宗教と倫理観
「オレのこと、どう思っている?」
オレがそうハルナに尋ねると……。
「それはどういう意味で聞いてる?」
分かりやすく不機嫌そうに返答された。
確かに先ほどの言葉だけではその質問の意図は掴みかねるだろう。
……いや、普通は別の意味にとるんじゃないか?
ふとそんなことに気付いた。
言葉の選択を間違えたことも。
これでは自分が相手からも想われていると確信している自意識過剰な男じゃねえか!!
「ああ、見た目の話だ」
オレは、自分の髪を乱暴に掻く。
視界に、本来の自分の色ではない金色の細い髪が目に入った。
「見た目? 外見って話?」
ハルナは目を見開いた後、そこを確認してくれた。
だから、少なくとも、先ほどの言葉で誤解はされていないと思う。
いや、ある意味誤解とも違うか。
だが、オレはハルナのことは好きなことは認めるが、日常会話のついでのように告げる気はなかった。
「そう、外見。ハルナの眼には、この世界のオレの姿はどう映っている?」
「金髪の美女。『すくみこ! 』のメインヒロインが4年経過した姿」
ハルナはあっさりと答える。
「美女……」
「ヒロインが男性だといろいろ問題だよね?」
オレもこの4年で何度も姿見で自分の今の容姿を見ているから、この顔がそれなりに整っていることは知っている。
だけど、惚れた女からそんな目で見られていると改めて口にされるといろいろと複雑な心境になる。
嫌われてはいないと思っているが、やはり女同士の友情の感が強い。
「ヒカルの眼には、わたしは『ラシアレス』。つまり、小柄で愛らしい女性が映っているのでしょう? それと同じだよ」
「……あ? ああ、なるほど」
確かに目の前にいるのは黒髪、黒い瞳で小柄な愛らしい少女だ。
だけど、オレはどうしても、その後ろに時折視える、黒い髪の女性の方がもっとずっと気になっている。
「でも、なんで、そんな今更な質問をするの?」
ハルナはそこに疑問を持ったらしい。
「オレの……火の大陸の神官が何かを隠している気がするんだよ」
「はあ……」
ハルナにはそれだけで伝わらないらしい。
「そのことと、あなたの外見がどんな関係があるの?」
これまでの神官たちにオレは、身体はともかく、その中身が男などと当然ながら伝えていない。
そんなことを言って不信感を募らせても面倒だ。
ハルナを除けば他の神子に伝えていないし、「相方の神」にも直接口にしたことはなかった。
尤も、「相方の神」はオレの心が読めるみたいだから、伝わっていると思って何も言っていない。
「若い女たちの死因を……、『神子』であるオレに伝えない理由だよ」
「ああ、なるほど」
今のオレの姿は「若い女」だ。
そして、今回、問題になっているのはその「若い女」らしい。
若い女が以前より多く亡くなるようになった。
その理由、原因を同じ年代に見える若い神子相手に、神官が伝えないのは、その「若い女」が知れば、ショックを受けるようなことである可能性がある。
そして、それが、単純な病死ならば伝えない理由はない。
寧ろ、同じ若い女である神子に対して、「気を付けて」と気遣いを伝えるはずだ。
人間たちの世界にとっては、たった一人しかいない自分たちの守護であり、神の遣いでもある「救いの神子」。
「ヒカルは……、その原因に心当たりがあるの?」
「え?」
まるで、心を読まれたかと思った。
オレは恐らく、驚愕の顔を向けてしまったことだろう。
「いや……、さっきの話って、自分が『女性』の外見をしているから、神官が若い女性の死因を話せないって考え方だよね?」
この目の前にいる黒髪の女はどこまで勘が良いのだろうか?
「それって……、ヒカルがその死因について何か知っているんじゃないかなって思ったんだ」
ハルナは少しだけ気まずそうにそう言葉を続ける。
いや、これは勘なんて、曖昧なものじゃない。
単純にオレの言葉をしっかり聞いて分析してくれた結果だ。
誤魔化すことは可能だろう。
だけど……、何も知らない彼女が、その洞察力を以て、どんな結論を出してくれるのかは少し気になった。
それに……、今は、「風の大陸」にその現象は起こされていない。
だが……、ソレは絶対に起きないと限らない。
ソレが起きる前に心の準備はさせる必要はある。
「……心当たりは……、ある」
「あるの!?」
だが、それでハルナの心に影を落とさないとも限らない。
年上でも彼女は女性だ。
それも、異性に慣れていないような女性。
「だけど、その核心が持てない」
「それは……、原作の話?」
ハルナの言葉にオレは頷いた。
それはあの少女漫画でもかなりキツめの話だった。
少女向けに描かれた漫画のはずなのに、どう考えても、少女たちに受け入れられるとは思えないような鬼畜設定。
「原作でも賛否が分かれた場面だ。オレも、あれは納得できなかった」
結果として、それが一種のきっかけになったことは間違いない。
だが、その設定が引き起こしたことは、何度も主人公の心を苛む。
ことあるごとに何度も繰り返される「精神的外傷」。
それなのに、それを引き起こした相手に対して全く恨まないのは、オレは納得できなかった。
「何? 病気じゃないの?」
何も知らないハルナは不思議そうに問い返した。
「もし、オレが考えている通りのことが原因だったら」
女たちの死は病気などではない。
悩みに悩んで選ばれた先の結論。
「女たちの死因は、恐らく、自殺だ」
「自殺!?」
ハルナにとっても衝撃的な言葉だったのだろう。
「それなら……、若い女が多く死んでいる理由も納得できるんだよ」
「ど、どういうこと!?」
この世界の人間たちは、オレたちと死生観が違う。
死んだ後、その魂は「聖霊界」へ向かい、浄化された後、再び、また生を享けるという話が本気で信じられている。
神という存在があり、そして、それに纏わる話も多いためだ。
それを経験した覚えがなくても、そんなものだと受け入れられている。
そして、倫理観も。
「原作では『神の意思』とされていた」
「『神の意思』? 女性たちの自殺が?」
この世界の女たちがそれに対してオレたちと同じように抵抗があるわけではないだろう。
だが、それでも、人間として自分の意思とは無関係な行動に対して何の反発心がないはずもない。
だから、ここで登場する便利な言葉。
―――― 全ては神の意思
それを口にすれば何でも許されると思うのは、宗教観に固められた人間たちのみで、オレたちのように特定の宗教に傾倒していない人間にとっては忌避感しかない。
これはオレたちが日本人だからであり、ほとんどの外国人の倫理観は、自分が信じる宗教に委ねられているらしい。
罪を犯さないのは、神がそうしてはならないと教えを説いているからと本気で言うそうだ。
だから、無宗教を名乗っている人間は道理も知らないし、道徳心も皆無だと信じられている。
実際、日本人の倫理観は、宗教とは言い難い儒教の教えを主体として、日常的な生活の中に様々な宗教が混ざって教え込まれ、育てられているから、諸外国に理解されないのは仕方がないとオレは思っている。
いや、そんな話はどうでもいい。
「いや、女の自殺は間接的なものだ」
「へ?」
「神が、『神子』たちの方法とは別の手段で人類を増やそうと画策したこと。それが……、今、各大陸の人類たちの身に起きている可能性がある」
あの少女漫画でも、「救いの神子」たちが人類を救おうとするのとは別の「神の意思」があったことが述べられている。
それが、同時代にあったことも。
「別の手段……?」
ハルナは首を傾げる。
オレの言葉抽象的すぎて、よく分からないといった表情だ。
だが、言いにくい。
今なら、神官たちが口にしようとしない理由も分かる気がする。
確かに、当事者である「若い女」に告げるのは、ある程度、いろいろなモノがぶっ飛んでいないと難しい。
「ただ……、それがハルナの大陸で起きていないことは逆に不思議でもある」
「その別の手段って……、はっきりとしたものがあるの?」
この場合の「はっきりしたもの」というのは、その原因ということだろう。
ハルナの目はまっすぐオレを見ていた。
「もし、本当にオレが考えていることが原因なら……」
ここまで言ったら逃げる気はない。
だが、オレはハルナの顔を見ることはできなかった。
「原因は『発情期』だ」
それを告げた時、ハルナはどんな顔をしていたのだろうか?
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