火の神子は神と距離を縮める
実はハルナの神官の代替わりの前に、オレの神官の方が早く交替している。
だから、その先に来るはずのハルナの気落ちに備える心の余裕もあったし、オレの方が、浮上も早かったようだ。
だが、オレたちの時間の感覚にすれば、数日の違いだが、あの世界にしてみればもっと長い期間だろう。
それだけ、ハルナの神官は次世代育成のために長く生きようと頑張り、オレの神官は次世代のために何か残そうと生き急いでしまったということなのかもしれない。
『神官の代替わりか……。本当に人類は命が短いな』
相方である「赤イケメン(笑)」には報告の義務があると思っている。
だから、神官の代替わりを報告すると、ヤツはそう口にした。
そこには何の慰めの言葉もない。
ただ真実を口にしているだけだった。
「この世界とは、時間の流れが違うから仕方ねえな」
オレはそう言いながら肩を竦めるしかなかった。
この男に、人間らしい反応は始めから期待していない。
そもそも神に人間の気持ちなど分かるはずがないのだ。
そんな相手だというのに、この一年で、こいつとオレの距離は随分縮まってしまった気がする。
具体的には、意識しなくてもタメ口だけでなく、素を出せる程度にはなっていた。
これまでは、たまに、どうしても敬語になってしまうことはあったが、その都度、睨まれるのだ。
何でも、心の声が聞こえる「赤イケメン(笑)」には、それとは全く違う口調のオレが吐く現実の畏まった言葉というのがかなり気持ち悪いらしい。
それを何度も言われた。
本当に失礼なヤツだ。
一応は、神という相手に対して、敬意と誠意を見せるために頑張っていたのに。
『ある程度、代替わりにおいて、覚悟はしていたということか』
「まあな」
ハルナから時間の流れが違うことは聞いていた。
そして、寿命についてはあの少女漫画に描かれていたのだ。
あの少女漫画の時代になれば、人間たちの寿命は、オレたちの世界よりもずっと長いことは知っている。
特に精霊族と呼ばれている寿命の長い種族の血が混ざると相当な長さだ。
中には、200歳を超える人間もいた。
しかも、そんな年齢で出産までしたとか驚きだよな。
だが、「救いの神子」たちがいたこの時代は、人間たちの寿命は、もっとずっと短かったという設定もあった。
だから、人類が衰退するのも早かったのだ。
それらの知識を統合すれば、そろそろだろうとは思っていた。
それが、あまりにも予告なく、突然、やってきただけのことだ。
オレと会話していた神官の死の瞬間を見ただけでも、遺体を見せつけられたわけでもない。
だから……、胸にぽっかりと大きな風穴が空いてしまったような気がするのも、気のせいだ。
『お前の住む場所は平和なのだな』
オレの心を読んだ「赤イケメン(笑)」はそう言った。
この一年で、いつの間にかヤツもオレに対して、完全に「其方」から「お前」と呼ぶようになった。
まあ、中身は野郎だ。
気遣う理由なんかないよな。
「平和だな。死の匂いなんか、怪我や病気をした時ぐらいしか感じないんじゃねえか?」
寿命以外の理不尽な死が全くない世界とは言わない。
不慮の事故なんてものもあるし、殺人事件だってたまにニュースで見たりする。
広く見れば、世界では定期的に局地的な紛争や利害関係によって引き起こされる戦争、我を通すための自爆テロなんてものは起こっている。
だから、オレの知らない所で、知らない時に、知らない誰かが毎日のように死んでいるのだろう。
だが、オレの住む世界、少なくとも周囲にそんな匂いはなかった。
だからオレは知らない。
普通に話していた人間が、ある日突然、いなくなるなんてことを。
『慰めはせん。人類が死を迎えるのは約束されたことだ』
「分かってるよ」
男に慰められても嬉しくねえ。
まあ、あの導きの女神ディアグツォープ様からなら……、ちょっとぐらいあの胸で甘えたくもなるかもしれんが……、あの女神、死者の魂を導く側なんだよな~。
人間の世に、長く迷える魂があった時、その魂を「聖霊界」へと導いた描写があの少女漫画にあった。
その出来事がきっかけで、あの少女漫画の主人公である「ラシアレス」が「聖女」の道へと本人の意思とは無関係に、半ば無理矢理進まされることになってしまうのだ。
『ただお前の希望とあれば慰めなくもない』
「どっちだよ」
どこかツンデレ染みた言葉に、思わず苦笑する。
『誠に遺憾だが、我もある程度、お前を気遣って機嫌を取る必要があるのだ』
どこの政治家ですかね?
「素直に『面倒だけど機嫌を取られておけ』って言っても良いんだぞ?」
『面倒だから、機嫌を直せ。お前の周囲の空気が濁ったままだと、「神位」も上がらぬ』
包み隠さぬこの台詞。
しかも、余計な言葉まで追加されました。
「本当に貴方は飾らないよな?」
『お前相手に飾ったところで仕方あるまい。ああ、他の神子のように触れられることを望むなら、それに従うことは吝かではないぞ』
そう言って、オレの手を取った。
「……そんな努力は切って捨てろ」
この「赤イケメン(笑)」は、ことあるごとに触れてくる。
触れることで、ヤツの上司からの命令でもある神子の「神位」とやらが上がりやすいらしい。
だから、肩や手ぐらい我慢しろとも言われた。
本当はもっと身体的な接触を繰り返す方が良いらしい。
具体的にはハグとかキスとかそれ以上の行為だ。
だが、まだヤってはいけないらしい。
それにはまだまだ時期が早いそうだ。
その情報は、オレにとって大変、本当に大っ変っ! 有難い話ではあるのだが、同時に「もう少しぐらい、隠せよ、神」とも聞かされるたびに思う。
男のオレだから包み隠さず言っているのだろうけれど、相手が本物の女だったら、流石に相手が文句なしのイケメンと呼ばれる種族であっても、全力で引く案件だ。
そして、その接触行為によって引き起こされる現象は、あの少女漫画で言う「感応症」と呼ばれるようなものだろう。
それが人間の持つ魔力ではなく、神の持つ力の違いぐらいだろう。
あの少女漫画から得た知識によると、魔力を持つ者は、別の魔力を持つ者の近くにいるだけで、相手の纏う魔力に干渉することになるらしい。
具体的には、相手の攻撃魔法に対する抵抗力が強化されるとかそんなものだ。
そして、接触は更なる干渉となりその強化も格段に上がるそうだ。
勿論、相手との相性もあるらしいので、相手にとって有益な効果が出るかどうかは運次第のようだが。
しかし……、普通に考えれば身近に存在する相手からの攻撃魔法に抵抗するってどんな状態なのだろうか?
そんな相手から攻撃魔法を食らうこと自体がおかしいと誰か突っ込まなかったのか?
確かに、あの少女漫画の日常パートでは、殺伐とした世界観の話ではなかったために、その事実に大きな違和感がないところが恐ろしくもある。
だが一番恐ろしい点は、あの少女漫画では主人公が護衛してくれる相手を吹っ飛ばすことが日常の世界だったというところではなかっただろうか?
コミカルなノリだったし、吹っ飛ばされた当人が全く気にしていなかったために、読んでいた当時はそこまでの忌避もなかったのだが、それが現実に起こり得ると思えば、ちょっと話が変わってくるだろう。
この世界は、あの少女漫画の舞台と似ているのだから。
本来の設定としては、「魔力の暴走」と呼ばれる精神的に混乱した相手に対して、周囲の人間が抗うための防御措置だとは思うのだが、その辺り、あまり触れられてなかった気がするのもどうかという話だ。
『まあ、お前が思ったよりも気にしていなければそれで良い』
「そんなに負の感情は『神位』ってやつに影響があるのか?」
『その辺りは人類による。人類によっては、我らを呪うことで神に対抗する意思を強め、『神位』を上げる者もいるからな』
その言葉で、なんとなく、あの少女漫画に出てきた神官の最高位を思い出すのは何故だろうか?
あの少女漫画の神官の中の頂点は、「神嫌い」だったせいだろう。
『単純に気分の話だ。お前が落ち込んでいる姿はあまり見たくない』
「…………何を企んでいる?」
人間の感情を本当の意味で理解できない神からの言葉とは思えない。
オレが思わず、警戒すると、「赤イケメン(笑)」は大きく息を吐いた。
『…………やはり、お前には通じないか』
そんな意味深な言葉を漏らしながら。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
 




