思い出される設定
導きの女神「ディアグツォープ」様より、オレたち「救いのみこ」に対して、要点を搔い摘んだ仕事の説明があった。
そして、その相方となる神も紹介された。
『それぞれのパートナーと協力し、必要ならば周囲の手を借りながら、人類を繁栄させること。それが、貴女たちへのお願いです』
金髪の女神は微笑みながら、念を押すようにこう言ったが、それは、どの角度から捉えても、最終的に、この背後にいる相方の神と「子造りしろ」と言っているようにしか聞こえない。
いや、分かりやすいよ?
人類の繁栄はそこにあるわけだから。
ヤることヤらねば、子供……、子々孫々なんてできるはずがないんだから。
だがな~。
その結果が分かっていて、そこでやる気を出すのも難しい。
何より、中身が男のオレにとっては、ただの苦痛でしかない。
何が悲しくて、男に抱かれなければならんのか?
責任者出せ、責任者!!
だが、その次に続いた言葉で、オレのやる気ゲージが上がることとなった。
『人類が豊かになり、滅びの危機を乗り越えた後、その褒賞として、「どんな願いでも一つだけ叶えよう」と創造神は仰せになりました』
……は?
どんな……願いでも?
それって、人類の夢、不老不死とか、男の浪漫であるハーレム形成とかもありなわけ?
いや、この身体でハーレム作っても面白くないから生き返らせてもらった後にはなるのか。
すっげ~太っ腹だな。
その創造神ってやつは……。
ん?
「創造神」?
オレの中に何かのセンサーが引っかかった。
そして、思い出される設定がある。
ああ、そう言えば、あの少女漫画に出てきた創造神って……、確か、かなり傲慢で、自分の都合で動いていたんだった。
そして、その結果。本来、平穏に暮らせたはずの、あの主人公とその母親が……、あの世界の諍いや災いに巻き込まれていくこととなる。
そして、その主人公は、平穏な生活を取り戻す直前まで、神たちの存在に大きく振り回されるのだ。
元々、そんな話だった。
つまり……、この結末も碌な結果になる気がしないのはオレだけか?
『最後になりますが、月に一度、この場所に来て、状況報告をお願いいたします』
そう言いながら、導きの女神「ディアグツォープ」様は微笑んだ。
ああ、そうか。
神は全て、父であり母である創造神の名の下に。
神たちの住んでいる「聖神界」という世界の中で、定められている数少ない規則の一つだった。
それが、どんなに魅力的に見える女神様であっても、結局は、自分で動きたがらない創造神の手先でしかないのだ。
そうなると、この女神も、柔和な微笑みの下にどこか腹黒い本性を隠しているようにしか見えなくなってくる。
女って、やっぱり怖え~。
『これまでのことで、何か質問はありますか?』
導きの女神「ディアグツォープ」様からの問いかけ。
聞きたいことは山とある。
だが、どう聞いても、核心に触れそうな質問に対しては、はぐらかされそうな気配があった。
例えば、創造神の目的とか。
例えば、「救いのみこ」たちの本当の役目とか。
例えば、「救いのみこ」たちの行く末とか。
例えば、なんでオレが「救いのみこ」なのか? とか。
オレが考えている間に、周囲の女たちから手が挙がった。
『「トルシア」様、何をお聞きになりたいですか?』
導きの女神「ディアグツォープ」様は、嬉しそうに口元を綻ばせながら、水色の髪の「みこ」を指名する。
……水色の髪って、リアルだとすげえな。
「パートナー以外の神様と共に生きたいって願いを言うのはありですか?」
……は?
何、言ってんだ? この女。
頭、わいてんのか?
まず、前提として、神と人間は共に生きられない。
それがあの少女漫画の設定だった。
だから、人間を愛してしまった神は、その人間が死んでその魂が「聖霊界」に来るのを待つか、肉体を用意して、それに入り込むかのどちらかを選ぶのだ。
その設定を忘れたのか?
そのために、あんなにあの主人公が苦しむことになったのに!?
『その神様が貴女のお気持ちにお応えになれば、問題はありません』
笑顔のまま、導きの女神「ディアグツォープ」様が答えた。
ああ、上手い言い方だ。
人間より上の存在である神は、人間と接することが少ない上位の神になるほど、人間の一人一人を特別視しない。
神からすれば、ごくたまに見かける珍しい毛色を持つ者ならともかく、自分から気にならなければ、少し関わった程度の人間など、「路傍の石」と変わらないのだ。
「よし!」
だが、その水色の髪の女は、嬉しそうに拳を握った。
どれだけの自信があれば、そこで喜べるのだろうか?
オレには理解できなかった。
『他にはありませんか?』
再び、オレたちに向かって問いかける導きの女神「ディアグツォープ」様。
だが、女どもは周囲を伺うように視線を泳がし、微妙な空気が流れている。
先ほどの女は目に見えて浮かれている。
そこで、オレは違和感を覚えた。
―――― 何か、変じゃないか?
それは、ずっとどこかにあった感覚だが、先ほどの質問でより形になっていく。
―――― そもそも、あの女は、何故、あんな質問をした?
あの少女漫画を読んでいたならありえない質問。
だが、それを平気で当人……、いや、当神たちの前でぶちまけた。
「はい」
オレの左横から声が上がる。
『「ラシアレス」様、どうぞ』
先ほどと変わらない笑顔で、導きの女神「ディアグツォープ」様は黒髪の女を指名する。
「成果を上げることができなければ、処罰の対象となりますか?」
……なんだって?
先ほどの説明から考えれば、この場合、「成果」とは人口減少に歯止めをかけること……だと思う。
だが、「救いのみこ」の「務め」だけ見れば、相方の神を宛がわれた時点で、ある程度、事前準備は完了したも同然だろう。
いや、この黒髪の女はあの少女漫画を知らなかった。
つまり、人口衰退期に現れた「救いのみこ」が最終的にどんな存在になるのかを知らない可能性が高い。
だからこそ、出た質問……なのか?
『処罰は特にありません。こちらの都合で、来ていただいたのですから』
そう言って、導きの女神「ディアグツォープ」様はさらに笑った。
その笑顔だけで、どこかに導かれそうな気がしてしまう。
さすが、ある意味、最終兵器にして最強の女神である。
そして、黒髪の女が発した質問によって、次々と手が上がり、質問が飛び出てきた。
だが、それらの質問の数々のほとんどが、オレには理解できないものだった。
オレたちの仕事の期限が「定期報告」によって継続か打ち切りかの判断をされるなんて、割とどうでも良くね?
黒髪の女はあの少女漫画を読んでいなかったと言っていた。
だが、他の女は銀髪のやる気無さそうな女以外、導きの女神「ディアグツォープ」様に反応していた。だから、あの少女漫画を間違いなく読んでいるのだと思ったのに、オレの考えが間違っていたのか?
いや、待て。
黒髪の女は、あの少女漫画を読んではいないが、それを元にした乙女ゲームとやらはやっていたという。
そして、オレたちはそれに出てくる女によく似ている、とも。
……乙女ゲーム?
女どもがイケメン(笑)を競って落とすゲーム?
だが、オレはその乙女ゲームとやらの内容を知らん。
この違和感はそれだ。
女どもはこの世界をその乙女ゲームと思い込んでいて、オレは、あの少女漫画の昔の舞台と思い込んでいるのだ。
やべえ……。
知らないうちに、思い込みだけで突き進んでいた。
その乙女ゲームにしても、あの少女漫画の昔にしても、目の前にいる導きの女神「ディアグツォープ」様も、背後にいる神々も、誰一人として「そうだ」と肯定したわけではないのに。
ここまで似すぎているが、よく似た平行世界の可能性もあるのだ。
それを同一視するのは危険すぎる。
何より、オレが知っている大陸を加護する神の名前が違った。
その時点で、別世界とは全く考えなかった。
アホか!!
名前が違う時点で気付けよ、オレ!!
あの少女漫画の昔の世界と確信はできないが、所々、似たような臭いを感じるなら、指針……、いや参考程度に考えれば良い。
全てを鵜呑みにせず、自分が持つ情報の補強……、程度に思っておこう。
固定化した思い込みは危険すぎる。
自分の身……、いや、自分の心と誰かの身体がかかっているのだ。無茶はできない。
それに、確か、あの少女漫画では、神や精霊族は人間の思考を読むことができるって設定だった。
……って、待て?
待て待て待て?
それって、すっげ~、ヤバくね?
思考駄々洩れ。
それ、即ち……。
そのまま、背後の赤イケメン(笑)を向く。
オレと目が合い、意味深な笑みを深めた。
……これだけでは判断できん。
単純に女と目が合ったから笑っておけば良いと思う男は多い。
オレたちが囲むテーブルから離れた所で、司会進行、質疑応答をしてくださっている導きの女神「ディアグツォープ」様に目を向ける。
その目は、質問者を見ていた。
そして……、「『ディアグツォープ』様、こっちを見てください!! 」と、オレはそう強く願うことにした。
すると……、導きの女神「ディアグツォープ」様は、質問者から目を離し、オレと目があったのだった。
確定:神はオレたちの思考を読める。
ここまでお読みいただきありがとうございました