火の神子は風の神と話す
オレが、ハルナから少し、距離をとった後。
『偶然だな、ラシアレス』
まるで狙ったかのようなタイミングで、すぐにそんな声がした。
そのタイミングの良さは、まるで、オレがハルナから離れる時をずっと待っていたようにも思える。
恐らく声の主は、ハルナの相方である「黄イケメン(笑)」だ。
名前は確か「ズィード」とかいったか。
ハルナの話では、優しくて真面目で、いつも自分を気に掛けてくれる神らしい。
例の「乙女ゲーム」の中では、「ラシアレス」の相方であった神は、かなり移ろいやすく、心変わりも早い神だったらしいが、現実は違うと言っていた。
だが、仮に相手が神であっても、男が女に対する「優しさ」が本物であるはずがないとオレは思っている。
優しさには打算がつきものだ。
だから、相手を素直に「優しい」と評価してしまっているハルナは危機意識が足りないと思えた。
もしかして、元の世界でも当人が気付いていなかっただけで、阿呆な男に標的にされていなかったか?
よくその年齢まで無事だったなと素直に感心してしまう。
それとも、世の中の男たち……というよりもハルナの周りにいた男たちは純朴な女よりも遊びやすい女の方が良かったか?
確かに、ハルナみたいなタイプで遊ぶと、後々、面倒なことになりそうな気はするよな。
尤も、遊びでなければ、問題はないのだろうけど。
だが、今回、いきなり現れた神に対しては、ハルナも警戒している。
その顔に不信の色があった。
『ラシアレス?』
再度の呼びかけに対し……。
「あ、はい! 本当に偶然ですね、ズィード様!」
何かを誤魔化すようにそう答えた。
いくらなんでも、「偶然」はない。
そう分かっていても、そう返答せざるを得なかったのだろう。
オレが離れてすぐに現れた自分の相方の神。
あのオレの相方である「赤イケメン(笑)」は部屋以外で会うことがない。
まあ、中身が男で、例の「乙女ゲーム」もやっていなかったオレに対して、その「乙女ゲーム」通りのイベントを起こす理由もないと、相手も分かっているからだろう。
だが、この「黄イケメン(笑)」は違う。
ハルナは例の「乙女ゲーム」をプレイしていた女だ。
下手に行動するよりも、その「乙女ゲーム」のイベントに基づいた行動をした方が警戒心も薄れ、その勝算が高くなるかもしれない。
『困っているようだな、ラシアレス』
それが分かっているから、現れたんだろう?
白々しいだよ、この「黄イケメン(笑)」。
『ここは貴女の部屋からかなり離れているが……、まさか迷ったか?』
違うな。
お前たちが「ラシアレス」の身体を迷わせているんだろう?
この「迷子イベント」とやらのためだけに。
「いえいえ、違います」
ハルナはきっぱりと否定した。
つまり、この「黄イケメン(笑)」を頼りたくないと判断したらしい。
いや、もしかしたら……、オレが近くにいると知っているからだろうか?
いずれにしても、オレにとっては口元を緩ませるのに十分な答えだった。
『ラシアレス、隠さなくて良い』
だが、そこで簡単に引くようなら「イケメン(笑)」は成り立たない。
自分の顔にかなりの自信があるため、女に対して多少の強引さは許されると思っている傲慢さを持っているからこその「イケメン(笑)」なのだ。
『貴女の強さは魅力だが、無理をせず、不安な時ほど頼って欲しい』
そして、それはオレの台詞だ。
そう言いながら、黄イケメン(笑)がハルナの手を取りやがった。
『ラシアレス……。ここで迷っていたのか?』
さらに念を押すかのような確認に苛立った。
何が何でも、ハルナの方から、「迷っていたからあなたに助けてください」と言わせたいらしい。
ふざけるな。
もう十分だろう。
オレはここまで我慢してやったのだ。
何より、神とは言え、簡単にその女に触れているんじゃねえ。
「ラシアレス!」
オレは声を上げる。
どうだ?
これで、邪魔が入ったことになる。
例の「乙女ゲーム」のイベントならば、強制終了の場面だ。
『火の大陸の神子……?』
オレの姿を見た「黄イケメン(笑)」が呟きながら、ハルナから手を離した。
「これは、ズィード様。ご無沙汰しております」
そう言いながら、この三年間、みっちり世話役であるロメリアが仕込んでくれた礼をとる。
「そこのラシアレスを自室へ案内しようとしたところ、急にいなくなってしまって探しておりました」
オレがそう言うと……。
『……自室?』
「黄イケメン(笑)」は怪訝な顔を見せる。
「赤イケメン(笑)」と同じように心を読めるなら、今、ハルナの心も、オレの心も読んでいることだろう。
だが、読まれたところでどうってこともない。
オレにとっても、神は恋敵でしかないのだ。
そして、神とは言え、今現在「神子」であるオレに対して危害を加えることはできないと確信もしていた。
「赤イケメン(笑)」の話では「神子」にはお役目があるみたいだからな。
だから、ある程度強気で交渉できるだろう。
「はい。ラシアレスは私の親友ですから。女同士、何の問題もないでしょう?」
オレはにこやかにそう答えてやる。
今のところは、当人たちの感情を置いておけば、「火の神子」は「風の神子」の「親友」と言っても差し支えはないような立ち位置だ。
それだけ長い時をオレはハルナと過ごしていると自負している。
誰がどう見ても、友人であることは間違いないだろう。
尤も、女が使う「親友」って言葉はあまり信じてはいけない。
実際にオレは、ハルナに対して「友人」に向ける以上の感情を持っている自覚もあるからな。
『本当か? ラシアレス』
目の前の「黄イケメン(笑)」は、そんな敵意に満ちたオレからではなく、ハルナから回答を望んだらしい。
「は、はい! アルズヴェールの部屋に向かうところでした!!」
ハルナもここぞとばかりに乗っかってくれた。
『そうか……。ならば、良い。邪魔したな、ラシアレス』
どうやら、オレという邪魔者が入ったためにこれ以上、この茶番を続ける気はなくなったらしい。
意外過ぎるほどあっさりと、「黄イケメン(笑)」は立ち去ってくれた。
そのことに胸を撫で下ろすが……、傍でハルナの顔が蒼褪めていることに気付く。
「ハルナ、顔色が悪いぞ」
「え……?」
不思議そうな顔をしながら、オレに顔を向けた。
だが、その身体が微かに震えている。
神との対面に緊張したか?
それとも先ほどの状況が怖かったのか?
「そ、そうかな?」
「熱は……、なさそうだけど……」
どさくさに紛れて、柔らかい黒い前髪を上げて、ハルナの額に触れてみた。
念のために自分の額にも触れて、その熱の差を確かめるが……、多分、熱はないと思われた。
蒼褪めていたように見えた顔は、オレが近付くと少しだけ顔を赤らんで、その瞳も潤んでいた。
恐怖よりも緊張していたっぽいな。
だが、この顔は良くない。
男が誤解できる顔だ。
この顔が「ラシアレス」で良かった。
もし、「ハルナ」だったら、オレは迷いもなく口付けていたかもしれない。
今は、「理想の顔」を見ても、観賞用としか思えなくなっている。
「理想の顔」だって、三日も見続ければ、十分、慣れる。
それより、時折、ハルナの背後に現れる「幻想」だと思われる女の顔の方がもっといっぱいみたいのだ。
「オレの部屋……、来るか?」
先ほどの出来事があって、すぐに気持ちが切り替わるとは思えないけれど、このまま、ハルナをこんな場所で一人にしたくはなかった。
一人にすれば、またあのいけ好かない「黄イケメン(笑)」が現れる気がする。
そんなオレの申し出に、ハルナは無言で頷いてくれた。
そのことにほっとする。
少なくとも、拒否はされていないから。
そして、オレたちは手を繋がなかった。
また先ほどのように2人で迷うのも危険だ。
「ラシアレス」の身体に触れなければ、方向感覚を激しく狂わせてしまうあの妙な現象は起きないだろう。
そうして、ちょっと寄り道をした形になったものの、オレたちは無事、「アルズヴェール」の私室へと辿り着くことができたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




