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少女漫画に異質混入  作者: 岩切 真裕
【第3章】少女漫画を知っているのに
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火の神子は白い世界を視る

 ―――― 夢を見ている。


 深くて白い霧の中。

 オレはたった一人で立っていた。


 視界が白く塗られたように、数メートル先もまともに見えない。


 なんとなく、頬を強めに摘まんでみたが、痛みどころか自分の頬に触れた感覚すらなかった。


 だから、これは間違いなく夢なのだろう。


 白い霧に覆われている視界も、自分の手を近くに寄せればその形や肌の色ぐらい分かる。


 この状態がなんとなく、ナニかの映像のぼかしを思わせるため、かなり複雑な心境ではあるが、それでもこの手が誰のものではあるかはっきりと理解できた。


 黄色人種の特徴であるやや黄色味がかった肌の色。

 ここ最近ではほとんど見ることもなかった男の手のひらがそこにある。


 右手の人差し指と中指の付け根の境目に一つと、左腕にいくつか並ぶ黒子の位置も記憶と一致していた。


 これはオレの本体なのだろう。


 意外にも覚えているものだ。

 20年間ずっと見ていたものだもんな。


 それは良い。

 自分が視る夢だ。

 だから、自分の肉体を夢に視ること自体に何の疑問もない。


 だが……。


「この服装はなんだ?」

 その事実を目にして、思わず呻きたくなった。


 着ている服は赤一色。

 その時点で、悪趣味や嫌がらせ、罰ゲームとしか思えない。


 少なくともオレの趣味で身に着けているもののではないと言わせていただこう。


 そして、さらにその上下が繋がっている。

 赤い繋ぎの良い(おとこ)

 それなら、まだ笑いは取れただろう。


 だが、残念。

 この服では笑うことなどできはしない。


 今のオレのこの姿を見た人間は確実に目を逸らすか、渇いた笑いを浮かべるしかないだろう。


 オレは何故か、女物の服を着せられていたのだ。


 なんだ?

 この視覚的嫌がらせ。

 色合い的にはあの赤イケメン(笑)の指図か?


 あの少女漫画の世界では、主人公が視る夢の中に侵入してくるヤツらが後を絶たなかった。


 老いも若きも。

 男も女も。

 人間も神も。

 生者も死者も。

 過去も未来も。


 その全てが交わる狭間界(夢の世界)


 だから、今、この場に、オレの目の前に何が出てきてもおかしくはないのだ。


 だが、言いたい。

 今、来んな。


 女装癖のある男ならともかく、オレにそんな趣味はなかった。

 そして、着るならもっと別方向の服が良かった。


 飾り気もなくシンプルなのは良いが、色が派手過ぎるために誤魔化しも効かねえ!!


 しかも、上下が繋がったワンピース!!

 そんな名称、有名な海賊王漫画だけで十分だ!!


 男が着て喜ぶはずねえだろ!?


 こんな服を着こなせるのは、身長178センチあっても、メイド服を着て違和感がないような化粧を自分にできる、あの少女漫画の主人公の護衛(性別:男)ぐらいだ!!


 尤も、これはオレの夢の中だ。


 だから、誰も来ない。

 本当に来ないでくれ、頼むから。


 だが、この世界の神はいつだってオレに厳しい。


 近くに何かの気配を感じて、思わず反応してしまった。


「誰だ!?」

 オレは叫んだが、反応はない。


 ここは真っ白な世界だ。

 そこに誰もいるようには見えない。


 だが……、間違いなく誰かいるとオレは確信していた。

 もしかして……、オレをこの「狭間界(夢の世界)」に呼んだヤツか?


 自分の置かれている状況も忘れて、ゆっくりと、そちらに足を向ける。

 たった一人でこんな場所にいるよりは、誰かに会いたいと言う気持ちが勝ってしまったのだ。


 どこかの絡繰人形遣いの黒幕も最後に言っていただろ?

 ひとりぼっちはさびしいんだよ。


 進んでいくと、真っ白な霧の中にぼんやりとしたシルエットが浮かび上がっていく。


 多分、女だ。

 オレよりは背も低く見えた。


 そして……、全体的に黄色やオレンジ色に近い。

 背を向けているのか、上だけは黒くぼやけている。

 恐らく、黒髪なのだろう。

 


「まさか……、ハルナ?」

 思わず、そう口にしていた。


 そして、同時に今の自分の服装とかのことは完全にすっかり頭から抜けていたのだ。


 だから……。


「ヘンタイ!?」


 振り返った相手からの第一声は、そんな適格かつ容赦なくオレの心を抉り込むように打つ言葉だった。


「酷い!!」

 思わず、そう叫んだが、彼女の言い分は尤もだ。


 今のオレはどこに出しても恥ずかしい女装姿なのだから。


 だが、あえて言おう。


「オレだって、好き好んでこんな格好してるワケじゃねえ!!」


 気が付いたらこんな世界にいて、こんな格好をさせられていたんだ。

 こんな姿を見せられたハルナだって、被害者かもしれないが、オレだって立派な被害者だ。


 ハルナの顔は、周囲の白い霧に隠されて、何故かはっきり見えない。

 でも、この反応で、ハルナだと確信できた。

 

「もしかして……、ヒカル?」

 相手からも反応があった。


「おお」

 声をかけてしまった手前、そう答えるしかない。


「その格好は趣味?」

「好きでこんな格好をしているわけじゃねえと言ったはずだが?」

「なんで趣味じゃないのに、そんな変態的な姿なの?」


 オレと分かった後でも、ハルナの言葉に慈悲はなかった。


「……気が付いたら、ここにこんな格好で立たされていたんだよ。繋ぎじゃなければ、脱ぐんだが、理由もなく下着姿を晒す趣味もない」

「いや、その格好もどうかと思うのだけど……」

「ハルナ、今、履いているお前の下着は女物だろう?」

「…………」

 オレの言葉にハルナが閉口した。


「いや、そんな変質者を見るような目で見るな。割と真面目な話だ」

 霧に隠れて表情は分からないけれど、雰囲気で察する。


「通報先……あるかな?」

「話を聞け。そして、オレに準備されている服は女物だ。後は……、分かるな?」


 このぴったりフィット感は、男物の下着ではありえない。

 いや、感覚はないのだが、本来揺れ動くはずのものが落ち着いているのはそういうことなのだろう。


 そして、それを確認する度胸は流石になかった。


「あ……」

 ハルナは察してくれたらしい。


 説明せずに済んだことは本当に良かった。


「まあ、似合わなくもないから良しとすれば……?」

「そう言った台詞は、オレをまともに見てから言ってくれ。……ったく、このサイズの女物なんて、どこに売ってんだ?」


 いや、本心を言えば、見るな! と思うが、ある程度はこの霧が隠してくれている。


「まあ、オレの格好については触れるな」

 そうは言ったものの、ハルナからの返答がない。


 これはアレか?

 女物の服を着る男は苦手か?


 ……得意な方が特異か。


「こうなったら、()()になるか」

 オレがそう言うと……。

「それはやめて!」

 ようやく、普通の反応をしてくれた。


「……ほんっとに、ハルナは男に縁がない生活していたんだな」

「改めて言わなくても、そんなこと分かっているから」

「でも、乙女ゲームにも露出する男の一人や二人ぐらい、いるんじゃねえか?」


 少年漫画で言うお色気担当のポジションがいてもおかしくないだろう。

 ギャルゲーにだってあるあるだからな。


「『すくみこ! 』では露出する神様(キャラ)、いなかったよ」

「マジか? そんなの何が楽しいんだ?」

「恋愛要素かな?」

「視覚的に楽しめないのにか?」


 ゲームでは相手に触れることも、温もりを感じることもできない。


 まあ、スマホなら長くやり続ければ、熱さを感じることもあるかもしれないが、ハルナがやっていた「すくみこ! 」は、確か据え置き型ゲームだったはずだ。


「……聴覚的に楽しめるから良いんじゃない?」

「聴覚的に……?」

「耳に心地よい音ってトキメクと思うよ?」

「耳ねえ……」


 まあ、フルボイスなら興奮できるか?


 でも、オレ、あまり声に重点をおかないんだよな~。

 女の声ってある程度高くなると、皆同じように聞こえるし。


 まあ、あまりにも縁起が下手だと萎えるけど。


 オレがそんな方向に思考を飛ばしていると……。


「ヒカルは……、眼鏡とかしないの?」

 不意に、そんなことを問いかけられた。


「眼鏡?」

 言われてみれば、あるべきところに何もない。


「ああ、この身体の時は、確かに普段は眼鏡だったな」

 結構な勢いで顔に触れてみたが、かけている眼鏡を弾き飛ばすようなこともなかった。


「今は、夢の中のせいか、普通に見えていたから言われるまで気付かなかった」


 感覚がないから分からなかったし、視界は白い霧のせいで悪いけれど、見えなくはないから本当に気付かなかった。


「ないと見えないぐらい目が悪いの?」

「ド近眼だからな。ないと運転もできん。いや、日常生活がまともに送れない」


 朝、起きると眼鏡をかける所から始まるのだ。

 だから、同じ場所に眼鏡を置くようにしていた。


 眼鏡がないと、まともに歩くこともできない。


 夜中に大地震があれば、オレはどうなってしまうのだろうか?

 時々、そんな不安に襲われることもある。


「でも……、よく分かったな。オレが眼鏡してるって」

「前に言っていたでしょう?」


 そんな話をしたか?

 オレはよく覚えていないのに。


「そんなことをよく覚えているな」

「それに、なんとなく眼鏡が似合いそうな顔だなとも思って」

「20年生きてきてそんなこと、初めて言われたよ」


 それはちょっと嬉しい。

 眼鏡を嫌う女もいるからな。


 だが、オレにとって眼鏡は顔の一部だ。


 異論は認めん!!

 近眼の視力(ちから)をなめるなよ。


 実際は、視力が回復すれば、気付かないほどの存在でもあったようだけどな。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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別視点
乙女ゲームに異物混入
別作品
運命の女神は勇者に味方する』も
よろしくお願いいたします。

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