神子と神官を繋ぐ場所
「さてと……」
オレは、「赤イケメン(笑)」たちが「鏡の間」と呼ぶ部屋の前に立っていた。
正直、気が進まない。
気が進まなくても、現状の理解は大事だと、自分に納得させる。
ここは「神子」と「神官」を繋ぐ場所……らしい。
それ以上のことはよく分からない。
「私は入ることを許されていませんので、ここでお待ちします」
オレを案内してくれたロメリアはそんなことを言った。
「ここで? 結構、待つことになるかもしれないのに?」
なるべく、男言葉にならないように気を遣いながら話す。
「問題ありません。アルズヴェール様は私のことなど気になさらず、お過ごしください」
ロメリアはそう言ったが、あまり彼女を待たせたくはない。
「部屋に戻っても……」
「大丈夫です」
食い気味に答えられた。
待っていてくれるのはありがたいが、こんな人気のない場所で待っていて、他の神からちょっかいをかけられたら困る。
それだけ、ロメリアの顔は整っているのだ。
「それならば、ロメリア。いくつか、約束してくれる?」
「約束……ですか?」
不思議そうな顔をして問い返される。
「知らない人間には付いていかない。それと、無理矢理連れて行かれそうになった時は、大声を上げること」
「……幼子扱いですか?」
どこか呆れたような返し。
確かに小さな子供に言い聞かせるような言葉ではあるが、それは違うのだ。
「違う。これは、綺麗な女性に対する大事な忠告だよ」
オレがそう言うと、ロメリアは一瞬、目を見開いたが、すぐにいつもの表情に戻した。
「そんなことに思い至った経緯を伺ってもよろしいでしょうか?」
「見た目が整っている女性を見ただけで、邪な考えを抱くヤツは少なくない。タチが悪い男ならば力尽くでどうにかしようとするヤツだっているの」
ロメリアは火の大陸出身者だ。
それならば、ある程度、魔法に自信があるとは思う。
だが、それは人間ならともかく、神が相手ならばそうはいかない。
「私のような可愛げのない女でも……ですか?」
「何、言ってるの? ロメリアはかなり綺麗なんだよ!?」
自覚がないのか?
確かに、あの少女漫画では、この世界の人間たちは、見目の良いものが多いという設定があった。
実際、「アルズヴェール」や「ラシアレス」だけではなく、他の「神子」たちだって平均以上の容姿をしている。
だが、このロメリアだって、負けていない。
正直、これが使用人……、モブ扱いが許せないほどだ。
「だから、注意して! 絶対!!」
彼女の両肩を掴んでそう注意すると、ロメリアはその瞳を見開いたまま、口をパクパクと開閉させた。
あれ?
オレはそんなに驚くようなことを言ったか?
「ロメリア?」
なんとなく呼びかけると……、ロメリアの瞳がいつもの光を宿す。
「わ、分かりました」
オレからすっと距離をとると、そう答える。
「ですが、それはアルズヴェール様も同じです」
「……私も?」
やべえ、「オレ」って言いかけた。
「はい。アルズヴェール様は我が敬愛すべき主人です。御身を大切に。ご無理だけはされないように願います」
そう言って、頭を深々と下げられた。
確かに、彼女だけではなく、オレも気を付けなければいけないのか。
忘れかけていたが、中身はともかく、見た目はか弱い女なのだ。
「分かった。気を付ける」
オレはそう答えた。
****
「じゃあ、行ってきます」
オレはロメリアにそう告げた後、部屋に入る。
そして、驚いた。
部屋に入ると自分の今の身体そっくりな人間と目が合ったのだ。
この部屋には広い鏡が7つあり、入口以外は幅が5メートルを超えるような鏡に囲まれていた。
それは、見事なまでに鏡の壁だった。
まあ、つまり、自分の身体そっくりな人間は、この鏡に映し出された姿だったわけだが。
一斉に自分が何人も重なって映し出されている状況というのは、テレビやアニメでたまに見る効果ではあるが、それを自分で体感する日が来るなんて驚くしかないだろう。
なんとなく少し、手を動かしてみると、当然ながら、鏡に映し出されている多くの自分たちも同じように手を動かす。
その動きを見て、なんとなく、ガキの頃に鏡を使って作った万華鏡を思い出した。
鏡でできた壁は金属製枠が付いており、それらが接着されている。
この部屋は上から見れば、八角形となっているようだ。
そして、その枠は、やはり七色に光っていて、さらにその上部には七色の石……恐らく魔石と呼ばれる石が付いている。
あの少女漫画の設定どおり、「赤橙黄緑青藍紫」に拘った世界なのだろう。
そして、オレが入ってきた入り口だけは白い枠組みで、鏡は張られていなかった。
だが、その扉には取っ手がない。
この入り口は触れて押せば、ちゃんと開くのだろうか?
少し、不安になって押してみると、動かなかった。
思わず叩いてしまったが、それでも何の反応もなかった。
この扉の外にはロメリアがいるはずだが、そちらからも何の反応もない。
これは……、役目が終わるまで、外に出られないパターンか?
一通り、押したり、体当たりしたり、叩いたりしたけれど動く様子もない壁を見てそう思った。
仕方なく、枠に囲まれた鏡に向き直る。
わざわざ七色の枠と石が用意されているということは、「火の大陸」の担当であるオレは赤を使えということだろう。
それとも、これはこの鏡を使えば、他の大陸とも繋がるということだろうか?
興味は尽きないが、問題があっても困る。
一応、「赤イケメン(笑)」に確認した上で、試してみよう。
赤い金属枠に囲まれた鏡の前に立つが、特に反応はない。
あの少女漫画の設定では、魔石は触れることで効果を発動するものが多かったから、あの赤い石に触れれば、良いのだろうか?
石は高い位置にあるが、このアルズヴェールの身体なら、手を伸ばせば十分に届く場所だった。
だが、あの小柄なラシアレスだと背伸びをしてギリギリかもしれない。
なんとなくその姿を想像して笑みが零れた。
オレはそのまま、手を伸ばして、赤い石に触れると、目の前の鏡だけではなく、周囲の鏡に映し出されていた自分の姿が歪んだ。
周囲の鏡だった物は、薄い赤一色に切り替わり、自室と同じような赤色の壁に変化する。
そして、目の前の鏡には現実のオレと変わらないような年代の、黒をベースにしてはいるが、赤色の線が目立つ衣装を着て、髪の毛の色も赤色で、瞳も赤色の男が映し出された。
あの相方の「赤イケメン(笑)」と同じような色合いなのに、服に黒が使われているだけで、随分、印象が違う気がする。
自信家風味を全面に押し出したあの「赤イケメン(笑)」とは違って、少しだけ気弱そうな印象がする優男だった。
まあ、顔は男のオレから見ても良いとは思う。
『初めまして、神子さま』
そいつはオレに向かって、そう話しかけてきた。
『私はフレイミアム大陸の神官で、名を『カリエンテ』と申します』
フレイミアム大陸?
火の大陸ではなくて?
確か、あの少女漫画では……、いや、待て?
あの少女漫画を全て信じるのは危険だった。
この世界はあの少女漫画とよく似ているけれど、全く違う世界なのだから。
「初めまして、神官様。私の名は『アルズヴェール』と申します」
相手から名乗られた以上、名乗り返すのが常識だ。
『アルズヴェール様……』
どこか恍惚の表情を浮かべ、その名を呟く神官。
やはり、この世界の神官もヘンタイなのか?
『神に仕える身として、聖女であり、神子でもある貴女にお目通りが叶いましたことに、心から感謝致しましょう』
そう言いながら、その神官は恭しく、火の大陸の最敬礼をする。
漫画で見たのとも、ロメリアの礼とも少しだけ違うその姿に、相手は同じ男だと言うのに見惚れて、言葉が出なくなってしまった。
神官、すげえ。
『それと神子様。私のことはどうか『カリエンテ』とお呼びください。勿論、敬称など必要ありません』
微笑んで、そんなことを言ってくれる神官。
だが、オレの頭にあったのは「覚えにくい名前だな」という、割と失礼な言葉だった。
「カリエンテ」、「カリエンテ」、「カリエンテ」……。
大事なことだから、二回と言わず、三回ほど口の中で復唱する。
間違えないように気を付けよう。
「分かりました、カリエンテ。それでは、私の方も『アルズヴェール』とお呼びください」
『承知いたしました、アルズヴェール様。但し、敬称についてはご容赦を。神子であるアルズヴェール様を呼び捨てることなど、神官の身では許されません』
「様」付けか……。
だが、仕方ない。
相手にも立場ってものがある。
だが、うっかりつられてオレも「様」付けしそうだな。
「私はまだ不勉強の身なので、いろいろ教えてくださいね」
『分かりました。私でお役に立てることならば、喜んで貴女のお手伝いを致しましょう』
この神官がどこまで信用が置けるかは分からないが、話した印象では、悪いヤツではない気がする。
尤も、人間は嘘が吐ける生き物だ。
だから、油断はできない。
隙を見せることもできない。
オレに嘘を見抜く眼なんて便利なものがない以上、警戒するのは当然だろう。
「それでは、カリエンテ。教えてください」
だけど、もともと腹の探り合いは苦手だった。
だから、迷うことはない。
オレにできることは、相手に向かって思いっきり踏み込むことだけなのだ。
「『神官』は『神子』に何を求めますか?」
さあ、「神官」は、どんな答えを「神子」に寄こす?
今年最後の投稿となります。
来年も週一で投稿できるように頑張りたいと思っていますので、お付き合いください。
ここまでお読みいただきありがとうございました




