メリットがない
気が付くと、オレたちは、半透明な丸いテーブルを前に、椅子に座っていた。
―――― 移動魔法ってやつか?
思わず感動してしまった。
先ほどまでいた場所と全く違う場所へ一瞬にして移動できるなんて、全人類の憧れだろう?
あの少女漫画ではよく使われている魔法の一つだった。
そして、いろいろな漫画や小説、ゲームでもおなじみの便利魔法だと思う。
俗に瞬間移動とか言われている魔法だが、その移動の仕方や想像の種類も個人差があって、面白かった覚えがある。
基本的な魔法すら、ゲームのように同じ魔法、同じ効果ではないのが、あの少女漫画に出てくる魔法の特徴でもあった。
考えてみれば、三者三様、十人十色。
「風」という単語一つだって、それぞれが思い描くイメージが違うのは当然の話だが、そこを追求することは少ない。
基礎魔法を使って、それが大魔法になる作品はかなり多いが、基礎魔法で、状態変化、性質変化に拘ることはあまりないだろう。
本来、必要のない表現だから。
特にチート系、俺TUEEE系の作品にはそこまで大きな意味がないよな。
さて、そんなことに感動している暇はない。
まずは、状況確認しよう。
オレの左隣に先ほどの黒髪の女が座っている。
……これだけで、何も問題がない気がしてきた。
違う。
そうじゃない。
そんな単純な考え方のままでいると、これが本当にゲームの世界だった時、間違いなく詰む。それだけは避けたい。
動け、働け、仕事しろ、オレの脳細胞!
まずは現状把握。
周囲を見回すと、オレや隣の黒髪の女のように、5人の女たちがどこか驚いたような顔で丸いテーブルを囲んで座っている。
なんだこれ?
今から、カードゲームでもするのか?
だが、女どもの後ろにいる野郎どもを見て、それに目を奪われた。
野郎たちが着ている服の派手さに……じゃない。
そのさらに後ろだ。
その野郎たちに羽が生えていたのだ。
微かに動いているから、とってつけたものじゃないと思いたい。
それらは、それぞれ橙、黄、緑、青、藍、紫と異なる色の羽だった。
全部で六色の御羽。
七色の御羽は、あの少女漫画にも出てきた。
こいつらとは顔が違うが、その世界の七つの大陸を守護する神が持つ羽だとされていたのだ。
だが、ここには、一色足りない。
そうなると、最後の一色は……。
ゆっくりと、後ろを振り向くと、赤い衣装を着た赤い羽の生えた男がそこにいた。
オレと目が合うと、図ったかのように笑いやがる。
なんだ?
このイケメン(笑)。自分に自信があるような笑いだ。
だから、鼻で笑い返してやった。
そんな、なよっちい身体で、オレをホイホイ落とせると思うなよ?
男が惚れるような漢になって出直してこいってんだ。
オレは前に向き直る。
残念なイケメン(笑)に興味が湧くはずがない。
周囲の野郎も似たり寄ったりだ。
もう少し、個性を出せ、個性を。
全部、同じ顔に見えてくるじゃねえか。
もっと恰幅の良いヤツがいたり、ムキムキマッチョがいたり、爺さん系がいたって良いと思うんだけどな。
そこまで、考えて、男向けのADV系ゲームに当てはめると……、それらはあまり需要がないことに気付く。
疑似恋愛するなら、ある程度均整のとれた体型で、見た目の年齢も極端に差がない方が良いよな。
尤も、この野郎たちが本物の神だったら、オレたちなんかよりずっと爺さんであることは間違いないが、そこに触れてはいけないのだろう。
ふと左隣からの視線を感じた。
黒髪の女も周囲を見ていたようだが、今はオレを見ているようだ。
なんとなく、口元が緩むのを我慢して、不自然ではない程度に顔を動かし、オレは笑ってみせた。
すると、彼女は一瞬だけ目を見張ったが、少しだけほっとしたような顔を見せた。
知らない所で緊張する人間は多いよな。
オレは初めての場所って、好奇心が勝つけど。
『全員、この場に揃いましたね』
突然、誰もいなかった場所から、声がした。
そして、その声に聞き覚えがある。
この場所に来る前に聞いた声に間違いない。
そして、この場にいた全員が、一斉にその方向に顔を向ける。
女たちも、その後ろにいる野郎たちも一緒に。
まるで、訓練されたかのようなタイミングで。
そこには金色の髪、橙色の瞳を持った綺麗な女性がいた。
その女性は他の野郎たちと違って黒い羽だった。
だが、その姿に衝撃が隠せない。
ちょっと待て?
何故、この方がこんな場所にいるんだ?
これは……、ゲームの世界じゃないのか?
そんな疑問が一気に走り抜ける。
他の野郎たちに覚えはなくても、この女性に覚えがないはずがない。
あの少女漫画で関りの深い女神だ。
思わず、左横の黒髪の女を見る。
そして、気付いた。
この横にいる女は、この女神のことを知らない。
確か、少女漫画の方は読んでないと言っていた。
この様子だと、ゲームの方には出てこないということか。
そして……、それ以外の女たちは、銀髪の女を除いて、オレと同じようにこの女神のことを知っている。
そうじゃなければ、「ラシアレス」を見るはずがないのだ。
だが、黒髪の女はその視線に気付いていない。
ただその女神を見ていた。
『初めまして、大陸より選ばれた7人の神子たち。遠い所をよくおいでくださいました。私は、貴女たちの案内人を務めさせていただきます、「ディアグツォープ」と申します。以後、よろしくお願いいたします』
微笑みながら、その女神は自己紹介をしてくれた。
なんてこった。
心の中で叫んで思いっきり良いか?
良いよな?
ホントにモノホンの導きの女神「ディアグツォープ」様だ!!
マジかよ、オレ、生きててよかった。
いや、肉体の方は既に死んでいるかもしれんが。
でも、この方に導かれるなら、迷わず「聖霊界」へ逝ける!!
いや、だって、あの少女漫画に出てくる女神だぜ!?
しかも、その雰囲気は信じられないぐらいとてもよく似てる。
あの少女漫画の作者、この女神に会ったことがあるんじゃねえかってぐらい細部まで!!
残念ながら左手に叡智の書こそ持ってないが……、マジ、そっくり!!
ああ、リアルに再現するとこんな方なのか……。
しかも声まで付いている。
甘く柔らかい声だ。
聞いていると優しい眠りに導かれる気がする。
流石、導きの女神だな。
左横にいる黒髪の女を除いて、他の女どもも、動揺を隠しきれてないようだ。
つまり、今、落ち着きがない奴らは、あの少女漫画を読んでいるということになる。
もしかしたら、ゲームの方もやっているかもしれない。
―――― ヤバいな
オレはそのゲームを知らないのだ。
あの少女漫画については本当によく知っている。
完結記念に開かれた作者のサイン会に交通の便が悪い田舎から行ってしまうほどハマった作品だから。
この世界があの少女漫画の遥か昔の世界ならまだ良い。
だが、黒髪の女が言ったように、ゲームが舞台なら、オレは圧倒的に不利となってしまう。
……。
…………。
いや、オレは不利で良んじゃね?
内容はほとんど知らないけれど、「乙女ゲーム」と言われるってことは、野郎を落とすゲームだよな?
これ、オレにメリットなくね?
いや、多分、すっげ~頑張れば、物凄く我慢すれば、自分を失くすほど心を殺せば、この中の誰よりも、女らしく振舞うことができる気がするぞ。
男にとって都合の良いって意味だけどな。
従順で可愛らしく、男にとって都合の良い存在は、ある意味、男にとっては「理想の女」だろう。
だけど、それを演じることに意味がない。
この身体にとっては意味があるかもしれないけれど、オレの精神力を削ってまでやるほどではないだろう。
つまりは、却下だ。
そんなくだらないことを考え続けるよりは、オレはこの導きの女神「ディアグツォープ」様の声を聞いていたい。
その方がずっと有益だと思う。
ああ、幸せだな~。
何も考えずにそう思っていた時期がオレにもありました。
ここまでお読みいただきありがとうございました