火の神子は問題について頭を悩ませる
「ちょっと、数字が伸び悩んでるんだよな~」
オレは溜息を吐いた。
神官からの報告と、相方の「赤イケメン(笑)」からの話を総合すると、確かに人口は上昇傾向にあるが、流石に初期に比べて、その伸び率はかなり落ちているようだ。
それは当然の話ではある。
人類はネズミではないのだ。
そんなに簡単に増えるなら、世界各国の政治家たちがあんなにも少子高齢化問題で苦労しているはずがない。
「どうしたら、ヤツら、ヤる気がもっと出るようになるんだろう?」
結局のところ、問題点はそこだ。
安全性が確立されていなければ、人類は子孫を残そうとは思わない。
確かに動物的な見方から種族維持本能という言葉もあるが、人類は未来を想像してしまう程度に思考できる種族だ。
現実的に、幼い子を守りながらの生活は難しいと判断すれば、本能に逆らって、弱点を作らないという選択肢を選ぶこともあるだろう。
他大陸の状態までは分からないが、少なくとも、火の大陸はそのために人口を減らしていた。
危険個所が多すぎて、落ち着いて生活ができなかったのだ。
だから、限られた場所で暮らしていたが、それでも、そこだって安全ではない。
火の大陸は、人類たちが無意識レベルでも危険だと感じてしまうほど大気中の魔力濃度が濃いらしい。
それらに対してある程度の手は打ったが、まだ足りないと言うことだろうか?
「アルズヴェールの所は、それでも数字が一番高いでしょう?」
ハルナがどこか呆れたようにそう言った。
「いや、確かに多くなったが、伸び率そのものは少し緩やかになってきている。もっと人口を増やさないと、まだ人口減少に歯止めがかかったとは言い難い」
どんなに生活環境を整えても、維持できなければ意味がない。
「火の大陸は、大気魔気が一番、濃密なんだ。だから、もっと強い魔力保持者を増やさないといけないってのに……」
この世界では、大気中に魔力と呼ばれる不思議な力がある。
それらは、魔法と呼ばれる奇跡を創り出すのに必要な成分であり、人類を含めた生命体たちが生きるのに必要な養分でもあった。
だが、強すぎる力は毒素ともなる。
それを抑えるためには生命体たち自身が生来持っている魔力が必要となるらしいのだが、魔力を持つ動物たちは、魔力が濃い場所を避けてしまうのだ。
誰だって、毒が溢れていると分かる場所に足を踏み入れるようなことはしたくない。
毒の沼地に足を踏み入れることができるのは勇者ぐらいのものだ。
だが、そこに生命体がいなければ、その土地はバランスを維持できなくなり、壊れてしまう。
精霊族と呼ばれる種族たちはそれを知って、その場所に集落を作っているが、それだけでは足りない。
しかも、精霊族たちの持つ力は、大気中の魔力に似すぎているため、その大気中の魔力に対して抵抗はできても、中和ができないのだ。
全ての生命体にとって、無害な力へと中和するために一番良いのは、その力の性質が違う人類の魔力らしい。
そのために、大気中の魔力の濃度が濃い場所には強い魔力を持つ人間の存在が必要なのだが、これまでその知識がなかった。
それをオレが与えたことで、少しはマシになったようだが、まだまだ強い魔力保持者と大気中の魔力濃度が釣り合っていないらしい。
「それは原作設定?」
ハルナはそう確認してきた。
「そうだ。ゲームの方にはなかったのか?」
「ないね~。そもそも、『すくみこ! 』は、乙女ゲームだから」
そう言えば、ハルナが面倒をみている大陸の神官は、人類の人口減少を危機と捉えていなかったと聞いている。
それに対して、オレが世話している大陸の神官は、理由はともかく、多少なりとも危機意識を持っていた。
だから、オレが人口衰退の衰退は大陸を荒らす一因だと言った時に、どの大陸よりも早く動くことができたのだと思っている。
「でも、ゲーム内ではアルズヴェールが一番、人口が増えやすいと思っていたけど……、チートってわけじゃなく、ちゃんとした裏設定だったってことかな?」
ハルナはそう言うが……、ゲームの裏設定ではなく、本来の歴史としても、火の大陸が最初に動き出しただけだったのではないだろうか?
7つの大陸のうち、火の大陸は大気中の魔力……、大気魔気と呼ばれる空気成分がどこよりも濃かった。
だから、人口衰退の影響を一番受けていたことだろう。
さらにその果てが、自分の大陸のみならず、世界が滅ぶと知ったのなら、どの大陸よりも早く、それを阻止するために動き出したことは想像に難くない。
そして……、その後、その事実をゲームとして取り入れた。
そう考えることはできないだろうか?
だが、もしも、それが事実なら、ますます不思議なことがある。
その「乙女ゲーム」は何故作られたのか?
いや、それ以前に、その「乙女ゲーム」のもととなったはずの、あの少女漫画は何故、ここまで、この世界に寄せているのか?
それは、本当に作者がこの世界の存在を知っているかのようではないか?
時間の概念とかそんなものは、神とかいう規格外が関わっている時点で、疾うに捻じ曲がっているのだろう。
そして、世の中には異世界転移だけでなく、歴史IFを可能とする時間逆行転生とかも満ち溢れている。
それが、実は虚構ではなく、現実でも起こっていたとしても、その事実を誰も確認しようがないのだ。
そこまで考えて、身震いした。
何も持たないはずの、自分は……、一体、何に関わらされているのだ?
「それで……、伸び悩んでいるってどれくらい?」
その明るい声で、オレは現実に帰ってくることができた。
あのままでは、思考の渦に呑まれていたかもしれない。
難しいことは後から考えよう。
今は……、目の前のハルナに向き合うべきだ。
「ハルナの言葉を参考にして、神官から人口を年齢ごとに集計させてるんだが……、増えているけど、同時に減っているんだよ」
そう言いながら、資料を手渡す。
どうせなら、ハルナの意見も聞きたい。
オレとは違った視点でモノを見ることができる女だから。
正直、自分の生きている世界とは違う世界の話など、どうでも良かったりする部分はある。
あの少女漫画の世界は好きだったが……、やはり、現実ではないのだ。
そして、あの世界は完成されていて、オレの立ち入る隙間はない。
だが、この世界は、「火の神子」が「火の大陸」を救わねば、いずれ、「風の神子」が担当している「風の大陸」に問題が波及すると「赤イケメン(笑)」から聞かされている。
人類が衰退すれば、後に待つ「神子の務め」とやらで、神子たちが文字通り身体を張って頑張るしかなくなるらしい。
オレが諦めてこの世界を見放せば、その負担は確実にハルナと向かう、と。
見事な先読みだよ。
本当に敵は神なんだ。
先に、オレの逃げ場を断っていたんだからな。
そんな性格の悪い奴らが集まっているから、神を呪う人間が増えるんだよ。
そして、さらに先の未来で「大いなる災い」って呼ばれるものが生み出されて、結局、人類がピンチになるんじゃねえか!!
「死因の調査をした方が良いかもね」
オレの心の叫びに気付かないハルナは、渡した資料を見て、眉間に皴を寄せながらそう口にした。
「年配の方を中心なら寿命とか考えられるけど、この中途半端な年代に集まっているのが気になる」
「疫病とか……か?」
オレはそれが原因かと思った。
この世界は医学が発達していないのだ。
いや、この先も、医学はほぼ発達しない。
もっと未来の話であるあの少女漫画の主人公たちの時代すら、身内が熱病で死んだとかそんな話があったぐらいだ。
「疫病で真っ先に亡くなるのは、弱い子供や年寄りだと思うよ」
「そうか……。この世界は医療が発達していないはずだから、それが理由かと思っていた」
「そうなの?」
どうやら、「乙女ゲーム」の方にはない話らしい。
「魔法がある世界だからな。病気に対する術がないらしい。流行り病で身内が亡くなったり、身分が高い人間がタネなしになったりする話もあった」
それがいろいろな出会いや、悲劇に繋がったりするのだが、よく考えれば、今のうちに医療についての大切さを解けば……、あの未来は変わるのだろうか?
「た、タネなし?」
まさか、身内が亡くなると言う言葉よりも、そっちの方に反応されるとは思わなかった。
「……詳しい説明がいるか?」
反応が見たくて、少しだけ、揶揄ってみると……。
「不要! 不要!!」
かなり顔を真っ赤にして両手を振り回された。
「な、なかなか……、原作って凄い話だったのね」
「おお、凄い話だったぞ」
それは胸を張って言える。
「女性が描いているのに、割と男性視点もあったぞ」
そして、女性が描いていることも間違いない。
いろいろな視点のエピソードがあるが、中でも男として印象深かったのは……。
「特に『発情期』の話は……、いろいろと考えさせられた」
「は、『発情期』?」
「今みたいに人口が衰退している時期に、神が人口増やすために行ったらしい。年頃になっても童貞のままだった男が発情して、好きな女に襲い掛かるとか、そんな設定だったと思う」
あれは本当に衝撃的だった。
そのために、主人公は……、最も信頼している男に裏切られたのだから。
「しょ、少女漫画だよね?」
流石に刺激が強かったのか、ハルナはそう確認してきた。
「少女漫画だったぞ。だけど、その時期を通して、主人公たちも成長するようになっているからな」
その結果、さらにいろいろ焦れることになったりもするのだが、そこはそれだ。
「それ……、同人誌の設定とかじゃなくて?」
「本編だな。オレは、同人誌というものを読んだこともない」
薄い本に興味がないわけではないが、ある程度、ネットにあるイラストや漫画の投稿サイトに二次創作と呼ばれているものは溢れている。
貧乏学生の身では、他者の妄想に金を出すほどの価値を見出せないのだ。
尤も、原作に限って言えば……。
「そうでもしなければ、好きな女を抱けないのが一番の問題なんだが」
あの部分だけは承諾しかねる。
そして、そう言いながらも、オレはチラリとハルナを見たが……。
「そうだね」
その結果、どこか蔑むような視線をくれただけだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




