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少女漫画に異質混入  作者: 岩切 真裕
【第4章】少女漫画と乙女ゲームの間で
60/60

何も知らないのは怖いこと

「続きを話してくれる?」

 ハルナのそんな言葉に対して……。


「聞いたら、後悔するかもしれないぞ?」

 オレは、重ねて意思確認をする。


 その内容的に、男のオレよりも女のハルナの方が受け入れがたい話だ。

 だから、どうしても、話すことを躊躇ってしまう。


「聞かなくても後悔するよ」

 ハルナはオレに向かって、そう笑いかけた。


 まるで、迷っているオレの背を押すかのように。


「何も知らないままって、怖いことなんだよ?」


 そうだな。

 何も知らない状況というのは恐ろしいことだ。


 そして、何も分からない状態というのも。


「だから、教えて。『発情期』って何のこと?」


 ハルナの口から、その言葉が出た時、オレはあの少女漫画の場面を思い出す。


 それは彼女の身体が、「風の神子(ラシアレス)」だったためだろう。


 黒髪、黒い瞳の主人公「風の娘(ラシアレス)」。


 今の彼女は、あまりにもその姿が似すぎていて……、思わず、オレは抱き締めていた。


「ちょっと!?」

 オレの腕から逃れようと、ハルナが抵抗する。


 だが、離す気はない。

 今、この腕から逃がせるはずがない。


「このままで」

「え?」


 オレが懇願するようにそう口にすると……、ハルナの身体から力が抜けるのが分かった。


 嫌がられているわけではないことに安堵する。


「……原作の『発情期』の設定は……、よく覚えているよ」

 ハルナをその腕に収めたまま、オレはあの少女漫画の設定の一つをゆっくりと口にしていく。


 あの世界において、「発情期」というモノは、これまでの人生において、女性経験がない男性のみに発症するものだった。


 まあ、つまり、童貞限定のものだ。


 その症状としては、その名の通り、身近にいる好みの異性に対して、無理矢理にでも行為に及びたくなってしまう動物の「盛り」である。


 それは本能からくる生理現象であるため、理性は投げ捨てられたに等しい。


 並の精神力では抗えないため、禁欲生活を約束させられた「神官」と呼ばれる職業にある人間たちは、その期間中に、牢のような場所に隔離され、その時期を乗り越えるとあった。


 そして、「発情期」は恐ろしいことに一過性ではなく、童貞を捨てるまで定期的に何度も起こるらしい。


 要約すると、童貞である限り、性的暴行を起こしたくなるような期間が何度でもあるということだ。


 だが、それを流石に口にするのは憚られたために……。


「あの少女漫画では、成人(15歳)を過ぎた人間が童貞のままだと、定期的に、ヤりたくてしょうがなくなる衝動に駆られるという設定があった」

「………………少女漫画?」


 ハルナはそんな根本的な疑問を口にする。


「少女漫画だった。ただ……、時々、女がそういった方向性の被害に遭うような話が割とあったな」

「酷い設定にも程がある」


 確かに少女漫画にしてはかなり灰汁(あく)が強いとは思う。


「そして、主人公もその被害者と言えなくもない」

「え……?」

「一番、信頼していた男が『発情期』を発症して、襲われる場面がある」


 ギリギリのところで助かりはした。


 だが、少女漫画と言うこともあって、かなりその描写は抑えられていたが、ヤられる直前までのことはされたことは、時々、思い出したかのように描かれていた。


 それらを繋ぎ合わせると……、まあ、そこまでしておきながら、童貞(男の方)がよく止まれたというか、挿入し(いれ)てないだけだよな? というような印象があるものだった。


 男の心理としては、そこまでしてヤらなかった理由は分からない。

 寧ろ、ヤった方がお互いいろいろな意味でスッキリしていたんじゃないだろうか?


 男の方に「呪い」が施されていたために、余計、話がややこしくなっていったのだが、その「呪い」も「禁則事項」を口にしなければ発動しないものだった。


 それを口にしない方法なんて、いくらでもあったはずだ。


 だが、それができないのが童貞の童貞たる所以(ゆえん)なんだろうな。


「何、その、女性蔑視。女は性欲処理の対象ってこと?」

 ハルナはポツリと呟いた。


 やはり、そういった行動派許せない人間らしい。


 まあ、彼女がまだ処女ってこともあるだろうけど。


「女性蔑視と言うより……、人類繁栄のため……、らしいぞ」


 一応、設定上の理由はそうなっていたのだ。


 そして、それが、今回の事件に繋がっている気がしてならない。


 その「発情期」は、人類を滅亡から救うための救済措置だったと。


「人類繁栄? 女性の精神を壊すことが?」


 ハルナの口調が徐々に尖ったものに変わっていく。


 オレがまるで責められているような気分になるのは……、オレが男だからだろうか?



「だから……、言いたくなかったんだよ」

 ハルナがソレを許せないと思ったから。


 この世界の人間たちは徐々に滅びへと向かっていた。

 だが、オレたちが介入し、多少、手を加えたことで、それを止められたと思っていたのだ。


 だが、ソレら全てが否定されたような気分になったことは間違いない。


「いや、聞いて良かったよ」

 そう言いながら、ハルナはオレから離れた。


「教えてくれてありがとう、アルズヴェール」


 その笑顔はどこか痛々しいものに見える。


「ハルナ……」

 オレはなんと言葉を続けて良いのか分からない。


 オレは男だ。

 彼女の中に渦巻いている感情を予想することしかできない。


 女の痛みは男であるオレに生涯分かるはずがないのだ。


「原作ではその原因について、触れられていたの?」

「男が童貞だったら……、年頃になると発症するとか」


 そう問われたので、改めてその条件を口にしたが……。


「いやいや、そっちじゃなくて」


 ハルナは口と手を振って、オレの言葉を止める。


「これまで、その世界にはなかったのでしょう? これまでにもあれば……、あなたも、今回の不自然な人口について、『発情期』が原因だって思わなかったと思ったんだよ」


 あの少女漫画を読んだことがないハルナはそこに疑問を持ったらしい。


 何故、オレが今回の話とあの少女漫画の「発情期(せってい)」を結び付けたのかが分からなかったようだ。


「ああ、そっちか」


 オレは顎に手を当てて、言葉を続ける。


「原作では『発情期』は『神の試練』とされていた」

「神の試練?」


 「発情期」を発症した男が……、何故、こんなものがあるのかという問いかけに対して、登場人物の一人がそう口にしていた覚えがある。


「そして……、人口衰退期に表れたのが最初の記録……、だとも」


 つまりは、「救いの神子」たちの時代だと。


「なるほど……、一致しちゃうね」

 ハルナは肩を竦めた。


 そして、暫くまた考え込むと……。


「ちょっと疑問があるのだけど……」

「なんだ?」

「それなら、なんで『風の大陸』の住民たちに発症しないんだろう?」


 定期報告にも、人口推移にも、ハルナが手を貸している風の大陸にそこまで大きな変動はない。


 もしも、神がオレたちの行動だけで効果が足りないと判断して、こんな余計な機能(せってい)を全ての人類に付けていたなら、そんな不可解な状況にはならないはずだ。


 本当に人類の人口を増やすことが目的だというのなら、大陸別に差など付ける必要がないはずだ。


「そこがオレも不思議なんだよ」


 理由が分からず、溜息を吐くしかない。


「原作も、主人公は一応、風の大陸出身者に襲われているからな」

「おおう」


 あの男を風の大陸出身者と言って良いのかは微妙で疑惑な判定ではあるが、一応、生まれは風の大陸であった。


 だが、その男の両親の出身である光の大陸の方が資質的にはかなり近いとオレは思っている。


 主人公が何度もその男のことを「わたしの光だ」と、思わせぶりな言葉を口にしているからからな。


「それに……闇の大陸も『発情期』を理由とした法律ができていた」


 今回の人口推移は、「闇の大陸」も除かれている。


 もともとそこまで人口の伸びが良いわけではないため、極端な変動があればすぐに分かるだろう。


 尤も……、あの少女漫画では、闇の大陸は犯罪臭しかなかった。


「あれはあれで、かなり胸糞が悪くなるような設定だったがな」


 不法占拠、拉致監禁、人身売買に始まり、奴隷育成、違法薬物など本当にいろいろあり過ぎたのだ。


 アレはアレで問題しかない。


 あの少女漫画の設定は、後半に近付くほど、青年漫画でもおかしくないものが増えていった気がする。


「だが、今は『発情期』の方だ」


 そんなある意味、未来(さき)の話よりも、目の前の疑問の方が気になってしまうのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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別視点
乙女ゲームに異物混入
別作品
運命の女神は勇者に味方する』も
よろしくお願いいたします。

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