色メガネ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ううむ、サングラスって、いざ着けてみるとなんだか妙な感じだ。
やっぱり、見えているものへ何かをおっかぶせて邪魔をするのって、だいぶ頭に負担がかかるのかもね。
メガネとかコンタクトレンズも、目の負担を考えて作られたのかなあ。同じ、目にかぶせるものでも、こちらはよりよく見えるようにするため。生活に困るレベルの人から、ちょっと視力を矯正したい人まで、開発されてより需要があり続ける。
だからこそ視野、視力、自分の見えるものに関して、多くの言葉や体験談が残されているんだろう。
俺の聞いた話なんだが、耳に入れてみないか?
日本にメガネがやってきたのは、戦国時代に南蛮から大名へ贈られたのが、最古とされている。
その100年後の江戸時代、国内産のメガネ開発が始まったという。
知っての通り、西洋人に比べると東洋人の顔は薄く、平べったい傾向にある。ひもを耳に引っかけるタイプのメガネでは、どうにもフィットせず、鼻当てを作ることによって、日本人向けのメガネとなったらしいのさ。
そんな由緒正しいというメガネを、クラスメートのひとりが持ち込んできたのが、数年前。俺のいとこが引っ越す前の学校にいた時のことだという。
当時のいとこのクラスでは、メガネのかけあいっこが流行っていたらしい。
お前のクラスでもやったことないか? メガネをかけている子同士が、互いのメガネを交換したり、普段はつけない子でもメガネをかけてみたり。
俺も以前にやったことがあるぜ。人がやるのを見ている分にはいいんだが、いざ自分がやるとなると、さっき話したよう違和感を覚えて、あまり好きじゃない。
その点、いとこは乗り気な人物。しかも生徒曰く、メガネ映えがする顔立ちらしくて、素よりもメガネをかけた方がかっこいい、などと評価される始末。
メガネを取ると美男美女……なんていうのは漫画のお約束だが、逆パターンはどれくらいあるのかね? 俺が無学なだけ?
とまあ、いとこもそういわれる瞬間は、悪い気持ちはしない。同時に、これに気をよくして日常的に伊達メガネをつけたりしても、ほどなく話題にあがらなくなることも、察している。
イベントは期間限定だからこそ、効果が高い。いくら楽しいものでも、毎日つきあえば慣れになり、惰性になり、マンネリになり、飽きられるもの。
いくら気持ちよかろうと、あくまでこの場だけにとどめる。そうすれば、「腹」が減ってきたころに、ふと求められるようになる。
他が認めるメガネイケメンだったいとこが、経験で学んだことはそれだった。
その年代物だというメガネを持ってきたときも、いとこはそこにいた。
見た目には、いまのメガネに比べてレンズとそれをふちどるフレームが、いささか丸いくらいで、他は現代のメガネと大差ない。
こりゃあ、まゆつばものかなと、周囲にせがまれるまま、いつも通りにメガネをかけて「ん?」といとこは思った。
くいっと、いったんメガネをずらし、景色を凝視。そのあと、フレームを引き上げてまたレンズを目にあてがう。そんな動作を三回ほど繰り返していた。
レンズ越しに見る景色が、本来の色合いと違うんだ。
以前、サーモグラフィによる温度差のあるときの映像を見たことはあったが、このメガネ越しに見る景色は少し違う。
レンズなしで見える本来の景色のところどころに、塗料で誰かが落書きしたように思えるんだ。白い柱の真ん中へ、無造作に紫色のパンケーキをぶつけたような痕が生まれている。
廊下の緑色をしたリノリウムにも、黄色のため池らしきものがいくつか浮かんでいた。
その他にも、肉眼とは違う色に染まっているところがちらほら見受けられたらしい。
いとこは、このメガネを貸してくれないかと持ち主に打診する。この時はまだ、面白いおもちゃを見つけたかのような心地で、断られたら断られたで……と思っていたらしい。
友達は誰に許しを取るわけでもなく、その場で承諾。入れていたメガネケースごと、いとこにかのメガネを貸してくれた。これまでのいとこにはなかった行動に、他のクラスメートたちも驚きを隠せない様子だったとか。
学校終わりに、いとこはかのメガネをかけて学区内を見て回り、自分の肉眼と何度も照らし合わせたのだそうだ。
結果、このメガネによって見える「汚れ」らしき部分は、どうにも5色あるらしい。
緑、黄色、赤、紫、黒……本来のものとは違う色合いで、様々なものが彩られていく。
ただ暗い色になるものほど、年季の入っているものである傾向があったとか。特に木々などの場合だと、真っ黒い枝のものなどは、見るからに弱弱しい。実際に風に吹かれて、折れてしまう姿も見たのだとか。
当初は面白がっていたいとこだけど、そのメガネを返す前日。
学校帰りに通りがかった道で、わきから急に飛び出してくる一台のバイクに遭い、足を止めるとともに驚いた。
ライダーのヘルメットからバイクのタイヤに至るまで、影のように真っ黒だったらしいんだ。ろくにブレーキもかけず角を曲がり、先の広い交差点に差し掛かったバイクは、そこで映画のワンシーンのように、横合いから来た車とぶつかり、アスファルトの上を滑っていったのだとか。
ヘタに近くにいると、後から来た警察の人に事情聴取とかされかねない。
そう感じたいとこは、そそくさとその場を後にして自宅へ向かうも、やがてすれ違う人たちの目線が、少しいぶかしげになっていることに気づく。
どうもいとこの顔をちらりと見やっては、すぐ向き直ることを繰り返すんだ。
不審に思いながらも、家の前まで来たところで、たまたま一緒になった弟に指摘される。
「お兄ちゃん、そのメガネだいぶ汚れているよ? それとも顔を汚したの?」
ぱっといとこがメガネを取るのと、そのフレームにはまっていたレンズが、ひとりでに割れ散ったのは、ほぼ同時のことだったとか。
確かに砕けたレンズが、アスファルトではずむ音がした。しかし、いくら目を凝らしてもそのひとかけらすら見つけることはできなかったとか。
翌日。メガネを返すと同時に事情を話し、弁償させてほしいと願い出たが、友達はメガネそのものを預からせてくれれば、それでいいと、特にとがめることなく受け取ってくれたらしい。
以降、友達は二度とそのメガネのことについて、受け答えしてくれなくなったとのことさ。