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世界のために死んでくれ  作者: 影冬樹
第一章 彼らは襲撃を挨拶と言う。
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 郁が目を開けると、そこは見覚えのない世界。そして、自分は知らないどこかのベンチに座っていた。目前には大きな噴水が見える。首を横に動かすと、どこかの広場にいるようだった。鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いが漂ってきた。そちらの方を見ると、屋台が広がっているようだった。そして、何かイベントが開いているような音楽が流れていた。その音に導かれるように郁は立ち上がった。特に体に痛みはなく、怪我はしていないとぼんやりと気づいた。繁華街とも見える街を歩いていると、郁はお腹が減ったと感じた。いつから食べていないのかが、分からない。いつまで寝ていたのかが分からないからだった。

「ここの街は良いよ。特に治安が悪い訳でもなく、誰もが自由に生きることが出来る。あの者に連れて来られた人のようだね…最近は色々人が増えているようだけど?」

「はい、そうです」

 と、郁は声がした後ろに振り向いた。

 するとそこには海賊のような解放的な格好をしている女性が立っていた。その服装は郁の母親とは明らかに対照的でそこまでの人を見たことがなかった。しばし郁はその女性に見惚れていた。

「何?」

 と、女性が不審そうに郁を見た。

 だが、すぐにその視線の意味を理解していた。何も気にしている様子はなかった。

 女性に郁に視線を移した。

「見た感じは弱そうだけど、あの試験を通ったということは多少は強いということ? だが、最近の試験内容は知らないから簡単になったとも考えられるし、どうなのだろう…」

 郁は静かに返した。

「死にそうになりました」

 と、実際に死んだことは言わなかった。

「そう。それは大抵の人が言うことだけど? で、君は私が言ったこの情報に何キル払ってくれるの?」

 女性が薄汚い顔をした。そこで郁はやられたということを理解した。一方的に情報を与えてから、情報量を無理矢理貰う悪質な商法だった。このように実際にやられたことはまだなかった。だが、相手の女性が言っていることも必ずしも間違ってはいなかった。そして、郁も何かを反論することは出来た。だが、郁の脳はそれよりも更に情報を得る方が有利であると判断した。

「その、キルとは何ですか?」

「ん? なるほど、キルも知らないということは、よほどのルーキーだね。この街では好きなように使われて、朽ち果てそうな子供だ。キルとは、この街。いや、この世界の通貨のこと。例えば、私が言った情報は大体三キルぐらいの価値があるかもしれない。そして、それを君はどのように払うつもり?」

 郁は女性を直視した。

「生憎、僕は現在お金が一つもありません」

 女性は頷いた。

「うん。そうだろうね。明らかに何も知らない様子だから」

「なので、貴方の所で働くことは出来ますか?」

 と、郁は聞いた。

 すると、女性が笑みを浮かべた。

「そのようなことを言う人はこれまでいなかったが、しっかりと自分が使えると証明出来そうならいい。雇うからには逃げることは許さないよ」

「はい」

 と、郁は答えた。

 何か分からないことがあるのなら、知っている人に聞くべきなのだった。だから、郁はこの女性の元で働くことにした。それが正しいかは分からないが、他よりは良いように感じた。

 女性は郁に再度何か言うことはなく、歩き出した。そちらが女性の職場があるようだった。郁は女性が予想している人であることにほっとした。そして、郁が覚えることも出来ない道を歩くと、数分するとその目的の建物にやってきた。女性がぴたりと足を止めた。

 振り返ると、郁に言った。

「ここが私が経営している、宿だ。そこの用心棒ぐらいにはなれそうか?」

「どのような仕事があるのですか?」

 と、郁は正直に聞いた。

 用心棒というものは体力勝負のようだった。だが、郁にはそのような手荒なことが出来そうな気がしなかった。

「正直は良いことだ。大丈夫、この世界にこれたということはそれほどの力があるということ。だから、雇うことにした。もし、不正をしていなければ…まぁ。そもそもそのようなことは出来ないけど」

 女の物騒な発言を聞き流して、郁は静かに頷いた。ここは郷に入れば郷にに従え。そのようなことが常識なのだろう、と深くは考えないようにした。疑問だけでもこの世界を生きるのが大変そうに感じられた。

「分かりました。出来ることは行いたいと思います」

 と、郁は返事をした。

 すると、女性が頷いた。

「それでいい。君ならしっかりと働いてくれそうだ。最近入った別の人はそのまま給料を先に貰うと、勝手に逃走したのだ」

 何となく答えが分かっていながら、郁は聞いた。

「で、どうしたのですか?」

「それは、殺したさ」

 と、女性は即答した。

 郁は一瞬ぞくり、とした。だが、女性が何かおかしなことを言っている感じもなかった。それがあたかも普通のように話している。殺しなど日常茶飯事と言うように。

「…そうですか」

 女性が郁を不思議そうに見た。

「ん? 驚かないのか? 普通の人ならその単語だけでも死にそうな顔をするのに」

 そこで郁は自分が少しおかしいことに気づいた。だが、それで何かが変わる訳でもないのだった。

「特に何も感じない、です」

「それそれでいい。しっかりと仕事をしてくれたらいい」

「と、いうことは殺しですか?」

「そうだな。店のものを取ろうとする者は有無を言わせず、殺めてくれ。何も慈悲を与える必要はない。向こうも本気で殺しに来る。なら、こちらも同じようなことをするだけだ。出来そうか?」

 女性が郁に確認を取った。

 郁は特に考えずに頷いた。ふと、これが感覚が麻痺することだな、と理解した。ただそう感じるだけで、何か冷たく感じる訳でもないのだった。どうしても、この世界が嘘のように感じる。全てがゲームのように。

「殺ったことはないので、分かりませんが武器があれば頑張ります」

「武器なら、余るほどあるよ。ここには剣しかないが、どうする?」

「剣を使用してもいいですか?」

「いいよ」

 女性は頷いて、そのまま郁を店の中に案内した。女性が本当に経営者であることを証明するように、人々が頭を下げて挨拶をした。それに郁はついつい頭を下ろした。

 嬉しそうな顔をしてから、女性が口を開けた。

「おい、キール。新たな用心棒だ。仕事を教えてやれ」

「はいはい、女将さん」

 と、奥から男性が現れた。

 郁は男性を見た。だらりとしたシャツにジーンズ。首に赤色のターバンを巻き、何とも自由そうに見えた。キールと呼ばれた男性は不思議そうに郁を見ながら、近づいた。

「お前が新しく連れてこられた子か。一見弱そうだが、多少は強いのかもしれないな。言っておくが、逃げたらこうだからな」

 キールが手で首を切る仕草をした。

 郁は動じることなく、無表情でそれを見ていた。すると、キールも何かに気づいたようだった。

「ふーん。使えるな。名前は何だ?」

「伊佐郁です」

 辺りが静寂に包まれた。そして、人々が笑い出した。

 困惑する郁にキールが答えた。

「おいおい、ここで本名を述べる奴は少ないのだぞ。わざわざ言う必要はないのだ。代わりに何と呼ばれたい? 漢字は分からないが、そのイク、か?」

「はい。それが一番慣れているのだ。キールさんは違うのですか?」

 キールが無意識に顎に手を当てた。それが考える時の仕草のようだった。

「違うな。大体ほ人は違う自分を生きたいから、という理由でもある。そのままのイクでも俺はいいと思うぞ……よし、次は剣だな。こいつを奥に連れて行くな」

 キールは周りに軽くそう言うと、集まっていた人々が散って行った。それを眺めていた郁はキールに呼ばれたことで、はっとした。そして、急いで後を追った。


 *


 郁はキールに連れられて、宿の地下階段を歩いていた。何か鉄臭い、鼻を突く匂いがして、郁は嫌そうな顔をした。

 すると、キールが面白そうな顔をした。

「お前も普通の表情を見せるので、安心したよ。イク。ここは何だ? と思っただろう。まぁ。答えはすぐに分かる。俺が言うまでもないだろう」

 キールがポケットから鍵を取り出して、正面の扉を開けた。扉を開く重い音がして、中を覗くと先程よりもきつい匂いがした。キールにつられて、奥に進むとその正体がよく分かった。鎖に繋がられて、今にも死にそうな人がいた。

 郁がそれから目を離せずにいると、キールが沢山の剣を抱えてやってきた。

「まずは剣を使えるようにしなければならない。その一歩目だ」

 郁は口を開いた。

「彼らは何ですか?」

 キールが口元を歪ませた。

「悪人だ。どうしようもない。本来なら警察に渡すできなのだが、ここにはそのような組織はない。全ては自分達でどうするかだ。なので、ここで何をしようと誰も罪に問われない。ここで殺められるか。相手を殺るかどうする。一つしか選択出来ないぞ」

 郁はここでやっと理解した。これが現実である、と。自分が見て、感じていることが偽りではない、と。

 未だ悩んでいる郁にキールが告げた。

「そうそう。この世界から逃れることは出来ないぞ。ここに来て、帰れた者はいない。死ねば終わる。だが、そこからどうなるか分からない」

 なるほど、そう郁は思った。帰れないという絶望よりも先に。普通に帰れるのなら、ここで荒れた世界になっているはずがないのだった。絶望した人々が暮らす、アナザー・ワールド。そこに平和を見出すのは大変そうだった。

「イクは泣き喚いたりしないのか?」

 と、何も反応を示さない郁にキールが言った。

 郁はキールを見つめた。

「それをした所で何かが変わる訳ではない」

 唯一の希望はあった。自分が正しければ死ぬことがないということ。それは解放されないということなのかもしれない。だが、死を絶望するのなら、痛みと共に生き長らえる方が何倍も良かった。

 郁はまだここで死ぬ訳にはいかないのだった。なら、そのために何をしようとも気にしなかった。

 もう答えは郁の中で出ていた。

 キールが持っている剣の中で、闇よりも濃い程よい剣を見つけると、郁はそれを手に持った。これからの未来を考えると、この黒い剣が何よりも心の支えになりそうだった。

 今の郁にはその剣を後何回血で汚すことになるか、分からなかった。

 ただ一つ分かることはあった。

 この世界の命は軽い。他の何よりも。

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