火の神子は神の意思を伝える
今年最初の投稿となります。
改めて、よろしくお願いいたします。
「『神官』は『神子』に何を求めますか?」
オレはできるだけ、笑みを浮かべる。
現実の自分が笑ったところで野郎の趣味ではないだろうが、オレの目で見ても、平均以上の女が微笑んでいるのだ。
流石に分かりやすく好色な視線を向けるほどの神官ではないだろうが、神官の中には「神女」と呼ばれる女たちを下に見る男も多いとあの少女漫画にはあった。
好みなら好意を得ようとする表情になるだろうし、整った顔が苦手なら負の感情を浮かべるかもしれない。
仮に不能とか、異性に興味がないという人種であっても何らかの反応を見せてくれるとは思う。
さて、オレの言葉を受けて、目の前の神官はどんな反応を見せるだろうか?
『私が、アルズヴェール様に求めること……ですか?』
目の前にいる神官……カリエンテは、少し考えて……。
『神に祈りを届けていただくことは可能でしょうか?』
少しだけ微笑みながら、そう答えた。
どうやら、相手は個人の感情よりも任務を優先するらしい。
その真摯な表情にはオレを異性だと見下すような視線もなかった。
そのことに少しだけ安堵する。
だが……。
「神に祈りを……?」
その言葉が少し気になった。
『はい。我々の住む地は荒れ果て、今や一刻の猶予もないような状況にあります』
「地が荒れ果てて……?」
そう言えば……、「赤イケメン(笑)」から見せられた景色は、一面の砂漠から始まった。
そこは後に「魔法国家」と呼ばれる国が興る場所によく似ていたのだ。
だが、現時点では何もなかった。
「貴方たちが住む場所『火の大陸』は、どの大陸よりも神の影響が強いと聞いています」
そう口にしてから気付く。
それって……、あの「赤イケメン(笑)」のせいじゃねえか!?
アイツ、あんなノリでも、この大陸を護る神って話だったよな!?
『どの大陸よりも神の影響が……?』
幸いにしてカリエンテにはオレの動揺は気付かれなかったようだ。
『し、しかし……、アルズヴェール様!! それならば何故、我が大陸はあんなにも荒れ果てているのでしょうか?』
「神の御力は、人間の身に余るもの。そのために、人類が少なければその力を押さえきれず、土地が荒れ果ててしまうようです」
正しくは、神の力は人間を救うものではないからだ。
だから、神の力がその土地に有り余っていても、人間は救われない。
しかも、火の大陸の神……、つまり火属性の魔力が空気中に充満しているのだ。
土地が乾燥し、荒れていくのは当然の結果だろう。
「なるほど……」
カリエンテは考え込んだ。
「つまり、アルズヴェール様は我々の力不足だと、そうおっしゃるのですね?」
「力不足というよりも人手不足ですね。それとも、神官である貴方は人間が一人で神の御力を押さえきれるなどと傲慢なことを言いますか?」
オレは神官のどこか棘のある問いかけに対し、答えた上で、さらに問いを返した。
質問に質問で返すよりはずっと良いだろう。
そして、これなら、相手からの反論もない。
神官だからこそ普通の人間以上に知っているはずだ。
神という出鱈目な存在を。
「神力」という理不尽なものを。
「どうですか? カリエンテ?」
神官が「神子」に勝てると思うなよ?
オレは直々に「赤イケメン(笑)」と話をしたんだ。
そして、結論まで伝えられているんだぞ?
「それとも、神より直々にお言葉を賜った私の言葉を疑いますか?」
オレが追撃を放つと、俯きがちだったカリエンテが顔を上げる。
『あ、貴方は神からの言葉を……「神言」を賜ったと?』
あ。
疑ってやがるな。
しんげん……。
確か、神からの言葉だったはずだ。
あの少女漫画の主人公が戦国武将を思い起こしたため、護衛から突っ込まれる場面があってその一連の流れに笑ったことを覚えている。
「その通りです、カリエンテ。そして、それが神子である私の役目なのでしょう?」
実際、対面して言われたことは告げない方が良さそうだな。
逆に疑わしいかもしれない。
神の言葉を耳にする方が確率は高かった覚えがある。
確か、この世界では、「占術師」と呼ばれる占い師みたいなやつらがそんなことができたはずだ。
「私の言葉を疑うのは仕方ありません。ですが、このままでは知性ある精霊族や、魔力を持つ魔獣は住まわず、人間だけで現状を打破する以外の道がないでしょう。そして……、いずれ、この大陸は滅ぶと神は告げられました」
そして、次は「風の大陸」の番だとも。
「貴方はどの道を選びますか? 神の言葉を信じ、この大陸を護るために邁進を続けるか? それとも、神子である私の言葉を疑い、大陸と共に滅びの道を歩むか?」
神官として、神の言葉を疑うと言う選択肢はないだろう。
だから、疑うなら、「神子」の言葉なのだろう。
だが、カリエンテは跪く。
そして、最初の挨拶よりももっとしっかりしたこの大陸の最敬礼を長く深くした。
「心よりアルズヴェール様にお仕えさせていただきます」
そんな言葉とともに。
どうやら、今、オレはこの神官にちゃんとした神子として認められたらしい。
オレとしても、この状況はかなりの「無理ゲー」……、いや、「難ゲー」なのだ。
一人でも使える味方が欲しい。
「嬉しいです、カリエンテ」
そんなオレの言葉にカリエンテが顔を上げる。
だが、その瞳は……、なんだろう?
先ほどよりも輝き成分が強まっている気がした。
あれ?
この神官って、光属性も持っていたか?
そんなことを考えてしまうほど、その瞳の輝きが違い過ぎたのだ。
「本物の神子であるアルズヴェール様にそのようなお言葉をかけていただけるなど……」
ちょっと待て?
その言葉には妄信的な色が含まれているように聞こえたぞ?
「神からのお言葉を……いや、貴女のお言葉を承りました」
ちょっと待て!?
神官であるお前が仕えるのは、表面上は神子であっても、本当の主人は神だよな?
そのために、「正神官」になる時、生涯仕える存在として、多くの神々から「主神」を選ぶんだよな?
いや、その儀式は多くの神官たちを認定、輩出する「法力国家」が力を持ち出してからの話なのか?
分からん。
あの少女漫画にそこまでの描写は確かなかった。
いや、動揺するな。
オレは神子だ。
だから、あの少女漫画の主人公のように開き直れ!!
「心強い言葉です」
笑え、表情筋!!
今は引き攣るな!!
例え、目の前の男から先ほどまでなかった異様な熱を感じても!!
「それでは神官である貴方に神の言葉をお伝えいたしましょう」
オレは息を吸って、吐く。
「大陸を滅ぼしたくなければ……、『人類を増やせ』」
できるだけ、威厳を持たせたつもりだ。
だが、もともとただの学生でしかないオレにそこまでの威厳があるはずはない。
だから、後は、この姿に任せる。
平均以上に整った容姿を持つ救いの神子「アルズヴェール」。
その本来の魂も、この身体のどこかに眠っているはずなのだから。
『人類を……』
カリエンテは熱のこもった瞳を向けたまま、どこか茫然と呟く。
ああ、後もう一つ。
伝えておかなければいけない。
「そして、これは私からの言葉です」
あの「赤イケメン(笑)」は言っていた。
あの砂漠こそが一番、神の力が宿っていると。
そして、あの少女漫画にもあったのだ。
国の中心は神の加護……、大気魔気と呼ばれる空気中の魔力が濃密な「神気穴」と呼ばれる場所に置くことになっている、と。
そこに国を興して、その神の加護が行き場を失くして暴走しないように、人間たちが蓋の役目を担うために。
「時間はかかっても良いので、大陸で一番、荒れ果てている所に国を作りなさい」
『な、なんと!?』
「そこが一番、大陸神の加護がある場所。必ず、貴方たちを繁栄させてくれることでしょう」
救ってはくれないけどな。
砂漠の中に興された魔法国家はやがて、消滅する。
だが、それまではずっと火の大陸の蓋の役目を果たしていたのだ。
そして……、蓋が無くなった後は、再び火の大陸は荒れてしまうことになるが、それは恐らく遠い未来の話。
『しかし、荒れているところ……?』
「貴方が住まう大陸には砂漠……、砂しか存在しない土地があるでしょう? そこに水路を引き、城壁で国を囲んだ後、その場所を……まだ大陸に残っている長耳族に結界を張るようお願いするのです。そうすれば、恐らく、大陸の滅びは治まるはずです」
火の大陸である魔法国家は結界で護られる城塞都市と言われていた。
その結界は「長耳族」と呼ばれるオレたちの世界で言う「エルフ」に似た精霊族たちの手で張られたはずだ。
それならば、まだこの時代にその「長耳族」は潜んでいると思われる。
あの少女漫画の時代では、火の大陸の「長耳族」は既に滅んでいたが……、この時代に譲位種族である精霊族を虐げる考えはなかったはずだ。
『あ、アルズヴェール様は一体どこまでお見通しなのでしょうか?』
まあ、この知識は俗に言う「異世界チート」に近いかもしれん。
だが、オレはあの「ラシアレス」を護るためにはどんな手段も使うと決めた。
タイムパラドックス?
そんなもの知ったことか。
それを承知で、未来からオレたちを引っ張ってきたのだろう?
だから、オレは笑って口にする。
「全ては神のご意思です」
そんな心にもないことを。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




