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5.思わぬ意見


 遅めの昼食だった。

 午後の二時を過ぎて、ソフィーたちは食事をとることにした。

 もちろん、ソフィーのおごりだ。

 この際も、レオはずいぶんと申し訳無さそうにしていた。初めの頃は、もしやソフィーにたかるつもりなのではないか、と勘ぐりもしたが、半日見ている限りそんなことはなさそうだった。

 ソフィーとしては案内の代金としてまったく構わないと思っているのだが、そう伝えてもレオ側は納得しないらしい。


 公園近くの小広場にあった食事スペースで、店の前にいくつも机と椅子が置かれているだけの場所だった。

 近くの手近な店で注文し、出来次第この食事スペースに運んでくれるそうだ。


「そんなに気になるなら、後日返してくれても別にいいのよ?」


 ソフィーがそう言うと、レオの表情がどこか陰ったように見えた。


「いや、実は明日以降会うことはできないんだ」

「どういうこと?」

「明日から僕は遠くに旅立つんだ。だから今日は準備だったんだけど、羽を伸ばしたくて抜け出してきたんだ」

「本当に?」


 あまりにも、どこかで聞いた話過ぎた。

 そんなことが本当にあるんだろうかとソフィーは疑問に思う。

 しかし、そう言うレオの表情は真剣そのもので、嘘をついている様子などまったく見て取れなかった。


「最後に、この街を見ておきたかったんだ。自分の目で」


 ソフィーはそれに対して、なんと言えばいいかわからなかった。


「ごめん、急に暗い話になっちゃって。でも、良かったと思うよ。偶然とはいえ、こんな素敵な女性と一日過ごすことができたんだから」


 言って、レオはどこか作っているような明るい笑顔を浮かべた。

 偶然、運命の人、ソフィーはあれから、レオを見るたびにその言葉を思い出していた。


 考えても意味のないことではある。

 それでも考えずにはいられなかった。

 もし、ソフィーが明日から結婚の準備なんてことがなかったら。

 もし、レオが明日から遠くへ旅立つことがなかったら。

 ふたりが、単なる男女として今日のように出会っていたらどうなっていただろうか、と。


 今日が終わって、また会う約束をしただろうか?

 したかもしれない。ソフィーから誘ったかもしれないし、レオから誘ってきたかもしれない。

 なんとなく、レオはいつもの爽やか笑顔を浮かべながら、なんでもないように「また会えないかな?」と誘ってきそうな気がした。

 そしてその後は――――


 ソフィーは、その考えを打ち切った。

 意味のないことだからだ。

 そんな妄想をしている暇があったら、明日以降の覚悟を決めるために想像力を割いた方がよほど意味がある。


 料理が運ばれて、ふたりが手をつけた。

 ふたりは談笑しながら食事をした。

 日常のこと、家族のこと、子供の頃にした失敗のこと。

 ソフィーの話は、どこかぼんやりしていたと思う。なにせリリィを名乗り、ソフィーとしての重要な部分は伏せているのだ。

 その話をしながら、ソフィーは申し訳ない気分になっていた。


 レオのテーブルマナーはやけによかった。

 外での気楽な食事だというのに、動きが優雅で、もしかしたらそのマナーの非の打ち所のなさは、ソフィーよりも上なのではと思えてしまうほどだ。

 やはり、思っていたよりも育ちがいいのかもしれない。


 食事も終わりが近くなり、ソフィーはふと考えついたことがあった。

 レオは、ソフィーがする政略結婚についてどう思うのだろう、と。

 レオもイブリースの住民であるからには、明日第四王子の婚礼の発表が行われることは知っているはずだ。

 街中がお祭りのような状態になっているのは、そのせいなのだから。

 ソフィーは当事者であるが故に、ソフィー個人を無視したとんでもない結婚であると思っている。

 それについて、市民はどう考えているのかが気になった。

 レオ個人がどう考えているのかも気になったのだ。


「第四王子の結婚って、生まれた時から決められた約束って話じゃない? レオはそういうのってどう思う?」


 たぶん、ソフィーはレオに否定して欲しかったのだと思う。

 生まれた時からさだめられた結婚など馬鹿げていると。

 けれども、レオの口から語られたのは、ソフィーの予想に反したものだった。


「立派、だと思うよ」

「立派? 勝手に決められた結婚が?」

「いや、ソフィー・ルダリーアがだよ」


 急に自分の本名を呼ばれ、ソフィーは内心で驚いた。

 知っていて別に不思議なことはない。市民の間でも、関心があるものならルダリーア家の名前を知っているだろう。

 それでも、いきなりレオの口からソフィーの名前が出てくるのは驚くに値する事態だった。

 表に態度が出ないようにしたつもりだが、もしかしたら不自然な様子になってしまったかもしれない。


「だって、ソフィー・ルダリーアは顔も名前も知らない相手と結婚するんだろう? 僕が思うに、そういった立場に置かれたら、王子様と結婚できるなんて幸せ! みたいな考えはしないと思うな。顔も名前も知らない相手とこれから生涯暮らさなきゃいけない。それはたぶん、怖いことだと思う。それでもソフィー嬢は拒否しないわけだ。それはたぶん、家のためだろうし、相手のためだろうし、国のためだろうと思う。自分が結婚して恩恵を受ける人々のことを理解して、望んでいないかもしれない結婚をするわけだ。それは、立派なことだと思うよ」


 レオからそんな言葉が出てくるのは、意外だった。

 ソフィーの印象では、レオは楽観主義者で、いろんな物事に対して気楽に構えるタイプだと思ったのだ。

 それなのに、一市民でしかないのに、ソフィーの立場について考えたことがあったのだ。

 それが意外だった。

 その上、その意見はある意味で的を射ていたのだ。


 それどころか、ソフィーがどこかで気付いていながら、意識はできなかったことを言ってくれた気もする。

 自分が結婚をすることによって、家族の名誉が守られるというのは考えていた。

 しかし、王子の幸せについては、考えてもいなかった。

 ソフィーは自分のことばかり考え、相手の王子がどういった気持ちで結婚するのかは、考えていなかったのだ。

 それに、王子の結婚が国のためになるという話もだ。ソフィーは魔術ならともかく、政治についてはからっきしなのであまり深く考えなかった。

 だが、人間ふたりの運命を定めてまで得られる恩恵があるからこそ、政略結婚というものが存在しているのだ。

 ソフィーは、改めてそのことについて考えさせられた。

 レオみたいな一市民ですらそう考えられるのに、ソフィーは自身のことであるが故に視野が狭くなっていたのかもしれない。


「どうしたの変な顔して?」

「いえ、レオの口からそんな言葉が出るなんて意外だなって思って」

「もしかして、僕のこと馬鹿だと思ってた?」


 ソフィーは笑いながら言った。


「ちょっと」


 レオはそれを聞いて、わざとらしいムっとした顔を作ったが、それからいつもの爽やかな笑顔で一緒に笑ってくれた。


「リリィは、ダンスって踊れるかい?」

「ダンス? どうして? 得意な方だと思うけど」

「じゃあ一緒に踊ってくれない? 夕方から、さっきの中央広場はそういう場所になるんだ」

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