神子と偶像崇拝
「『好ましく思う』ってどういう意味だと思う?」
唐突にそんな話をハルナから切り出され……。
「お前、明らかに相談相手を間違っているとは思わないか?」
オレとしてはそう言葉を返すしかなかった。
ハルナは基本的に鈍い女ではない。
だが、恋愛方面は明らかに疎い。
だから、こんなことを平気で口にできるのだ。
それなりに好意を示している男に対しても。
「殿方の気持ちは、殿方に確認した方が良いと思ったのだけど、違う?」
その言葉で、頭の中にあの少女漫画の主人公がちらつく。
彼女も似たような種類の女だった。
―――― ああ、こんな気持ちなのか
だから、その傍にいた護衛は大変苦労させられるのだ。
主人公への好意を自覚した後の護衛青年は、それまで以上に気苦労が絶えなくなるのだ。
―――― よく我慢できたな
男としてそう思うしかない。
あそこまで我慢するのは逆に男としてどうかとも思っていた時期もあるが、そこには理由があったのだから仕方ない。
誰だって、命を懸けるほどの言葉を吐いても良い相手かなんて分からないのだから。
尤も、その制限がなければ、あの直情的なところがあった護衛は、とっとと主人公を自分のモノにしていた可能性は高いと思っている。
「殿方にもよる」
オレは先ほどのハルナの言葉に答えた。
「オレにキラキラした神様の気持ちが分かると思うか?」
恐らくは相方の「橙イケメン(笑)」から、そう言われたのだろう。
仄かに恋情を匂わせながら、親愛とも取れるような言葉で様子を伺う様は姑息だと思うが、流石にそう言える立場にない自覚もある。
オレだって似たようなものなのだから。
「……わたしよりは分かるんじゃないかな?」
少し考えてハルナはそう結論付ける。
確かに、オレはハルナよりも状況は見えていると思っているが、それは男女に関係なく、あの少女漫画の知識があるかどうかだ。
完全に一致しているわけではないが、類似している部分がある以上、無視できないと思っている。
「好きなように解釈しろよ」
最終的には当事者間の問題でしかない。
この点において、オレは介入する権利をまだ持っていないのだ。
「でも、間違った答えで、誤解したくはないんだよ」
「誤解?」
「乙女ゲーム的な視点なら、これは、ステップ1みたいなもので、恋愛要素が一歩進んだと解釈できる。実際の人間関係なら、普通に仕事のパートナー的な話になるでしょう?」
ハルナはどうしても、この世界を乙女ゲームと一致させたいらしい。
その気持ちは分かる。
オレもこの世界をあの少女漫画の過去だと思っているからな。
だが……、この場合、それはそれで、相手の言動に対してその答えはどうなのかという問題が発生する。
「……実際の人間関係として考えろよ」
少なくとも、この世界の住人として見てやれとは思う。
ある意味、完全に眼中にないってことだ。
「既に、お前が言う乙女ゲームってやつからずれているだろ?」
「そうね。下手に期待しても……仕方ないし」
「期待?」
「あれだけの美形から好意を向けられる機会なんてそうないから」
ハルナは少し照れたように笑った。
完全に眼中にないわけではなかったらしい。
やはり「イケメンは正義」という考え方は、二次元、三次元、異世界に限らず適用されるようだ。
おのれ、イケメン!
「女は本当に見た目に騙されるよな~」
本当に。
腹が立つぐらい。
ネットでよく見かける「但しイケメンに限る」というネタのような言葉は、現実に存在する。
不細工な男とイケメンでは許されるラインが全く違うのだ。
そんなのスクールカーストを意識する小学生だって知っていることだろう。
「観賞用としては、見目が悪いより、良いにこしたことはないでしょう?」
「観……、賞用?」
今、何か酷い言葉を聞いた気がして、思わず途切れがちに問い返すことになってしまった。
「男性だってそうでしょう? 週刊誌のアイドルのグラビアが、綺麗なお姉さんじゃなければ、誰も手に取らないんじゃないの?」
「それは否定しないが……。でも、身体つきがある程度エロければ、顔を隠せばあまり問題なくなるからな~」
「その発想が既に問題しかない!」
そう言われても、「観賞用」ってそう言うことになるんじゃないか?
自分が見たくなる対象ってことだよな?
大体、グラビアアイドルの身体を見ず、どこを見ろと言うんだ?
「つまり、ハルナは、相方の神を『観賞用』と見なしているってことで良いか?」
それは本当の意味での「偶像崇拝」ってことか?
「言葉は悪いけど、そんな感じであることは否定しない。あなたは、『神』と名前が付く存在に対して、本気で恋慕の情を抱ける人?」
そう問いかけられたので、真面目に考えてみる。
世の中にはそんなヤツもいるからなんとも複雑な気分になった。
だが、今はそんなことを考えても仕方ない。
「……あの導きの女神ディアグツォープ様ならオレはイケるかな」
あえて茶化した答えを返す。
「言った相手が悪かったと言わざるを得ない」
「なんでだ? 見た目が良ければ、二次元、三次元すら関係ないだろ?」
性欲の対象にするなら、外見だけで十分だろう。
中身は二の次だ。
綺麗事を並べたところで、男という者はそんなものである。
それはギリシャ神話の時代から定められしことなのだから仕方ない。
「……何の話でしょうか?」
「ん? イケるか、イケないかの話じゃなかったか?」
「……貴方が話の主旨を変えたことはよく分かった」
何故かハルナの視線が冷たい。
そこには「蔑み」……「侮蔑」、「軽蔑」と呼ばれる種類のモノが含まれている気がする。
「でも、ハルナが他の神子たちのように神様たちにふらついていないようで、良かったよ」
居たたまれなくなり、思わずそんなことを口にしていた。
だが、これも本心だ。
決して、ハルナからの視線が痛かったとか、耐えられなかったとかそんなわけじゃない! 多分。
「いや……、たった一年であそこまで変わるのって凄いと思うよ」
ハルナも気になっていたのか、急な話題転換ではあったが、乗ってくれた。
「惚れるのに時間は関係ないと思うが……」
世の中には秒で恋に落ちる人間もいる。
オレの友人なんかがそうだ。
そして、そいつはフラれるのも秒だったりするが、アレは特殊事例だろう。
「それに人が心を変えるのに、一年は十分、長い時間だぞ」
そうでなければ、学生時代に付き合った、別れた、という話をそう何度も聞くはずもない。
実際、自分を含め、心変わりする時は、本当に早いのだ。
いや、オレの場合、見る目のなさが一番、問題なんだろうな。
だから、今、時間をかけて、慎重に見極めているのだが。
「学生時代はそうかもしれないけど……」
ハルナにも思うところはあるらしい。
それだけ、他の神子たちは目に見えて変わってしまったのだ。
月に一度の報告会は報告書の提出だけと変わったが、それでも報告書の提出時やそれ以外の時に、他の神子たちには会わないわけではない。
だが、会うたびにその目が変わっていくのだ。
それは陶酔や心酔を思わせるような表情。
相方の神たちに対して、いきなり、「神様、万歳! 」と言い出しそうな危うい雰囲気はまるで、本物の偶像崇拝のようだった。
高校卒業後にカルトな宗教にハマり込んだために、二度と会うこともなくなった地元の元友人を思い出して、酷く嫌な気持ちになる。
幸いにして、オレは「赤イケメン(笑)」に対して、そんな気持ちは湧かないし、今のところ、ハルナにもその気配は感じられない。
その違いは何だろうか?
単純に、あの「赤イケメン(笑)」には呪いのようなカリスマ(A+)が標準装備されていないだけのような気もする。
尊大な口調だが、その割にオレに譲歩を見せているためにそう思うだけかもしれないが。
それでも、はっきり言えることは……。
「どこか洗脳みたいな雰囲気がするところは気になっているけどな」
他の神子たちは、既に神の手に墜ちているということだろうか。
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