05 襲撃
セリーンの警備が強化されることになると、パウロは休憩時間以外は彼女の側から離れることはなかった。
ビョルンに指摘されたようにパウロはセリーンに対する想いが強くなっていた。
それが恋かもしれないとパウロ自身、自覚していた。
ただ警備をする以上は個人的な感情を挟む訳にはいかなかった。
事実、王都から届く情報はあまり芳しいものではなかったからだ。
ビョルンの指示の元、王都と北属州を往復する使いの者たちがほぼ毎日、移動を繰り返していた。
彼らが持ち帰る情報ではブーリン子爵とフィンチ男爵が裏稼業の者たちを密かに雇ったとのことだった。
彼らがこの北属州に来る時間を考えるとこの一週間のうちに動きがある可能性がある。
パウロはそれを踏まえ、セリーンの元から離れようとはしなかった。
ただ、セリーンの業務はパウロの予想以上に重きものだった。
特に北属州にある領地の視察や稲や小麦などの品種改良を行う農家へ赴いたりと移動が多い。
しかしながらセリーンの行動を抑えることは難しい。
彼女が馬車ではなく馬での移動を好むのも問題だった。
「せめて馬車での移動はできないか?」
パウロが提案するものの、セリーンの応えは「否」だった。
「ですがパウロ様が側にいて頂けるだけでも心強いですわ」
「矢で射られたらどうする?」
「その時は受け入れるのみです」
「お前さんは予想以上に頑固だな」
パウロは呆れながらもセリーンの意見を受け入れるしかなかった。
その日もセリーンの領地の視察の日だった。
その場所はコルベリ家の屋敷から近い場所だった。
パウロ含め騎士の面々は弓矢での攻撃や急襲などを警戒していた。
だが、襲撃者たちは予想を反した行動に出たのだ。
襲撃者たちがセリーンの身を奪い去ろうとしたのだ。
パウロたちはすぐさま襲撃者たちを迎え撃つ。
旅団の騎士たちはパウロの指示通りに守りを固めながら襲撃者たちを戦闘不能にする。
特に弓矢での攻撃には同じ弓矢で対応する。
パウロもセリーンに近づく襲撃者たちを次々と倒す。
襲撃者たちの急襲が限界を迎えた時、それは起こった。
一つの矢が騎士たちの警戒を越えて、セリーンへ向かったのだ。
パウロは躊躇うことなく左腕でセリーンに向かう矢を受け止める。
矢は矢の半分が左腕を貫通したが、セリーンを貫くことはなかった。
「パウロ様!!」
セリーンの悲痛な声が響き渡る。
「大丈夫だ。気にするな」
パウロは矢を抜かずに棒の部分を折ると、矢を射た場所を探し出して弓兵に射るよう指示を出す。
その間にも次々と矢が射られるがそのたびに剣で弾き退けてゆく。
その後も断続的に襲撃は続くが、その勢いも薄れていった。
結果として襲撃者はすべて斬り捨てか射殺、または捕獲された。
旅団の騎士たちは軽傷ばかりで唯一大きな怪我と言えるのがパウロだけだった。
「矢に毒でも塗られていたらどうするのですか!?」
セリーンはパウロの治療を行いながら言い寄る。
「その時はその時だ」
「腕を失っても良いのですか!?」
「人を守るのに犠牲はつきものだ」
「・・・パウロ様も頑固ですね」
「それはお互い様だろう」
パウロの応えにセリーンは微笑み返す。
その笑顔にパウロは自分がセリーンに恋心を抱いたのを知るのだった。
セリーンへの襲撃後、パウロはよりセリーンの側から離れなかった。
たえずそばに付き添っているに等しかった。
そのたびにパウロとセリーンの距離は縮まってゆく。
他愛もない会話をしながら、時に食事を共にしながら。
そんな時にセリーンが尋ねたことがあった。
「パウロ様は終身法務官様とはいつから関わっておいでなのですか?」
「うん。あいつとは子供の頃から一緒に遊んでいたんだ」
パウロは続ける
「あいつは俺と遊ぶことを好んでいた。考えると不思議だよな・・・。あいつには勉強を教えても
らったし一緒に大人に悪戯もして一緒に怒られたりもしたんだ。その時は楽しかったな」
「パウロ様は終身法務官様のことが好きなのですね」
「ああ。あいつはかけがえのない友だ。だから、今でもあいつを信用できるんだと思う」
「私もそのような友達が欲しかったです」
セリーンは暗くなる。
「友達はいないのか?」
「私は領地を守ることで精一杯ですので・・・」
「時には誰かを頼るべきだと俺は思うが?」
「そうですね・・・パウロ様のような方が最初から近くにいれば良かったです」
そう言うとセリーンは微笑む。
その微笑みがいつもと違うとパウロは気付く。
それはまるで寂しさだけでなく何かに苛まれているようだった。