02 醜聞
初春になり、北属州へ続く公道の雪解けが始まった頃だった。
パウロの元に、四人目の不審死が出たと言う情報が入った。
今回は、三人目の不審死を遂げた公爵の長子の弟だと言う。
その情報は、伝令としてパウロの元に伝えられたのだ。
すでにビョルンは、パウロと共に北属州へ向かっていた。
伝令からの報告を聞いたビョルンとパウロは、言い知れぬ不安に駆られていた。
「さすがにこれはいけませんね」
ビョルンとしては、まさか四人目の不審死が出るとは思いもしていなかった。
パウロも、ビョルンと同じ思いだった。
「そうだな。急ぎ向かおう」
二人は、予定よりも早く北属州に入ることになった。
北属州では、やはりセリーン・コルベリ嬢の噂で持ち切りだった。
誰もが、
<呪われた男爵家の令嬢>
<魔に魅入られた女>
などと揶揄されるほどの悪評が流れてた。
このような雰囲気の中で、ビョルンとパウロは北属州にある法務局分所に身を置いた。
すぐにビョルンは、亡くなった四人目の婚約者の調書に目を通す。
すでに、北属州の治安を預かる旅団の方で聞き取りは終わっていた。
「今回亡くなったのは、ローレンス・ガーフィールド公爵の次男殿ですか・・・」
「三人目の婚約者の弟だが悪い噂はない。可もなく不可もなしと言ったところだな」
「しかし、ローレンス殿も浅はかですね」
この場合は、噂の令嬢を警戒はすべきだろうとビョルンは思う。
しかも、後継者が続けて亡くなることを考慮すべきだろう。
「検視をした医師を呼んでもらえますか?」
ビョルンの指示で、すぐに検視をした医師が呼び出された。
ビョルンは、調書を見ながら医師に検視の流れを確認する。
「これまでの方々ですが、毒殺の線はどうでしたか?」
「銀の棒を使い喉を調べましたが、黒い変色はありませんでした」
「四人目の方もですか?」
「はい」
医師は、検視時に使用した銀の棒を提出する。
どこを見ても、銀の棒には黒く変色した箇所はない。
通常なら毒が反応する場合は、黒く変色する。
これは銀が多くの毒に反応する特性がある為、それが見当たらないのは毒が使用されていない証拠と言える。
「あなたが見て、気になることはありましたか?」
「気になるとすれば、全員が早朝にベットの上で亡くなっております。つまり、睡眠中に発作が起こったと思われますが・・・」
「どうしました?」
「医学に従事する者としては、これほど発作で亡くなる者がいると考えられません。疫病など考えましたがそれも見当たらず・・・では、呪いかと言うと死因がある限りそれも考えられません」
「自然死と考えているのですか?」
「はい、それとしか思えません」
こうして、医師の聞き取りは終わった。
ビョルンは、医師の話に噓偽りがないと考えていた。
医師は現実主義者だ。
呪いなど考えない。
だからこそ自然死と結論づけたのだろう。
医師が言う通り、呪いの可能性はない。
では、一体何が原因なのかを考えているとパウロが分所に戻ってきた。
「お前の言ったように、各家のメイドや料理人に聞き取りをしたぞ」
「どうでしたか?」
「食事や飲み物に不審な点は見当たらない。農業に対して、特化して交易で利益を上げる家だ。食材も納品の際に問題があるかどうか調べられている」
「毒も反応がなかった。では、自然死かもしれませんね」
ビョルンがそう答えると、唐突に大声が聞こえ周囲が騒がしくなった。
すぐに、ビョルンたちの前に警備の騎士たちが駆け付ける。
「どうした?」
パウロが尋ねる。
「ローレンス・ガーフィールド公爵が、面会を求めております」
このローレンス・ガーフィールド公爵が、亡くなった長子と次男の父親だった。
おそらく、法務官であるビョルンが来たことを聞きつけた彼が、息子たちの婚約者であったセリーン・コルベリ嬢を罰せよと訴えに来たのだろう。
「興奮しているようですね」
「どうする?」
「ちょうど聞きたい事もあるので、公爵に来て頂きましょう」
ビョルンたちは、ローレンス・ガーフィールド公爵を部屋で出迎える
「セリーン・コルベリ嬢をすぐに裁いて頂きたい!!」
会ってすぐにローレンス・ガーフィールド公爵が訴え出た。
「調査中ですのでお待ちを」
ビョルンはただこう応えるのみである。
まだ調査は始まったばかりであり、このような場合は慎重に動かざるを得ないのだ。
「誰がどう見ても、あの悪魔が息子たちを殺したのだ。皆が噂もしている。あの娘が呪いをかけたと」
「公爵殿、呪いと言うのはこの国では存在しませんよ」
「だが、皆が言っておる」
「では、どうしてあなた方に呪いが向かわないのですか?」
ビョルンが逆に尋ねる。
呪いと言うのなら、当然、関係者にも向かうはずだ。
「そ、それは・・・」
「あなたの長子と次男が、お亡くなりになったことはお悔やみ申し上げます。ですが、証拠もなく人を裁こうとするのは、許されることではありません」
「ですが!?」
ローレンスが身を乗り出す。
「興奮しないで頂きたい。どうであろうと、調べが終わるまではお待ち下さい」
ビョルンの言葉に、ローレンスは頷くしかなかった。
「あと、セリーン・コルベリ嬢に対して報復はしないように」
パウロがローレンスに忠告する。
この場合、騎士団であるパウロの武力が対象者に効果を与えることを意味している。
ローレンスは動揺している。
彼には、その考えがあったのだろう。
だが、近衛騎士団の主任団長の忠告には、パウロの言葉にも頷くのみだった。
「では、私から聞きたいことがあります」
今度は、ビョルンがローレンスに聞き取りを始める。
「セリーン・コルベリ嬢との婚約は、どなたが提唱されましたか?」
「元老院からです」
「確かに・・・コルベリ家は5年前に元老院の認証を得て、男爵家を授かったようですね。その後に、ブーリン子爵家に対してセリーン嬢の縁談がありました。ですが、婚約の半年後に就寝中に急死。その二年後に、今度はフィンチ男爵とセリーン嬢の婚約がありましたが、これも婚約後すぐに急死。その一年半後に、今度はあなたの長子殿とセリーン嬢が婚約となりました。なぜ、セリーン嬢との婚約を考えられたのですか?」
「それは・・・」
ローレンスが言葉を詰まらせる。
「コルベリ家の農地だろう?」
パウロの問い掛けに、ローレンスが思わず顔を上げる。
「あの農地があれば、お前たちの新しい生産地ができるからな」
「なるほど。それなら納得ですね」
ローレンスは、不愉快な表情を浮かべている。
一方で、ビョルンも不快な気持ちになる。
すべての貴族階級が、ローレンスのような益を求める者たちではない。
だが、目の前にいる男はどうだろうかと思う。
「交易を営む者としては当然の事ではないか。誰もがやっていることだ」
「しかし長子は亡くなった。その上で今度は次男を婚約者に据えた。しかし、次男も急死した。不運としか言いようがないですね」
「だからと言って、セリーン嬢が殺したと言うのはどうかと思うが?」
ビョルンに続いてパウロも、ローレンスを不快に思っているようだ。
「わかっている、わかっているからこそ許せないのだ。なぜ、息子たちは死なねばならなかったのか」
「ローレンス殿、私たちは、そのために調査に来ております。ですので、あなたから見て何か思い当たることがあれば話して頂きたい」
「・・・ないのだ。二人ともあの女とうまくやっていたのだ・・・」
あの女。
ローレンスが、セリーン・コルベリを見下しているのが垣間見える。
パウロは目の前にいる男を、殴りたい気持ちになる。
「それは本当ですか?」
「・・・ああ」
憎しみや憤りがあっても、ローレンス自身はこの事実は認めざるを得ないのだろう。
だからこそ、男爵家の令嬢に対して憎しみが増していると思えた。
「わかりました。では、もし気付いたことがあればまた声をかけて下さい」
ローレンスの聞き取りは終わる。
結局、彼は感情のあまり法務局分所へ乗り込んだだけだった。
窓からローレンスの乗る馬車を見ながら、ビョルンは話し出す。
「ローレンス公爵は隠している」
「ああ。あの態度を見ればわかる」
ビョルンもパウロも、ローレンスの何か曖昧な態度を見てその考えに達していた。
そうなると、今後はどのようなことが起きるのかも思い浮かんでしまう。
一方で、ビョルンは検視した医師の話とローレンスの話からある推測を導いていた。
「パウロ、気になることがある。すぐに王都まで馬を走らせてほしい。エヴァに調べてもらう」
「わかった」
「あとは・・・セリーン嬢の警備も強化した方が良いかもしれない。ローレンス公爵は、彼女に復讐する意志は捨てきれないと思う」
「では、俺が警備を担当しよう」
「もしかして、セリーン嬢を見たいのか?」
ビョルンが笑う。
パウロが自ら進み出て警護を買ったのか、そして、何を考えているのかすぐに理解した。
・・・噂の相手がどのような人物かを見極めたい。見てみたい。
そう思い行動に移すところが、パウロと言う男だとビョルンは思う。
「ああ。俺はその令嬢にとても興味がある」
「好きにすればいいさ。でも、あまり踏み込み過ぎはいけないよ。君は感情的になると惚れ症なところが出てしまうからね」
「法務官殿の忠告は、肝に銘じておくぜ」
パウロは、微笑みながら答えた。