリリィじゃなかったんだね」
ソフィーも笑いながら返す。
「あなたもレオじゃなかったのね」
たぶん、王子もソフィーと一緒だったのだ。
レオとはつまり、そういうことだったのだ。
ふたりは、昨日のことではなく明日のことを話した。
お互いが笑い、希望に満ちた顔で。
運命の人、というのはいるのだと思う。
そして、その人は、場合によっては、敷かれた絨毯の先にいるのかもしれない。
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また、長編の連載も完結したのでよければそちらも読んでくれると嬉しいです。
『追放から暗殺までされかけた令嬢のわたしが幸せになるまで』
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