火の神子の好感度が足りない
「ハルナの話を纏めると……、その迷子イベントというのは『ラシアレス』限定の話ってことで良いんだな?」
「うん」
オレの言葉にハルナは頷く。
「ヒロインごとの固有イベントとも言われていて、どのキャラも他のキャラクターになかったイベントが不定期に発生していた覚えがある」
7人のヒロインに7+1の神々か。
10年前以上昔のゲームにしては、かなりの力の入り方だな。
「ラシアレスは迷子になるのが特徴ってことだな。……ってことはアルズヴェールにもあるんだよな?」
「あったよ。えっと……」
そう言って、ハルナは考え込んだ。
「お菓子作りは……、トルシアだったし……。うっかり居眠りしてしまうのは確か、マルカンデ……」
青……、水の大陸担当はお菓子作りか。
女子力を見せつけるには重要な話だな。
だが、この世界の料理法則では女子力以上のものが求められる気がする。
はたして、食えるものが完成するのか?
そして、緑……、地の大陸担当は居眠りらしい。
「うっかり」という単語から、寝ている所をちょっかいかけられるってやつだろうか。
現実でやろうとすると、かなり難しいやつだな。
普通は、ある程度、自分に自信がなければ、男が来るような場所で居眠りなんかしないだろうし、親しくなければ眠っている女に近付く男もいない。
「ああっ!! 病弱でぶっ倒れてばかりいたのが、リアンズだった!」
さらに、ハルナは思い出したように叫んだ。
そこから出てきた名前はかなり久しぶりに聞く気がする。
「なかなか懐かしい名前だな」
紫……、闇の大陸担当は、本当に最初の一度しか顔を見ていない。
単純に引きこもりかと思えば……、病弱設定だったのか。
しかもぶっ倒れてばかりというのなら相当、身体が弱いんだな。
「最初に会ったきりだから、あの女が一番分からないんだよな~。でも、病弱設定だったとは知らなかった」
中身はそれを知っていたから、引きこもりに徹することになったのか?
確かに少し動くだけでぶっ倒れるならあまり行動したくなくなるのは分かる。
「リアンズは一番難しい設定だったよ。他の『みこ』たちは半日区切りの行動設定だったけど、彼女だけ、一日区切りで行動一回分……、えっと、他の『みこ』たちの半分しか動けなかった覚えがある」
つまり、行動が他のライバルに比べて二分の一ということになる。
そうなると、できることも限られてしまうことだろう。
「それは、随分な公式による縛りプレイだな」
そんな不利な状況で、どうやって攻略するんだ?
建前である大陸の育成も難しいし、本来の目的である神の相手なんかできないんじゃないか?
―――― だから、世界を救う気はない?
神の相手をすれば、自分の本体の方が危険だから?
そう考えれば、自己中にしか見えなかった女の行動にも意味があったのかと思う。
だが、今はそれよりも……。
「後は? 残っているのは、アルズヴェールと、シルヴィクルとキャナリダだが……」
こちらの方がオレにとっては重要だった。
昔のゲームだけあって、思い出すのに苦労しているのは分かるが、できればオレの身体だけでも思い出して欲しい。
そうすれば、あの「赤イケメン(笑)」の対策をとることもできる。
この世界の人類や未来のために必要なことかもやはり、オレは野郎に迫られるのは嫌なのだ。
「ちょっとはっきり言いきれないけど、キャナリダは、攻略対象者とゲーム勝負だった気がする」
「何故に?」
藍色……、空の大陸担当から、いきなり方向性が変わったぞ?
それは固有イベントなのか?
「カードゲームなどのミニゲームに突入するんだよ。そして、その結果でシナリオが少しだけ変化するの」
ああ、ミニゲーム要素をぶっ込むためか。
それなら仕方がない気がする。
製作者たちもいろいろ考えた結果だったのだろう。
「それって、ギャルゲーでも見たことがあるけど、ゲームが苦手なヤツが不利だよな。女って、特にゲームが苦手なヤツが多いだろう?」
オレはシューティングゲームやアクションゲームが好きだから気にならなかったけれど、そのギャルゲーを紹介してくれたヤツは、男だったがシューティングが苦手だったらしい。
だから、代わりにクリアーしてやることになった。
「シナリオが変化するだけで、好感度の変動はその後の神様との会話の答え方次第だったから大丈夫だよ。それに……、勝たない方が落ち込んだ『みこ』に対して、甘い言葉で慰めてくれる神様が多かったし」
「あ~、分かるかも」
落ち込んだ時に付け入るのは基本だからな。
気分が低空飛行になった時に少しでも甘い言葉をかけた方が効果的だと思うのは神も人間も同じらしい。
「シルヴィクルは知識を試すようなクイズ形式だった気がする」
黄色……、光の大陸担当者はミニゲームのクイズ編か。
知力を試されるというか、妙に似合っている気がする。
「いろいろと面倒なゲームだったんだな」
「パターン覚えれば楽だよ?」
ああ、なるほど。
選択肢がパターン化されているやつなのか。
問題も少なかったかもしれんな。
「それで、アルズヴェールは?」
一番大事なのはそこだ。
赤……、火の大陸担当のオレはどんなイベントが発生するんだ?
「それが……、思い出せない」
「おい?」
ちょっと待て?
「王道だった……って、印象しかなくて」
「王道だあ?」
オレがそう凄むと……。
「うん……、なんか……、ごめん」
申し訳ないほど落ち込まれた。
……なんとなく、オレが苛めているみたいじゃねえか。
ただでさえ小柄な「ラシアレス」がより小さくなっている気がした。
でも、せっかくだ。
かねてより狙っていたことを行動させてもらおう。
「気にするな」
オレはハルナの頭に手を置いて……。
「10年以上昔のゲームを全て覚えてろって言うのが無理な話ではあるんだ」
そのまま撫でてみる。
柔らかすぎる髪の感触が心地良い。
これは、あの少女漫画で何度かも出てきた「なでなで」だ。
一度くらい、ハルナに対してやってみたかった。
さて、どんな反応が……?
「どうした?」
だが、ハルナが何も言わないから、思わず手を止める。
もしかして、これはセクハラ案件か?
「いや、頭を撫でられたのって初めてだから……、ビックリした」
伏せていた顔を上げて、少し照れたように笑った。
「本当に男っ気なかったんだな、ハルナは……」
そのまま、なんとなく撫で続けてみる。
拒まれないのなら問題ないよな?
「いや、頭を撫でるって、恋人でもあまりしないと思うよ?」
「そうか? オレは結構…………、いや、何でもない」
昔、姉貴からもやられたし、妹相手にもよくやっていたと言いかけて……、この場面でそれはないと思った。
なんとなく、シスコンっぽい。
今じゃ、可愛げなど皆無な姉と妹だけどな。
そんな可愛い時代もあったのだ。
「ありがとう。もう良いよ」
ハルナにそう言われたから、名残惜しいが手を引くことにする。
彼女が落ち込んでいなければ良いのだ。
「オレの頭も撫でるか?」
「何、その撫で合い」
そう言いながら、ハルナは笑ったが、オレは半分、本気だった。
あの少女漫画の主人公である「ラシアレス」は「黄金の指」の持ち主だったのだ。
あの主人公に撫でられた男たちはその立場、境遇に関係なく、その表情を緩ませるという場面が何度か出てきた。
同じ名前を持つ「風の神子」だって、同じ指を持っている可能性はあるだろう。
アレを体感してみたかったのだ。
いや、いい年した男たちが、それも日頃は無表情な男すらあの指を前に次々と陥落するんだぞ?
凄くないか?
だが、この様子だと、ハルナはやってくれる気はないようだ。
これも一種の好感度が足りない状態ということなのだろうか?
オレは一人、溜息を吐くのだった。
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