五年目
気が付けば、この身体に意識だけが押し込まれて4年という少なくない時間が過ぎ去った。
自分の好きな少女漫画から抜け出たような黒い髪、黒い瞳、幼さの残る小柄な少女と出会った一年目。
見た目は少女漫画の主人公、中身はしっかりしている年上ぶっている割に隙の大きな女になんとか身近にいることを許された二年目。
好きだった少女漫画の過去世界と、知らない乙女ゲームと現実の微妙な混ざり具合に警戒をしたままの三年目。
相方の神が本性を隠さなくなった四年目。
そして……、とうとう五年目に入った。
ハルナ曰く、乙女ゲーム「救いのみこは神様に愛されて! 」、通称「すくみこ! 」の最終年度でもあり、7人の「みこ」たちが、それぞれ20歳になる年でもあるらしい。
恐らく、話が動くなら今年だろう。
オレたちが関わっている世界もこの4年でかなり変わった。
だが……、オレたちが「救いの神子」と呼べるほどの行いをいたかと言われたら、微妙だと思っている。
確かに始めに比べたら、「闇の大陸」を除けば、それぞれの人口はかなり増えた。
どの大陸も文明も発達、発展している。
だが、神子が関わっていないにも関わらず、「闇の大陸」も、人口を増やしているし、文化も築かれている。
だから、もともとオレたちが「救いの神子」として関わらなくても、いずれは緩やかに伸びたのだろう。
だから、オレたちの真の役割は、ここからだ。
オレは、このまま素直に元の世界に戻されるとは思っていない。
身体は選ばれた神子なのに、その中身を異世界に近い場所から引っ張り込んだ理由はどこかにあるはずだ。
例の「乙女ゲーム」とやらを知らないこともその一因だろう。
だから、他の神子ほど、この世界を綺麗なものだと信じることができなかった。
何より、オレたちの住んでいた世界は広くはないが、狭くもなかった。
その中から選ばれたのは年齢も、暮らしている地域も、職業も全く違う7人。
オレなんか、性別すら違った。
あの少女漫画は長編となったのだから、それなりに読者もいたことだろう。
しかもゲーム化までしたのだ。
それが、原作から呆れるほどかけ離れていたとはいっても、かなり作り込まれていたらしい。
それだけの少女漫画と乙女ゲームのどちらも知っている人間が、たったの5人であるはずがない。
本来はどちらも知っている人間を呼んだ方が、扱いやすかっただろう。
だが、だの世界で「赤位」と呼ばれる最強の魔力を持つ「火の大陸」に乙女ゲームを知らず、少女漫画だけしか知らないオレを選んだ。
その「赤位」に次ぐ魔力を持つ「橙位」である「風の大陸」には逆に、その乙女ゲームしか知らないハルナを選んだ。
それ以外の……、「黄位」、「緑位」、「青位」、「藍位」にどちらも知る人間を入れた。
何よりも、あの少女漫画で、ある意味重要な場所となる「紫位」にやる気のない女を入れたのだ。
まるで……、ゲームのバランス調整をするかのように、その先の未来を視る人間が意図して選んだかのようだ。
尤も、巷で流行っている異世界転生、異世界転移モノのように、二度と元の世界に還ることができず、このまま、「救いの神子」として、この世界で生きていくことになる可能性もゼロではない。
元の世界に未練がないとは言わないが、オレはそれで問題もなかった。
その理由の大半を占めるのは、目の前にいる黒髪の女だ。
先ほどから、例の乙女ゲームの5年目に起こるイベントを思い出そうとして、唸っている。
そのコロコロと変わる表情が本当に愛しくてしょうがない。
その「ラシアレス」の身体ではなく、その後ろに見える女性の幻影は分かりやすく、今の彼女の心境を見せてくれていた。
手を出せない女に何の意味があるのかと、あの少女漫画を読みながら、何度思っただろう。
あれだけ、分かりやすく主人公に惹かれているのに、彼女の周囲にいた男どもは臆病者しかいないのかと馬鹿にしたこともあった。
それぞれの理由を言い訳にして、逃げているだけじゃないかと思ってもいた。
だが、実際、自分が似たような状況に置かれたら……、やはり、臆病者になるしかなかった。
何のことはない。
大事なモノを失いたくないだけなのだ。
目の前にある宝物のような存在が、オレの行動一つでその輝きを失うと思って動けるはずがない。
自分の言動で価値を落とすと思えば、大事に扱うしかなくなる。
そりゃ、臆病にもなるな。
傷つけたくなければ、見守るしかないのだから。
「15年前のことなんて思い出せない!! だから、仕方ない!」
ハルナは拳を握ってそう叫んだ。
思い出せなくて、開き直ったらしい。
「まあ、オレも、15年前のRPGのシナリオの詳細を思い出せと言われたら困るけどさ」
その結論、出るのが遅くね?
いや、それだけ一生懸命に考えてくれたのは分かるし、可愛かったから良いんだけど。
「でも、ゲーム上ならこれが、最終年度……、なのか」
「そうだよ。いろいろ、結果が出る年だね」
「結果なあ……」
現状、大陸の人口は増えている。
だが、どうしても引っかかるところはあるのだ。
「どうしたの?」
ハルナは乙女ゲームの元となった少女漫画を知らない。
だから、あの世界の倫理はいろいろぶっ壊れていたことも、様々な法則がオレたちの世界とは違うことも知らないのだ。
だから、この状況に憂いを覚えないのかもしれない。
「昨年から少し、人口の伸び方が変わったんだよ」
「ああ、火の大陸は一気に増えたね」
正しくは、風の大陸と闇の大陸以外の大陸の人口が増えている。
各大陸の資料を独自に作り上げている彼女がそれに気付いていないはずがないのだ。
「あなたたちの努力が実を結んだ結果なのでは?」
だから、素直にそう言ってくれている。
「それなら、良いんだよ。だけど……、気になることがあってだな」
「気になること?」
オレたちは協力体制にあったが、それでも、具体的な育成内容についてはそこまで深く話し合っていないし、互いに聞くことはしていない。
勿論、協力する相手だ。
相談されたら、その相談内容に対して自分の考えとして返答はする。
だが、直接的な大陸の人間たち人口増加方法や大陸の育成の仕方に関しては、互いに不可侵領域であった。
大陸の育成については、互いに知識が役に立たないというのが一番の理由だろう。
オレたち「神子」の役目は神官たちの意思を相方の神に伝えることが主……、らしい。
まあ、大気魔気と呼ばれる、空気中の魔力の調整し、大陸のエネルギー源を増やすことが仕事となっているわけだ。
増えたエネルギーを維持するためには、人間たちの力が必要不可欠となる。
それで、人間たちが増えていくのが本来の流れ……、だったのだろう。
だが、恐らく、オレとハルナはそれ以上のことをやったのだと思っている。
最初の一年目の人口の増加率は、明らかに他の大陸と違ったから。
それも仕方がない。
オレ自身は、割と初期段階から、相方の神から脅されたからな。
自分の担当する「火の大陸」をしっかり育てないと、「風の大陸」も巻き添えになり、その分、「風の神子」の務めが増えると。
心が読める神は、本当に効果的な脅しを使えるのだ。
あの少女漫画にも心を読む精霊族は出てきたが、根が善人……、いや、善精霊族だったのだろう。
少なくとも、主人公に対して好意を示していた割に、酷いことは一切しなかった。
相方の神に対して、あの精霊族を見習ってほしいと何度思ったことか。
その都度、皮肉気に笑うのが腹立たしかった。
「気になることって何?」
ハルナは戸惑いながら、オレに問いかける。
四年目に入った直後から、人口の伸び率に変化があった。
風と闇の大陸以外、各大陸の人口が急激に上がっている。
だが……、確かに出生率は上がったのだが……、これまで以上に適齢期の、特に女性が若くして亡くなる確率が上がっていた。
つまり、男性の比率がかなり上がっていることでもある。
このことは……、あの少女漫画を読んでいる人間なら思い当る現象があった。
それをハルナに告げて良いものか、迷う。
人類の種族維持のために神々が遣わした試練。
だが、それは……、ある意味、若い女を道具としか見ない行為でもあった。
「あまりにも若い女が死に過ぎているんだよ」
その事実に……「若い女」は耐えられるだろうか?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




