01 ある噂
基本的に審問と動機追及がメインになりますが、証拠を集める際には世界観に沿った捜査方法を使っております。
終身法務官ビョルン・トゥーリが、近衛騎士団の主任団長を務めるパウロ・バルドーネから、ある相談を受けたのは冬が始まろうとする頃だった。
ユリウス王国の北にある属州では雪が積り始めており、各地の物流を管理する各交易ギルドの活動への制限が少しずつだが影響が出始めていた。
その中にある有力な交易ギルド<ルクス>のギルド長から聞きつけた噂を、パウロは気にはしながらもあくまで心の片隅に置いていた。
その噂はやがて北属州だけでなく、王都まで流れ始めたのが先月あたりのことだった。
パウロはその噂が個人的に気になっており、部下たちに調べ始めるよう密かに命じていた。
その噂を調査した結果は、以下の通りだった。
それは北属州で起こった不審死に関してのものであり、その事案の中心にいるのは一人の女性だと言うことがわかった。
ここ5年の間に、彼女の婚約者が三人続けて亡くなっていた。
死因のすべてが心の臓による発作だった。誰もが就寝後に亡くなっており外傷などは見当たらなかったと言う。
この醜聞な噂は北属州では前からあったようだが、さすがに三人目になると誰もがその死に疑いを抱くようになっており、北属州にある法務局が調査をしたがその原因は見当たらず事件性はないと判断されたようだった。
だが、この噂の影響は婚約者である女性に対して<呪われた令嬢>や<死を呼ぶ女>など悪評が広まる結果となった。そのような中でその女性には新たな婚約者が充てられたと話題になっていた。
パウロとしてはすでに三人もの死者が出ていることを考慮し、正式に調査を進めようと考えていた。
そこで終身法務官であるビョルンに相談しようと思い、彼の職場を訪れた次第だった。
「婚約者の連続不審死ですか・・・」
「ああ。すでに三人も亡くなっているそうだ」
「ある種の繰り返される婚約破棄ですかね」
パウロが用意した報告書を見ながら、ビョルンは考え込む。
「亡くなったのはどんな方々ですか?」
「一人目はブーリン子爵の長子、二人目はフィンチ男爵の次男、三人目はローレンス公爵の長子だ」
「貴族階級の方々ですね。彼らに何か繋がりなどありましたか?」
「共通しているのは彼らの家が農業に長けていると言うところだ」
「なるほど交易関係ですね。それで彼らの死因は?」
「全員が心の臓が停止しており、そのまま亡くなったそうだ」
「なるほど・・・心の臓の発作ですか」
どの人間でも心の臓に負担が掛かり、酷い場合には発作を起こして死に至ることを、ビョルンは経験上理解している。
ただ、連続して三人も発作で亡くなると言うのも珍しい。
誰もが、年齢的に若く持病など見当たらない。
そう考えると、市井の人々に醜聞な噂が広まるのは致し方ないと思うビョルンだった。
「つまり・・・君はこの法務局から法務官を派遣して、この噂の真相を調べて欲しい訳ですね」
「ああ、さすがに捨て置けないだろ?」
「確かにそうですね」
パウロとしては騎士団として治安を守る立場である限り、どんな事案であろうと対応すべきだと考えているのだろう。
その考えは、ビョルンも法務官としても同意できるものだった。
「誰か法務官を向かわせることは可能か?」
「そうですね・・・」
ビョルンは顎を左手に乗せながら、さらに考え込む。
いつもビョルンに従う法務官エヴァ・ハヴィランド女史が、別案件で王都から離れることができない。
他の法務官もそれぞれの案件を持っている状況だった。
「では、ベテランの法務官を向かわせましょう」
「おお、助かる。で、誰を行かせる?」
「私ですかね」
ビョルンが笑う。
現在、ビョルンは都合よく手持ちの案件を持っていなかった。
「お前、本気か?」
パウロは思わず仰け反る。
「君が法務官を派遣したいと言うから、それなりの人物が良いでしょう?」
ビョルンは、両手を叩くと話を続ける。
「雪解けの頃には北属州へ向かいましょう」
「いいのか?」
「王都であろうと属州であろうと関係ありませんよ。私もこの話に興味が湧きましたので」
こうして、ビョルンは北属州への足を運ぶことを決めた。
〇主な登場人物
ビョルン・トゥーリ・・・主人公。終身法務官。
パウロ・バルドーネ・・・近衛騎士団の主任団長。
エヴァ・ハヴィランド・・・法務官。ビョルンの補佐官も務める。
セリーン・コルベリ・・・北属州の男爵家の令嬢。
ローレンス・ガーフィールド・・・公爵家の主人。