黙っておいてやる
「何故、ワタシたちは残されたのでしょうか?」
そんなオレの言葉に対して……。
「分かりませんか?」
紅い髪の女が不機嫌そうに言った。
ああ、この女は「察してちゃん」だ。
他人に対する気遣いが大いに欠けているのに、自分に対しては分かってくれて当たり前と言わんばかりの顔をしている。
「いや、分からないでしょ。常識的に考えて」
水色の髪の女が呆れたように言い放った。
「私、こんなことしている暇はないんだけど。移り気な橙羽様にしっかりアタックしなくちゃ! こんなチャンス! 逃すわけにはいかないんだから!」
この女は「恋愛脳」ってやつか。
常に恋愛のことばかり考えて、周囲に合わせて動くよりも、自分の恋愛を優先するようなタイプだ。
「その発言。貴女は『すくみこ! 』プレイヤーってことで間違いないかしら?」
紅い髪の女がそう言った。
……「すくみこ! 」?
先ほどのやりとりから考えると、もしかしなくても、あの少女漫画を元にした乙女ゲームのタイトルか?
悪いが、タイトルからはどんなゲームか、全然分からん。
その乙女ゲームをやったヤツらも、よくプレイする気になったな。
「そうよ。『すくみこ! 』はやり込んだわ!」
水色の髪の女は身を乗り出して、反応した。
やはりゲームの話らしい。
「本命は創造神「サイエク」様だけど、あの人、二週目以降じゃないと落とせないでしょ? 現実はセーブ&ロードなんてものはないから、二週目の保証はない。それなら次点の『ヴェント』様狙いになるのは当然じゃない?」
創造神の名はあの少女漫画と同じだな。
そして、本来は、周回ゲームでもあるらしい。
たまにある一人攻略するごとに、次のキャラのシナリオが解放されて、攻略できるようになるゲームではないようだ。
「じゃあ、改めて自己紹介とさせていただきましょうか」
紅い髪の女はそう言ってようやく話し始める。
「私は『みこ』名『シルヴィクル』。中身は『七瀬 玲』。31歳。原作読破済、ゲームは踏破済。死んだ覚えはないから、異世界転生じゃないはずよ」
よりによって、「レイ」なのか。
妹と同じ名前だな。
あいつは「麗」だったけれど。
因みに姉貴は「遥」。
両親が一文字に拘ったのは分かるが、何故、あいつだけ「うらら」と訓読みをしなかったのかは謎である。
そして、この女は死んだ覚えがない……か。
オレもない。
この自己紹介を参考にすれば良いか。
えっと、「みこ」名は確か、「アルズヴェール」だったはずだ。
発音しにくいな。
名前……本名はまずいか?
知っているヤツがいたら、面倒だ。
年齢は……、言っても大丈夫か。
20歳の若者なんて、どこにでもいる。
原作ってのは、あの少女漫画のこと……だよな?
それと、乙女ゲームをやったかどうかか。
後、死んだかどうかも一応言っておいた方が良いのか?
「質問は?」
紅い髪の女は問いかける。
ある程度、自分に自信があるようだ。
「玲さん、ゲーム内の本命は?」
水色の髪の女が確認する。
ゲーム内の本命……、「推し」ってやつか。
そんなの聞いて、どうするんだ?
「ごめんなさい、何の関係があるか分からないわ? 『トルシア』」
「え~? だって、本命が被ると面倒でしょう? 攻略のライバルなら、邪魔しなきゃいけないし」
邪魔って……、そのゲームは、妨害ありなのかよ。
しかも、それを面と向かって言うのか。
女って怖えな。
「……紫羽様」
割とあっさり答えたな。
しかし、「紫羽」……。
羽の色から……、闇か?
退室時に、オレを見ていたヤツだな。
「か、勘違いしないでよね! これは、友好を深めるために答えたのであって、私は一刻も早く帰るために、神様なんて相手にせず、攻略するんだから!!」
……ツンデレか?
現実のツンデレは面倒な地雷臭しかしねえけどな。
普段は冷たくしておいて、時々、甘えに転じる系は、程度にもよるがオレはどうしても好きになれん。
どうせなら、年中、甘えてくれた方が嬉しい。
但し、勿論、可愛い子に限る。
「あ~、根暗な陰キャラ好みかあ……。私とは趣味が合わないね」
闇の神は陰キャラらしい。
引きこもり系ってことか?
でも、結構、神って何かあるとすぐ引きこもるよな。
日本の最高神、天照大神とか、最初の引きこもり記録じゃねえか?
不名誉な記録を残されたものだと思う。
当人、いや、当神だって思ってもいなかっただろう。
神話の時代から、現代の世まで、自分が仕事を放棄して引きこもった記録をずっと残されるなんて……。
「合わない方が貴女にとって、都合は良いのでしょ!?」
「あ、そっか~。つい……」
既に戦いが始まっている。
牽制、誘導など情報戦のやりとりが眼前で繰り広げられていた。
マズいな。
オレはこの世界はあの少女漫画の昔の世界の可能性が高いと思っていたのだが、漫画も読み、ゲームもやった人間から見れば、ここが、ゲームの世界と思わせるような何かがあるようだ。
オレはあのゲームを知らない。
システムも内容も、目的も、着地点も。
これは圧倒的に不利な状況じゃないのか?
「ゲーム、原作の『七羽』の順番で行きましょう。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の順で紹介を頼めるかしら? だから、次は……」
ああ、それなら次はオレだ。
「赤……。多分、ワタシですね?」
先ほどのこの紅い髪の女……レイってやつの自己紹介を思い出しながら、立ち上がった。
「えっと……、『アルズヴェール』です。『さかいで ひかり』。20歳です。原作? も、ゲームも、姉からの知識程度しかありません。ワタシも死んだ記憶はないです。よろしくお願いいたします」
どうだ!?
この完璧な無害さ!!
ゲームの知識もないから、本命の神もいない!!
女の敵は女だ。
しかも、妨害があるゲームで敵愾心を煽れば、システムも知らないオレなんか格好の餌食となるだろう。
左隣の黒髪の女から、何とも言えない雰囲気が漂ってくる。
まあ、詐欺って中身がバレている相手に意味はないもんな。
だが、オレも自衛ぐらいはさせてくれ。
だが、レイって名の女はどこか不機嫌そうな顔をしていた。
む?
知らない間に、どこかで敵愾心を煽ってしまったか?
分からん。
女の地雷はどうしても、男には読み切れないものなのか。
「じゃあ、次はその右隣りの貴女にお願いするわ」
そして、黒髪の女、ラシアレスには良い顔を向ける。
女ってやっぱ、怖え。
どんなに怒っていても、かかってきた電話をとった後は、何故か機嫌よく応対できる生き物だけある。
「『シルヴィクル』さん、ご指示をありがとうございます」
丁寧だな、ラシアレス。
単純に固いだけではなく、礼儀を知っている感じだ。
電話応対の多い事務職か?
相手の懐に飛び込む営業職か?
常に客と接する販売職か?
うん。
礼儀の必要な職業は、ざっと思い出せるだけでも、こんなにも多い。
「ここに来る前に出会った横の『アルズヴェール』さんから、わたしの名は『ラシアレス』と伺いました。ここに来てから一度も自分の顔を確認していないので、本当にその人なのかは分からないです。死んだ覚えも勿論、ありません。気付いたらここにいました」
ああ、そういえば、オレの呼びかけに対して不思議そうな顔をしていたもんな。
オレも、自分の名前はこのラシアレスに教えてもらったんだ。
……なるほど、自己紹介を前の人間のテンプレ通りにしない、アドリブの利く人間か。
「あら? そうなの?」
紅い髪のレイだけではなく、周囲が騒めいた。
だが、こいつらは、どうやって、自分が乙女ゲームに出てきた女だって知ったんだ?
しかもこの数。
恐らくは当て馬となるライバルキャラってやつだろうけど……、いくら何でも、ライバルが多すぎないか?
何より、主人公……、メインヒロインってやつは誰だ!?
少女漫画を考えれば「ラシアレス」だと思うが……、自分を主役と考えているような先ほどの発言から考えれば、まさか、あの水色の髪の女か!?
「はい。わたしの本名は『みやもり はんな』と言います。年齢は25歳。原作、ゲームについては、10年ぐらい前にした友人との会話程度の知識しかありません。いろいろと教えてくださればと思います。よろしくお願いいたします」
お前もか!!
お前も、周囲を謀る気か!?
さっき、オレに向けた言葉と微妙に違うじゃねえか!!
まさか、謀られたのは、オレだけだったってオチか!?
オレがラシアレスを睨んでいると、彼女はその視線に気付いたのか、にっこりと笑った。
邪気がないような笑みなのに、何故か、黒いオーラが背後に見える気がした。
何も言わずに黙っておけよ?
しかも、そんな文字まで見える気がするのは気のせいか?
分かっている。
今は黙っておいてやるよ。
今はな。
オレはこの女狐ならぬ女狸を見て、そう思うのだった。
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