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少女漫画に異質混入  作者: 岩切 真裕
【序章】目の前には「理想の女」
3/60

中身は違うけど

「マジかよ……」

 オレがそう呟きながら、頭を掻く姿を見て、目の前にいる黒髪の女は何かを察したらしい。

 

「あなたは……、もしかして、中身は男の人?」

 どこか緊張したような声。


 だから、オレは敢えて、平静を装いつつ、返答する。


「おお」

 その短すぎる言葉に、黒髪の女はよろめくような姿勢となった。


 分かりやすい動揺。

 そうだよな~、金髪の……、恐らく、それなりに可愛いであろう女の口から野郎が吐くような言葉が出てきたら、ショックだよな。


 しかも、先ほどまでは「女」を意識した口調だったが、今の返答は女でするのは珍しい種類の言葉だ。


 つまり……、この黒髪の女の中身はちゃんと「女」らしい。


 なんで、オレだけ?


 いやいや、待てよ?

 先ほどの声は「7人」と言った。


 そして、あの少女漫画に出てきた「救いの神子」も確か7人だったはず。

 もしかしたら、他にも同じ境遇の野郎もいるかもしれない。


 そこで……、ふと思い出したことがある。


 確か、あの少女漫画はゲームにもなっていたはずだ。

 女どもが喜びそうな「イケメン(笑)」がいっぱい出てくるヤツ。


 しかも、あの少女漫画を原作としているはずなのに、その登場人物が一切、出てこないスピンオフのような設定だったと聞いていた。


 姉貴は買ったけど投げた。

 文字通り、コントローラーが宙を舞った。


 確か、あの時は「『救いのみこ』なんて、知らねえよ!! 光の国王陛下を出せ!!」の台詞とともに、コントローラーがぶん投げられたのだ。

 あれ、オレのコントローラーだったんだが……。


 それに、オレ、姉貴が気に入っているあの王様は嫌いだった。


 事あるごとに、主人公に手を出しやがるから。

 年、考えろよ、エロ親父と何度思ったことか。


 だが、あの発言を思い起こせば、もしかしたら、あの少女漫画に出てきた「救いの神子」の世界を舞台にしていたかもしれない。


 ゲームの方には全く興味が湧かなかったから、詳しくは覚えていない。


 そうなると……、この世界はどっちだ?


 少女漫画の世界から遥か昔の話か?

 それとも、それを舞台にしたゲームの話か?


 ゲームの可能性が高いな。

 先ほど、この女は、今のオレの容姿についてかなり細かく説明した。


 少女漫画の「救いの神子」については、そんな詳しい容姿の説明はなかったはずだ。

 それに、この服装だって、遥か昔の物には見えない。


 どちらかと言えば、近代的と言えるだろう。


「貴方がその可憐な見た目に反して中身が男性なのは分かりました。そして、貴方も現状は理解できましたか?」

 オレが考えている間に、先ほどの動揺から回復したのか、黒髪の女はきりっとした顔を見せた。


 でも、垂れた眉がいろいろと台無しにしている。


「お堅い口調だな、あんた」


 いろいろ勿体ない。

 ああ、でも、あの少女漫画の主人公もそんな感じだったか。


 知らない人間には基本的に敬語だったな。

 ここまで堅苦しい口調ではなかった気がするけど。


「あ~、でもよく分からんが、理解はした。あんたの容姿が、『ラシアレス』に似ているように、オレもその『アルズヴェール』って女の姿ってことだな」

 少なくとも、オレの身体が女で「ラシアレス」という名前なのは分かった。


 今は、それだけ分かれば良い。


「そのようですね」

「調子狂うな、その外見でその口調」

 本当に勿体ない。


 笑うと可愛いだろうに、にこりともしないのだ。

 ……真面目な委員長タイプか。


「で、あんたはどっちの『ラシアレス』だ?」

「……と言うと?」

「原作とゲーム」

 この世界がゲームの方なら、少女漫画の方は「原作」と言った方が良いだろう。


「原作にも『ラシアレス』っているのですか?」

 不思議そうな顔で問い返された。


 どうやら、この女は少女漫画の方は知らないらしい。


 勿体ない。

 だが、女からといって、少女漫画を必ず読むものでもないことは知っている。


 男だって、少年漫画を必ず読むわけでもないし。


 何より、この世界には少年漫画、少女漫画が多すぎて、その全てを読むことなんてできないだろう。


「なるほど、原作未読ってことか。それじゃあ、ここがどっちかは判断できんな」

 オレは明言を避けた。


「多分、ゲームの方だと思いますよ。『ラシアレス』と『アルズヴェール』だから。それならば、間違いなくゲームの主人公たちの名前です」

 疑いもなく、自分の意見を言う女。


 口調はしっかりしているけどちょっと危なっかしいな。

 思い込んだら、考えを曲げないタイプだとみた。


「『アルズヴェール』も原作に名前は出てくるんだよ。原作にガッツリ関わる『ラシアレス』と違って、本当に名前だけだがな」

「なるほど」

 そして、素直だ。


 初対面の人間に対して、あまり、警戒心を見せない。

 こんな所は、あの少女漫画の主人公に少しだけ似ている気がした。


「わたしは『宮本(みやもと)陽菜(はるな)』と言います。あなたは?」

 そのまま、自然に、自己紹介をされた。


「オレは『境田(さかいだ)(ひかる)』。二十歳の大学生」

 だから、何も考えずに自己紹介を返したが……、相手の素性がよく分からないのに、この反応は少し、不用心だったか?


「あんたの年齢は? 三十路ぐらい?」

 年齢を言わなかった辺り、若さに自信がある年とは思えない。


 だが……、実際はもう少し若い気がする。

 口調は固いが……、23、4ぐらいか?


「社会に出てまだ数年の若輩者です。まだ三十には至りません」

 さらに本当の年齢を隠す。


 だが、30歳は否定したい年齢。そうなると、四捨五入をすると、30歳になりそうな年齢か。


「28ぐらい……だな」

 多分、25,6ぐらいだと当たりを付けたが、そう言ってみた。


 その反応で、判断しようか。


「それより、中央に行きませんか?」

 誤魔化した。


 でも、少しだけ口元が何か言い返したそうな動きを見せたから、それよりも若いことは間違いないだろう。


「先ほどの声しかこの先の案内はなさそうですよ?」

 そう言って、オレに向かって手を差し出した。


 握れと言うことか?


「……みたいだな」

 この女、会ったばかりで気を許し過ぎじゃねえか?


 それも……、見た目はともかく、中身が男って分かっているのに。

 まさか、女に興味がないように見えるのか?


 腐った思考の持ち主なら、それもあり得るのか。


「先に言っとくけど、オレには彼女がいるからな」

 もう別れる予定の女だし、もう会える気もしないが、嘘は言っていない。


 オレがそう言うと、女は少しだけ目を見張って……。

「大丈夫です。わたしにも選ぶ権利はありますから」

 そう笑顔で答えられた。


 どうやら、牽制と思われたらしい。


 だが、やはり笑うと可愛い。

 それに、声も可愛い。


 それに……、もう少しだけ、揶揄いたくなった。

 もっといろいろな反応を見てみたい。


「良く言う。良い年して、乙女ゲームなんてものをやってるような女だろ?」

 確か、イケメン(笑)たちが出てくる乙女ゲーム? だったはずだ。


 違ったら違ったで、別の反応が返ってくるだろう。


「10年ほど昔のゲームです。普通に考えても、学生時代やっていると思いませんか? ああ、あなたは、今、リアルで学生やっているのでしたね」

「……10年?」

 そうか……。

 あれは、そんなに昔のゲームなのか。


 あれ?

 だが、姉貴にコントローラーを投げられたのは、オレが中学……、受験生の時期だったはずだ。


「もしかして、わたしとは時代が違いますか?」

 黒髪の女はそんなことを確認する。


「いや……多分、同じくらい……だと思う。オレはゲームの方をやってないからはっきりとは言えないけど……」

 その可能性は考えなかった。


 だが、姉貴がそのゲームに手を出したのも遅かったはずだ。

 もともとゲームをする姉ではなかったのだから、やると決めた時期もずれていたはずだ。


「なるほど、でも原作を読み込んでいるのですね」

 その言葉に、心臓を掴まれた気がした。


 その女の顔に、姉貴がオレの弱みを握った瞬間の笑みを見た気がする。


「か、勘違いするなよ!? 原作もゲームも姉貴が買ってたから、たまたま知ってただけで、オレは一切、それらに関わっちゃいねえ!!」

 本当のことだが、言い訳がましくなっているのが、自分でもよく分かった。


「でも、原作はしっかり読み込んでますよね?」

 さらに強く言われる。


「な、何を根拠に……」

 ああ、駄目だ。


 これは姉貴と似たタイプの女だ。

 僅かな言葉尻を的確に捕らえて、深く突っ込んで、更なる弱みを握りつぶしにくる。


「原作に『ラシアレス』はガッツリ関わっていて、『アルズヴェール』は名前だけしか出てこない……でしたっけ?」

「ぐっ!」


 ああ、駄目だ。

 しっかり追い込まれた。


 思わず、オレは両膝を付いてしまった。


「ほらほら、『アルズヴェール』? いつまでもそんな所に(うずくま)っていては、原作にしても、ゲームにしてもお話は始まりませんよ?」

 それを見て、満足したのか、その女は軽い足取りで、部屋の中央に向かい出した。


 しかも、スキップしそうなほど喜んでいることだけはよく分かる。


「この女~」

 だが、相手は姉貴(みうち)じゃない。


 それなら、やりようもある。


「外見は『ラシアレス』」


 その中身は明らかに違うことが分かっているが、ここまで似ていれば、「理想の女」と思い込めないこともない。


 オレはその女に近付く。


「ならば、オレの方には問題ない」

 そう言いながら、その黒髪の女の肩を抱き、そのまま唇を軽く重ねた。


 それは、オレにとっては些細なこと。

 調子に乗った女を黙らせるには手っ取り早い行為。


 それが、「可愛い」と思えるような女なら、得した気分になるぐらいだ。

 


 だけど、オレはこの行動を、後に後悔することになるのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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別視点
乙女ゲームに異物混入
別作品
運命の女神は勇者に味方する』も
よろしくお願いいたします。

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