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少女漫画に異質混入  作者: 岩切 真裕
【第3章】少女漫画を知っているのに
35/60

神子たちは一月ぶりに顔を合わせる

 昔読んだ少女漫画の過去によく似たこの世界で、何故か女の身体に憑依してしまって、約一カ月。


 あの少女漫画の世界もそうだったのだが、この世界のカレンダーは、オレたちの住んでいった世界とは違う。


 一年が十二(つき)あるのは同じだが、どの月も31日あるのだ。

 そして、ずっと同じ31日間だから……、一年は372日あることになる。


 だが、一週間はオレたちの世界と同じ7日で一区切りらしい。


 オレたちの世界のように天体を参考にした七曜の考え方ではなく、単純にこの世界は7という数字が好きらしい。


 大陸も七大陸、属性も七属性などと、とにかく、「7」に囲まれている。


 あの少女漫画の主人公も「また7か」などと言っている場面があった。

 ラッキーセブンだからか?


 ハルナの話では、その少女漫画を元にした乙女ゲームでは、30日間、好きなように活動して、月末の31日目に創造神への定期報告日というものが存在したらしい。


 そして、今日がその定期報告の日ということになる。


 この世界に来たばかりの頃、導きの女神ディアグツォープ様も、定期的に報告の場を設けると言っていたから、恐らく、このことなのだろう。


 たまにオレの部屋へ現れる「赤イケメン(笑)」もそんな話をしていたし。


 あの「赤イケメン(笑)」、オレが、午前中にハルナと書物庫で会っていることを知っているらしく、わざわざ午後に来るんだよな~。


 面倒だけど、アイツの話って結構、重要っぽいんだ。


 そして、意外にもオレが担当している火の大陸の状況を細かく見ていやがる。

 あんな嫌味なヤツだけど、仕事はちゃんとする男らしい。


 いや、嫌味な男ほど仕事がデキるってあれか?

 どこまで腹立たしい存在なのか?


 それにしても、定期報告って、何を報告しろと言うんだろうか?


 オレは、最初の日に案内された部屋に座って待たされていた。

 横にはハルナがいて、他の神子たちも一人を除いて皆、揃っている。


 いないのは……、闇の大陸の担当、リアンズだ。


 あの女は最初の宣言通り、この世界を救うのが面倒だから関わらない道を選んでいるらしい。

 オレも許されるならそれを選びたいところだが、選べない事情もある。


 横にいる黒髪の女を見た。

 彼女も真剣に何かを考えているようだ。


 この一カ月。

 今、横に座っているハルナと会話したり、目を輝かせた神官と会話したり、「赤イケメン(笑)」と会話したりと特定の人間と会話しかしてねえぞ?


 細かく言えば、それ以外にもオレの世話役であるロメリアと料理チャレンジしてみたこともある。


 この世界の料理はおかしい。

 そう結論付けられただけだった。


 いや、マジですげ~わ。

 あの化学変化。


 根菜を水で茹で始めて、僅か5分で炭化する現象なんて初めて見た。


 一人暮らしして鍋を焦げ付かせたことは何度かあったが、沸騰することもなく炭化だぜ、炭化!

 それもガサガサの黒い炭!


 いや、あの少女漫画にも料理は難しいと何度も言われているけど、これほど法則性が分からんとは思わなかった。


 ロメリアが言うには、炭化だけでなく、灰になることすらあるらしい。


 灰……、物質が燃え尽きて残った粉末状のもの。

 有機物を高温で燃やし、完全燃焼した跡に残った個体。


 いかん。

 あの時のことを思い出して、現実逃避していた。


 報告か~。

 横に座っているハルナは得意そうだよな。


 彼女は社会人経験があるし、記録の纏め方も上手いのだ。


 あの少女漫画の舞台となった時代なら、情報国家の国王陛下自らがスカウトに乗り出していたかもしれん。


 あの女好きの国王陛下(エロ親父)は主人公の母親と同年代なのに、その母親だけでなく、自分の息子よりも若い主人公にすら、手を出してるんだ。


 あの場面は本当に腹が立つ。


 そう考えると、この世界が、あの少女漫画の世界と同じ時代ではなかったことを幸運に思うしかない。


 横からふと大きく息を吐かれた。


『どうした? ハルナ』

 思わず小声で声をかける。


「何をどう報告したものかと思いまして」

 いつになく、丁寧な口調で距離をとられた。


 この場で、いつものように馴れ馴れしい態度をとるなということらしい。


「真面目だな、ハルナは」

「立場上、不真面目よりは良いと思いませんか? ヒカル」


 いきなり自分の名を呼ばれた。

 これは、なかなかの不意打ちだ。


 オレが思わず口元を押さえると、ハルナも得意げな顔をした。


 ハルナは日頃からオレのことをこの身体の名前である「アルズヴェール」と呼ぶが、たまに中身の名前を呼んでくれる。


 オレがそう願っていることを分かっているのだろう。


「一応、資料を纏めてはきましたが……、どういった形でプレゼンをするのかも分からないので、困っています」

 ハルナは手にした紙の束を見つめている。


 先ほどの溜息は疲れではなく、困惑や不安から来たものだったらしい。


「本当に真面目だなぁ……」


 何事にも万全に取り組む姿勢は好ましい。

 ずっとそうして生きてきたのだろう。


 だが、これでは確かに男は寄り付かなかったかもしれない。


「ハルナ……。多分そこまで気合を入れてるのはお前だけだ」

「へ?」

 彼女はオレの言ったことが分からなかったようなので……。


「周りを見てみろ。お前とは全く表情が違う」

 周囲を見るように促した。


キャナリダ(BLスキー)は落ち着きなくキョロキョロしているし、その横にいるトルシア(肉食系女子)も似たようなものだ。


 その様は、どこか合コンで待ち合わせている女たちを思い出す。

 男がこの場にいないせいか、肉食獣の得物を見定める眼にはなっていない。


 マルカンデ(男性不信)も所在なく視線を動かしているが、その二人ほど酷くはない。


 シルヴィクル(姐さん)は、一見、落ち着いているようだが、天井に視線を動かしては、少し手遊びのように机上で指を絡めたり、髪を弄んだりと、やはりソワソワ気分が隠しきれていなかった。


 こっちはアレだな。

 講義中だというのに、その日にある合コンの時間の方を気にする女。


 中身は乙女心を忘れていないことはよく分かる。


「定期報告……、だよね?」

 緊張感の欠片もない周囲の雰囲気を察したハルナは、不安そうにオレに確認する。


「そう聞いていたんだけどな」


 定期報告の場という言葉をまともに受け止めていたのは、オレとハルナだけだということだ。

 人類が衰退の危機にあるという実感がないのは、大陸の民たちだけではなかったらしい。


 大丈夫か?

 この世界。


「一か月で変わっちゃうもんだね」

「いや、これはちょっと変わりすぎだろ」


 最初に会った時は、見知らぬ人間同士ということで、腹の探り合いとかもあった。


 牽制もあったり、それぞれが情報交換しつつも、相手への警戒は怠らない程度の意識はあったと思う。



 これはアレだ。

 合コン前というよりも、新しく彼氏ができた女の雰囲気によく似ている。


 改めて思う。


 こんな神子たちで大丈夫か?

 この世界。


 大丈夫だ、問題ないと言い切れるか?


 なんか、面白くねえ。

 あの少女漫画を知らないハルナだって、この女どもと同じように「乙女ゲーム」をやっているのだ。


 それでも、神のヤツらとの恋愛を楽しまず、与えられた役割を頑張ろうと一生懸命やっていることをオレも知っている。


 あの少女漫画を知っているのに、どうして、世界よりも自分たちのことしか考えていないんだ?


 あの少女漫画で「救いのみこ」と呼ばれた存在が、どういう扱いだったかを知っているはずだろう?


 人類最初の「聖女」だ。


 あの少女漫画では「ラシアレス」ばかりに焦点が当てられていたけれど、その事実は変わらない。


 「救いのみこ」は7人いて、その7人のおかげで、世界が救われたはずなのだ。

 オレを含めて、人選を明らかに間違えてねえか?


 ふと、横から視線を感じる。

 ハルナの黒い瞳がオレに向けられている気がした。


「どうした?」

「いや、あなただけでも変化がなくて良かったよ」

 ハルナがそう言って、困ったように笑った。


「流石に、このハートが飛んでいるような居心地の悪い状態であまり孤立はしたくないからね」

 周囲を見回しながらもそう言葉を続ける。


 どうやら、やはりハルナは他の女どものように、恋愛方向に突き進む気はないらしい。


 だけど、オレに変化がない?


 自分では、この一カ月ぽっちで十分すぎるほど変化しているんだが?

 自分でもこんなにチョロいとも思っていなかったぐらいなんだが?


 この女……。

 本当に恋愛方面に疎いんだな。


 これは先が長そうだ。


「お前な~……」

 オレがそう言いかけた時……、部屋にあった扉が動くのが見えたので、慌てて、口を(つぐ)んだ。


 そして……、その奥からようやく出てきたのは―――――。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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別視点
乙女ゲームに異物混入
別作品
運命の女神は勇者に味方する』も
よろしくお願いいたします。

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