09 本当の名前
最終回です。
翌日、ビョルンはセリーンの屋敷に赴いた。
屋敷の侍女や使用人たちはいつものように自らの職を続けていた。
それは罪人になってもセリーンを主人と想う信頼の表れだった。
客間ではセリーンとパウロが待っていた。
復讐から解放されたセリーンの表情は和らいでいたが、ビョルンが驚いたのは彼女の髪がすべて白髪になっていたことだった。
「私も驚いております。きっと気負ったものがなくなったからだと思います」
「髪を染めてはどうかと聞いたのだが、本人はこのままを望んでいてな」
「そうですか・・・セリーン殿は本当の自分に戻ったのですね」
「はい。ですがパウロ様は私の本名を聞いてくれないのです」
「いや・・・セリーンのままが俺は良いと思っていてだな・・・」
「では、このままで行きましょう」
ビョルンは笑う。
「セリーン殿、私はあなたを支援したのが誰かを調べるつもりはありません」
そう、交易ギルド<ルクス>の存在は触れてはいけない。
彼らのような存在があるだけでも救われる者もいるのだ。
「ありがとうございます」
「一つ聞くなら・・・どうしてあなたはわざわざ自分の悪評を流したのですか?」
「ビョルン様はすでにわかっていると思いますが?」
「ええ。ですが私は本当の事を聞きたいのです」
「私はビョルン様、いえ、終身法務官様の事を知っていました。あの方々もあなたの事も必ず信用できる方だとあなたが平等かつ正義感でどんな圧力でも耐えうる審問を行える方だと。あなたに私の真実を委ねたかったのです。あなたが私の真実を知ったのなら必ず私の罪だけでなく、私の家族を殺した彼らを正しく裁いてくれると」
「そうでしょうね。ですがあなたは一つだけ想定外な事が起きましたね」
「はい。それは私も驚いておりますわ」
セリーンが微笑む。パウロは思わず頬を紅潮させる。
「私は罪を犯したあなたを法で裁きます。その内容は王都での極刑になるでしょう」
「覚悟はしております」
「願わくは次に生まれる時はあなたの夢が叶えられるような世界であることを」
「ありがとうございます」
セリーンが礼をする。
「最後に何か望みはありますか?」
「パウロ様とお話をさせて頂けますでしょうか?」
「そうですね。彼もあなたと語りたいでしょう」
ビョルンは客間から退室する。
「パウロ様、今までありがとうございました」
「いや、こんな結果になって残念でしかない」
「ですが、私は嬉しいのです」
そう言うとセリーンがパウロの手を取る。
「あなたが近くにいてくれた。それだけで嬉しかったので」
セリーンの手が震えている。
この後の事を考えると少しずつ死への恐怖が近づいてくるのを感じ始めているのかもしれない。
パウロは躊躇うことなくセリーンを抱き締める。
「セリーン、お前が生きてる限り近くにいよう。だから今はこのままで居させてくれ」
「パウロ様」
セリーンの両手はパウロの背中に回る。
「私の本当の名前を聞いてくれますか?」
「ああ、受け入れよう」
「私の名前は・・・」
彼女の名前を聞きながら、パウロはセリーンが涙を流しているのを感じた。
・・・マリーナ・クロフォードです
それが彼女の名前だった。
完結です。最後まで読んで頂きましてありがとうございました。