「みこ」の務め
導きの女神「ディアグツォープ」様から、「救いのみこ」のお役目の説明があった。
何でも、ディアグツォープ様が言うには、この世界の人類は滅びの危機に導かれているらしい。
うん。知ってた。
あの少女漫画にも確かそんな設定があったから。
7人の「救いのみこ」たちによって、人類は衰退の危機から救われたと。
この世界の人間は、もともと寿命が短く、神ほど長くは生きられない。
尤も、神のように長く生きるのも問題だとあの少女漫画を読んでいた身としては、思ってしまう。
退屈だと、本当に碌なことしねえからな。
だが、この時代の人間たちの寿命は、あの少女漫画の時代よりもかなり短いらしい。
子供を産み育てる期間が短く、それによって次世代を残しにくくなるという現象が起きているようだ。
だが、人類が全くいなくなるのは、神たちも困ることらしい。
恐らくは、触れることができなくても、遠くから見て楽しむことができる、退屈凌ぎが無くなるからだと思われる。
人類を減らさないためにも、神たちも様々な手を考えたけれど、いずれも結果が出なかったそうだ。
人間を弄ぶことは考えられても、自分たちの手でその人間たちを生かすこと、増やすことはできないとか笑える話だけどな。
その原因は、神様たちが人間と言う種族をよく知らないからと考えたらしい。
その解決策として、人類から代表を選び、その人間たちの協力を得て、繁栄に導こうというものだった。
導きの女神「ディアグツォープ」様には悪いが、こいつら、アホかと思う。
元々、その世界の人間は神たちが創り出したものだという話だったはずだ。
本当に困っているなら、「神の意思で人界に干渉しない」とかいう決まりをとっとと破棄して、新たな人間たちを作り出せば、根本的な問題が解決するじゃねえか。
だが、その選択をしない。
つまり、神たちは心底困っているわけではないのだ。
確かに、元からいた原住民と、新たに追加される人間たちが仲良くできるかは別の話だとオレも思うけどな。
古参と新参の争いは、古今東西、どこの世界だって不変のものなのだ。
加えて、成り立ちが違えば、考え方だって違うことが多い。
この世界は多神教で、どの神に仕えても他の神に仕える者を貶めないという考え方が根付いているため、オレたちの世界で戦争の起点となりがちな宗教論争はほぼ起こらない。
記憶が定かではないが、年代的に、「神に仕える者」を自負する法力国家がこの世界に台頭するのはまだ先だと思う。
それでも、現実として、神を視る眼を持つ人間や、「神力」を行使できる人間は、この時点で既に存在するはずだ。
もしかしたら、あの少女漫画の舞台よりも、もっとずっと多いかもしれない。
あの少女漫画の時代になれば、「変態しかいねえ!! 」と叫びたくなるような質に不安しかない「神に仕える者」が増えるのだが。
それもどうかという話だよな。
宗教論争が起こりにくいもう一つの理由については、この世界では、「本物の神」が八百万ってレベルじゃねえほどいるって知っているのに、それについて自分の考えで争うなんてかなり馬鹿らしい話というのもある。
オレたちの住んでいた世界のように、「神の遣い」として、「神の意思を伝える」などと公言する人間は皆無だ。
本物の「神に仕える者」は、扉を開き、神の意識を召喚させてしまうのだから。
それらのことを思い出して、さらにいろいろと考えてみる。
つまり、この「救いのみこ」っていう存在も、新たな神の暇つぶしだってことか。
漫画を読んでいる時にはもっとガキだったから、気付いてなかったな。
設定を読み込んではいたが、内容的については、深く考えず、単純に「そうなんだ、ふ~ん」で流していた気がする。
だが、当事者……、他人事じゃなくなり、さらに漫画の行く末も知った今。
そんな風に流すことなんて、できるはずがない。
もしかしたら、そこに作者も気付いていたんじゃねえか?
だから……皮肉の意味を込めて、こんなゲームを作った。
神が人間を善意で救うことなどなく、単に暇つぶしの遊戯と同じだと。
あれ?
それだと、あの少女漫画の作者はこの世界のことを知ってたってことになるな。
どういうことだ?
さらにそうなると、あの少女漫画の舞台も存在するってことか?
んん?
なんだ?
この卵が先か、ニワトリが先かみたいな話は。
いやいや、落ち着け。
それだといろいろおかしくなる。
何より、時代が合わない。
作者に予知能力があれば別だが。
それに思い出してみろ。
あの少女漫画の設定を。
「救いのみこ」と呼ばれた女たちは最後、どうなった?
あの「救いのみこ」と呼ばれた「聖女」たちの最後は…………。
『それぞれ、背後にいる方々が、貴女たちのパートナーになってくださる方です』
導きの女神「ディアグツォープ」様の言葉で、思考が中断された。
座っていた女たちが、自分の背後を見て、色めき立っていることが分かる。
横にいた黒髪の女は……、何故か、眩しさで目が眩んだような反応をしていた。
イケメンオーラに当てられたという印象はない。
まあ……、橙色って、微妙に目に痛いよな。
黄色ほどじゃないが。
他の女どもに倣ってオレも後ろを向いた。
……さっきも思ったが赤い。
服だけじゃなく、髪も、瞳も、唇も、そして、微かに揺れている御羽も見事なまでに赤い。
……ここまで赤いと、「虐殺」とか「集団殺戮」と日常生活においてまず使わないような単語が出てくる。
要は、返り血じゃね? ってぐらい赤いのだ。顔だけが白いのが逆に不気味だった。
『初めまして、「神子」。我が名は「ジエルブ」と言う。火の大陸神である「ライアフ」様によって遣わされた。よろしく頼む』
赤い髪をした神はニヤリと笑いながらそう言った。
さらに座っているオレを、足の爪先から頭の頂点まで舐めるような目線を向ける。
それは、品定めと言うよりも、もっと無遠慮な別の意図を感じてしまう。
あ、無理だ。
背中から鳥肌が立った。
だが、ここまで露骨だといっそ、清々しい。
20年生きてきて、野郎から性的な視線を向けられる日が来るなんて、思いもしなかったな。
「初めまして、ジエルブ様。私の名前は『アルズヴェール』と申します。このような大役を授かり、緊張しております。是非、お力添え願います」
だが、一応、相方らしい。
だから、できるだけ従順に、だけど、隙を見せないようにしなければならない。
油断したら、パクリといかれる気がした。
合コンのたびに持ち帰りする野郎と同類の匂いがする。
だが……、「ジエルブ」?
あの少女漫画では確か、火の神は「フェーゴ」って名前だったはずだ。
このズレは何を意味するんだ?
『其方は、美しいな「アルズヴェール」』
図々しくも人前で口説きやがった。
尤も、互いに自己紹介をしあっていた周囲も似たようなものだ。
心の中で「赤イケメン(笑)」と呼びたくなる。
「お褒め頂きありがとうございます、ジエルブ様」
ここで、下手に謙遜するのは良くない。
神の言葉を否定することになる。
神の言葉は絶対だ。
それが、あの世界の真理だった。
尤も、あの少女漫画の主人公は、その真理が納得できず、抗っていたのだが。
横にいた黒髪の女は「橙イケメン(笑)」に何と言われただろうか?
そして、なんと返しただろうか?
そんなどうでも良いことが気になった。
『火の大陸出身の人類は、熱く燃える魂を持っている』
つまり、熱しやすく単純ということですね、分かります。
『だが、まずは落ち着いて周囲を見よ。そして、確実に務めを果たせ』
……務め、ねえ……。
あの少女漫画の舞台と同じ世界なら、ここにいる「救いのみこ」たちは、やがて人類の衰退を救うはずだ。
そして、それは単純に先ほど説明があった通り、人類の人口減少に歯止めを掛ける方法を提案するという甘い手段だけでは済まないだろう。
何故、人類代表として選ばれたのが、年若い女ばかりなのか。
そして、導きの女神「ディアグツォープ」様のように、女神がいないわけではないのにもかかわらず、その相方として粗ばれた神たちは何故、男ばかりなのか。
普通なら、相方として宛がうなら、もっと気軽に相談できる同性が一人ぐらいいてもおかしくないはずなのに。
だが、これがあの少女漫画の通りなら、その答えがそこにある。
果たして、この場にいる何人がそのことに気付いて……、いや、あの設定を覚えているだろうか?
それは、本筋からずれている話。
だけど、それはオレにとって、少しばかり衝撃的な話だったのでよく覚えていた。
あの少女漫画の舞台となる世界では、人類のほとんどは「救いのみこ」に連なる、と。
さらにあの世界の王族は、「救いのみこ」と神の間に生まれた末裔だと。
いろいろ誤魔化してはいるが、「務め」ってそういうことなんだろう?
ここまでお読みいただきありがとうございました