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少女漫画に異質混入  作者: 岩切 真裕
【第3章】少女漫画を知っているのに
39/60

火の神子は報告をする

 ハルナも名を呼ばれて、奥に向かった後、オレは一人残される。


 この世界に……、いや、この神子の身体に意識が憑依して一月(ひとつき)

 未だに分からないことが多すぎて困る。


 あの少女漫画の主人公も、自分が育った世界とは違う世界に行くことになってずっと苦労していた。

 作中の最後まで、その世界との文化の違いに何度も驚かされるのだ。


 まあ、あの最終回はありだと思うけど。


 それとなく、「赤イケメン(笑)」に聞いてはいたが、肝心なところははぐらかされていることはよく分かる。


 それも当たり前の話だった。


 相手は神で、しかも、オレの心を読んでいるのだ。

 オレの問いかけに対して、どうあしらえば良いのかまで完全に読まれている。


 本当に心を読む相手というのは対応が難しかった。

 オレの知りたいことを分かっているのに、上手くそれっぽい答えで誤魔化されてしまうのだ。


 あの少女漫画の中では、神ではないが、「精霊族」と呼ばれる心を読む相手に対して、あるものを使えば、相手から自分の心を読まれにくくなるとあった。


 それが使えるかどうかを試してみるのも手かもしれない。


 オレ自身はそれを手配することはできないが、ロメリアにでも準備してもらうことはできると思う。


 必要経費ってやつだ。


 もし、本当に効果があるならそれ自体、使わせてもらうことはできないかもしれないけれど、事前に使用が禁止されるなら効果があるということだろう。


 そんなことを考えている時だった。


『アルズヴェール様、お待たせいたしました』

 導きの女神ディアグツォープ様の可憐な声が聞こえてきた。


「はい」

 オレは席を立つ。


 そうして、案内されて入った部屋は……、どこまでも真っ白く濃い霧の中だった。


 ―――― ん?


 前回、この世界に来たばかりの時は、気付けばあの丸いテーブルの部屋で座らされていたことを覚えている。


 そして、その部屋から別の部屋に移ることはなかったのだから、ここに来るのは間違いなく初めてだと思う。


 だが、オレは、何故か、この場所に来たことがある気がしたのだ。


 一面が白い霧で覆われていて、自分の周囲は全く見えない。


 だけど、無駄に広いことだけはよく分かる。

 どんなに手を伸ばしても、この部屋の壁に手が届く気がしなかった。


 だが、外に出たという気もしない。

 風のような空気の流れもなく、鼻に集中してもこの場所の匂いすら全く感じないのだ。


 そんな不思議なこの空間は、あの少女漫画の中で、何度か出てきた「白い世界」によく似ていた。


『お手をどうぞ』

 そんな言葉と共に、導きの女神ディアグツォープ様のものと思われる真っ白な手が上を向けて差し出された。


 その行動もどこか覚えがあるものだった。


 これは……、あの少女漫画にあった言葉通りの意味なのか?

 いや、あれは人間たちの文化のはずだ。

 神の世界では少し違うかもしれない。


 だが、とても印象深い話だったので、よく覚えている。


 あの世界では、手を重ねて移動する行為は、「その相手を信頼する」という意味があったはずだ。


 そして、手を上に向けた相手は手を引いて「導く」という意味も。


 その行動を「導きの女神」と呼ばれる存在がしているのだ。

 嫌でも深読みしたくなるだろう。


 だが、今はその手を取る以外の選択肢もなかった。

 それだけ、この周囲が真っ白で、1,2メートル先も良く見えないのだ。


 多少の気恥ずかしさはあるものの、手を引いて歩いてもらわねば、情けないことに目的の場所に辿り着ける気がしなかった。


 オレは素直に自分の手を重ね、導きの女神ディアグツォープ様に先導されるまま、進んでいく。


 まるで、山の中で濃霧に突っ込んだ時のようだ。


 下手に車のライトを照らすのも難しいような視界で、このまま前に進めば二度と戻れないような錯覚に陥るところまでよく似ている。


 異空間に迷い込んだような漠然とした不安だけがあり、なんとなく、何度も後ろを振り返りたくなる。

 それだけに、この重ねられているだけの手が妙に心強く思えた。


 オレ、一応、本当は男なのに情けねえな。

 ハルナは……、大丈夫だっただろうか?


 だが、どこまで歩くのだろうか?

 室内……、だったよな?


 そこらの陸上競技場よりもずっと広い距離を歩いている気がしてきた。


 いや、この世界の空間比率はいろいろおかしかった。


 外見と屋内部が違いすぎることにあの少女漫画の主人公が何度も突っ込んでいたのを読んでいる。


 そんなことを考えていた時だった。


『着きましたよ』

 そう言って、導きの女神ディアグツォープ様が足を止めたので、オレもそこで止まることになった。


 周囲の風景に変化はない。

 オレと導きの女神ディアグツォープ様の二人だけ……だと思ったけど、違ったようだ。


『「アルズヴェール」か……』


 周囲に響き渡る声。


 オレは周りを見渡したが、そこには導きの女神であるディアグツォープ様がその金色の長い髪を揺らしているだけだった。


 だが、この声を……、オレはどこかで聞いたことがある。


 あれは確か……。


『報告を聞く』

 思考の途中で、そう遮られてしまった。


 どうやら、これ以上、考えてはいけないらしい。


「畏まりました。報告させていただきます」

 オレはそう一礼をして報告を始めた。


 尤も、そんなに報告できることがあるわけではなかった。

 まだたった一月ほどで、何か目に見える成果が出ているはずもない。


 今のオレに話せることと言ったら、火の大陸の現状と、そこに住んでいる神官から聞いた現地の声ぐらいだろう。


 そして、それによる「赤イケメン(笑)」からの意見や、オレの考えを合わせて、できる限り伝えるようにした。


「以上をもって、報告とさせていただきます」

 それを結びの言葉として、さらに一礼する。


 オレが報告する間、相手からの反応は全くなかった。

 だから、こんな形で良かったのか、悪かったのかも分からない。


 だが、これで、オレの報告は終了である。


 何らかの問いかけがあれば、話のしようもあるが、それも相手からの反応がなければ成り立たない。


 後はどうすれば良いのだろうか?


 思わずすぐ近くにいる導きの女神ディアグツォープ様を見るが、白い霧に包まれているため、その表情はよく見えないままだった。


 でも、なんとなく微笑んでいることだけは分かる。


 これは……、他にもまだ何かしろということか?

 それとも、素直に相手の反応を待てということか?


 どれが正しいのか分かんね。

 本当のオレはまだ社会に出た経験はバイト程度の学生なんだ。


 そんなオレに、無言の駆け引きという高度な芸当を求められても本気で困る。


 思わず、大きな息を吐きかけたが我慢して、背筋を伸ばしたまま、前を見た。


 恐らく、これすらもオレたちは試されているのだろう。


 最後まで気を抜くな。

 本当の勝負はここからだとオレの中で、何かが言っている気がした。


 大丈夫だ。

 我慢比べだと分かっているなら、逃げる気はしない。


 オレはその何かに向かってそう答えた。


 そんな時だった。


『なかなか面白い報告だったぞ、アルズヴェール』

「あ?」

 意外な言葉に、オレは思わず間抜けな声を漏らしてしまった。


 いや、まさかオレが長期戦を覚悟した直後に、あっさりと声をかけられるなんて思わないよな?


「失礼いたしました」

 そのまま頭を下げる。


 だが、「面白い」?

 それは報告の評価としてどうなのだろうか?


『随分、あのジエルブと心が通っているようだな』


 ジエルブ?

 ああ、オレの相方である「赤イケメン(笑)」の名前だったな。


 だが、アイツと心を通わせた覚えなどない。

 アイツが勝手にオレの心を読んでいるだけだ。


 そして、当然ながら、オレにはアイツの胸の内なんかさっぱり分からん。


『今はそれで良い』


 今は?

 恐らく、オレの心を読んでの言葉だとは思うが……、その意味はいくら考えてもよく分からない。


 どんな超常現象によるものかは分からないが、オレはこの世界を救うために「救いの神子」として、この身体に意識だけが宿った。


 これがあの少女漫画の世界の過去かどうかもよく分からないままだ。


 あの少女漫画の主人公は、平凡に見えても、実は、かなりチートなぶっ壊れ技能(スキル)持ちだった。


 作中で何度も「テンサイ」と言われるような存在。


 だが、本当の意味でその他大勢にすぎないオレに、そんな特殊スキルなどない。

 もしかしたら、「神子」であるこの身体には備わっていたのかもしれないが、心と身体が異なる時点で、使いこなすことはできないだろう。


 あの世界の魔法や法力と言った才能は、魂に宿っているとされているのだから。


 だが、本当にあの少女漫画の世界の未来へと繋がるというのなら、あの少女漫画に強く心を揺さぶられた人間としては、気合を入れて臨むしかないのだろう。


 それが、例え……、自分の生まれた世界との別離を意味していても。


 だが、そんなオレの甘っちょろい覚悟は、神という存在を前にして、無惨にも砕け散ることになる。


 この時点で、既に()()()()()していて、そこに本当の意味での「救い」などどこにもなかったのだ。


 だが、この時点のオレは当然ながらそんなことも知らなかった。

 オレが理解するのは、全ての舞台が整った時である。


 そして、その時のオレは、「アルズヴェール(救いの神子)」と「境田光(人間)」の立場から、究極の選択を迫られることになるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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別視点
乙女ゲームに異物混入
別作品
運命の女神は勇者に味方する』も
よろしくお願いいたします。

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