火の神子の願い
オレが、昔、読み込んだ長編少女漫画「魔法探索~MAGICAL QUEST~」に似たこの世界に来てから、三年が経過した。
瞬く間に年月が過ぎ去っていく感覚は、確かにゲームでもあり、漫画でもあるように思えるが、それも仕方ない。
どこかの有名すぎる物理学者も言っているじゃないか。
熱いストーブに1分間手を乗せるのは1時間ぐらいに感じても、可愛い女の子と1時間座っていても1分間ぐらいしか感じないって。
だから、時間の感覚は当てにならない。
それだけ、ハルナと共に過ごす時間はあっという間に過ぎてしまうのだ。
時は金なり。
少年易老學難成 一寸光陰不可輕
今のオレの時間の使い方は有用なのだろうか?
そして、三年経っても、関係を変えられないオレをへたれだと思うか?
三年といえば決して短い期間ではない。
中学生が高校生になり、高校生が大学生になってしまうほどの年月。
だが、考えてもらいたい。
互いに本当の姿ではないのだ。
それだけでも、いろいろ難しいというのに、精神的なものはともかく、肉体的には同性という点が大きな問題なのである。
その時点で、かなり手が限られてしまう。
それは、女には分からないかもしれないが、男なら分かってくれると信じている。
そして、肉体に引きずられているのか、その相手に触れたい欲求はあっても、ヤりたい欲求が湧かない。
その原動力となるものがないためだろう。
恋心とか、青臭いガキのようなことを言うつもりはない。
ただ、ムスコの存在はやはり偉大だったとは言ってやる。
勿論、その三年間に変化はあった。
自分が連絡をとっている大陸とやらの人口が増加傾向に転じたらしい。
その場所に行っているわけではないから実感は湧かないが、それでも、週に一度の神官からはそう伝えられていた。
オレはその大陸に行けないのだから、本当のことは分からない。
相手から伝えられているものだけを信じるのは危険だ。
偽りがなくても、意図的に隠されたら、それだけで真実は見えなくなる。
他大陸を助けているという神子たちも、最近では、月一の報告会にも姿を見せなくなった。
ハルナが言うには、順調にイベントが進むとどの「救いの神子」たちもそうなるらしいが、それは乙女ゲームの中の話であって、あまり現実的とは思えなかった。
この世界をあの少女漫画の過去の世界と断定しているオレが指摘するのもおかしな話だが、ハルナや他の神子たちはこの世界を乙女ゲームと思い込み過ぎていると思っている。
だから、多少の不自然さは誤差の範囲とか、自分たちが本来の設定から離れた異物だからと見逃してしまうのだ。
ハルナから話を聞く限り、全然、違うのに。
他の「救いの神子」たちは中身が違うのだから当然なのだが、それ以外の神々も全く違うのだ。
加えて、神たちがその乙女ゲームのイベントとやらにあわせて動いているかのような不自然さを覚えてしまう。
誰かが描いた脚本をなぞっているかのような違和感が時々あるのだ。
試しに、自分の相方である「赤イケメン(笑)」にそんなことを言ってみたら、「好きに考えるがよい」と返された。
神相手にまともな答えを期待してはいけないという良い例である。
相手はこちらの心を読めるのだ。
本当に規格外な存在。
そんな相手に、ただの学生にすぎないオレがあれこれ考えても仕方ない話なのかもしれない。
そんなことよりも、目の前にいる女のことを考えよう。
「どうした? ラシアレス」
いつものように書物庫で話をしていると、何故か、じっとその黒い瞳がオレを見ていた。
「あなたとこうして会話できるのはどんな奇跡なんだろうね? と思って……」
そんな可愛らしいことを言われた。
ハルナは気付いていない。
その言葉の貴さと深さを。
「こんな不思議な世界で、信用できる味方を得られたことは、本当にありがたい話だと思っているよ」
それは彼女にとって深い意味のない言葉。
だが、オレにとっては深読みしたくなるような誘い。
「言われてみれば確かに奇跡ではあるな。年齢も違うし、恐らくは住んでいる場所も違っただろう」
本来なら、決して会うはずのない相手だった。
年齢も、住所も、職業も違う。
共通点のない相手。
それでも、オレたちは出会ってしまった。
この世界に呼ばれて。
「住んでいる場所の詳細については、個人情報だから聞く気はないけど……、ヒカルは訛りが少ないから、関東圏?」
珍しく、例の乙女ゲームや、この世界の話、そして、相談事でもなく、オレ個人の話を聞かれた。
自分に興味を持たれている。
それだけのことがちょっと嬉しい。
「いや、オレ、地方出身。でも、大学は関東だから、訛りについては……、大学デビューするために努力した」
「ほほう。あの焦げ茶色の髪は、大学デビューの結果なのか……」
「実家にいた時は、妹はともかく、親と姉がうるさかったからな。髪色も変えられなかった。独り暮らしをして、ようやく、念願の自由を手に入れたんだよ」
「わたしは就職をきっかけに、一人暮らしを始めた。大学は実家暮らしだったよ」
そして、ハルナからも語られる。
そうか……、一人暮らしなのか。
「実家から大学に通える環境がすげえよ。オレの実家は、バスは一日、数本。電車も通っていない場所だった」
「有名大学は狙っていなかったから。地元の大学で十分、学べたからね」
いや、オレも有名大学に通いたかったわけじゃない。
それでも、地元の大学は……、ああ、うん。
電車でもバスでもいろいろ辛かった。
地方はそんなものだ。
「でも……、そっか……。ハルナは既に、社会に出て働いているんだな」
「ヒカルとは5歳も違うからね。流石にこの歳になって就職していないのは問題だとは思わない?」
ハルナは笑う。
5歳の年齢差。
現実には大きいのだろう。
実際、ハルナの考え方は基本的に周囲にいた女友達たちとはかなり違って、地に足が付いているものだ。
オレは社会人の女と付き合ったことがないから、初めての感覚だと思っている。
姉貴に爪の垢を煎じて飲ませたい。
アレも社会人のはずなのに、いろいろおかしい。
「それもそうだな。ハルナと話していると、つい、年齢差を忘れてしまう」
同時に、そう思う。
ハルナの考え方は社会人だ。
だが、もっと別の内面的なものがあまり育っていない。
「それはわたしがガキだとでも?」
「言動は割と幼いとオレは思っている」
危機意識が全くない。
一人暮らしという話だが、心配になってきてしまう。
それだけ男っ気がなかったということだろうが、何かの弾みでコロリとなりそうだ。
サークルや合コンなどの飲み会で、気に入った女のお持ち帰りって話はオレたちの間でも聞くのだった。
確実に飲める年齢になっている社会人ならありふれた話だろう。
「……そこは認めるけど、それは、ここがゲームの世界だから、どこか学生時代の感覚に戻っている部分はある」
ハルナは気まずそうに顔を逸らす。
これは本当の自分ではないと言いたいらしい。
「でも……、実際のハルナはどうなんだろうな?」
「実際もこんな感じなのは、ヒカルもよく知っているでしょう?」
「夢の中では、言動はともかく、ハルナの顔ははっきりと見ることができないんだよ」
二年前、初めて彼女と夢の中で出会ってから、月に一度ぐらいのペースで夢の中で会うようになった。
それが、どの神による計らいなのかは分からない。
だが、他の神子ではなく、オレとハルナだけを定期的に会わせているところに意図的なものを感じる。
尤も、他の神子に会っても記憶に留めていられないだけなのかもしれないが。
ただ、不思議なことに、ハルナはその夢の内容をあまり覚えていないらしい。
オレはしっかりとその会話の内容まで覚えていると言うのに。
まあ、正直なところ、詳細は覚えていてくれない方が良い。
女物の赤いワンピースを身に纏った男のことなど、できれば、速やかに記憶から消去して欲しい。
頼むから。
後生だから。
お願いだから。
それでも……、オレの方は忘れたくないのだが。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




