火の神子は風の神子と話し合う
『今日の午後からは、人界へ降りて神官と対話しようかと思う』
『あ~、まだ、オレも降りてねえや』
ラシアレスの書く言葉に、オレも反応する。
オレはあの少女漫画のせいで、「神官」という人種に苦手意識があった。
大半の神官はマシらしいが、正神官や下神官の一部にとんでもない趣味嗜好というか性癖の奴らがいて、主人公や友人たちを何度か苦しめるのだ。
あまりの酷さに、読者たちから「性神官」、「下種神官」と呼ばれるくらいだから、お察しというやつだろう。
だが、ここは過去の世界だ。
それなら、まだそんな阿呆な状態にはなっていないと思いたいが、組織とは内部から緩やかに腐っていくものである。
油断はできない。
因みに、オレはあの夢について、ラシアレスには伝えてある。
ただそれを回答したのが、創造神であることだけは伏せた。
ラシアレスは、オレの書いたものを見て……、『「夢日記」をちゃんと書ける人って凄いな~』などと謎の言葉を書いている。
どうやら、彼女は見た夢を覚えていられない体質らしい。
なんとなく、彼女自身はゲームの世界とは違うことも理解していたようだが、それが過去の世界となると首を捻りたくなるようだ。
あの少女漫画を読んでいないから、それが遠い星の出来事という設定とかもピンとこないのだろう。
あの少女漫画で有名なのは、移動した後からだから、人間界……、オレたちの住んでいる世界にいた部分は本当に忘れられがちなのだ。
魔法を使えなかったという設定も、後半のチート級によって払拭されてしまった感が強すぎる。
いや、それはいい。どうでもいい。
今、大事なのはラシアレスとの会話だ。
筆談ではあるものの、時折、零される笑みとか仕草は本当に癒される。
オレと同じように別の人間の意識が入っていることは分かっていても、時折、背後に黒髪の女が見える気がするのだ。
ラシアレスとは全く違う顔立ちなのに、その表情が重なるように見えて、もっといろいろな話を語りたくなる。
―――― 本当の「ハルナ」はどんな女なのだろう?
ここ数日、オレの頭を占めているのはそんなことだった。
あの夢の中で自分の腕を数日ぶりに見たせいだろうか?
やはり、オレは男なんだなと改めて自覚した。
『この世界の料理、見た?』
だが、オレの心など気付かずに、ラシアレスは無邪気に雑談を楽しんでいる。
『おお、話は知っていたけど、想像以上だった』
だから、オレもそれに乗ってやろう。
少しでも彼女の警戒心を解くために。
あの少女漫画の主人公もそうだったが、このラシアレスも大概、男慣れしていないことは分かっている。
だから、オレの中に「男」を見れば警戒されるだろう。
少しずつ少しずつ、慣らしていけば良い。
幸い、時間もありそうだからな。
『青い煙が出たのを見たのだけど』
『オレは弾け飛んだのを見た』
『それって、食べられるの?』
『お前は鍋の外に飛び散った食材を食う気になる人間か?』
『無理』
それに、彼女との会話も嫌いじゃない。
押しつけがましくなく、無理に共感を得ようとするわけでもない、ごく普通の雑談だ。
『食事はどうしてるの?』
『三回に一回は食えるから大丈夫だ』
基本的にロメリアの料理は素材勝負の部分がある。
料理中の変質を避けるためにはその方が良い。
『いや、それって、三回に二回は食べられないってことでしょ?』
『オレもこっそりと作ってみたが、もっと酷かった。本当にどんな法則なんだろうな』
元の世界の経験は、残念ながら活きなかった。
一人暮らしだから自炊はやっていたのだが、この世界の料理の法則に何の意味もなかったのだ。
だが、一度、この世界の料理に触れたかったから、満足はした。
そして、火属性の神子であるオレには無理だと理解もした。
どれだけ、火属性の神は、料理に手を加えることを許してくれないんだろうな。
つまり、あの「赤イケメン(笑)」のせいってことか?
『挑戦する気になるところが凄いよ』
ラシアレスはそう言って笑った。
どうやら、彼女は自分の世話役が料理するところを見て、早々に白旗を振ったらしい。
ある意味、利口な判断ではある。
『「すくみこ! 」では料理シーン、なかったのか? 乙女ゲームの基本だろ? 男を落とすための手作りお菓子とか』
ギャルゲーとかでは料理上手な幼馴染や、友人が主人公に手料理を振舞う場面がよく出てくる。
『アルズヴェール編はなかった。ラシアレス編は材料をひっくり返した。シルヴィクル編は無難に作った。マルカンデ編は失敗してたかな。トルシア編は食材の段階で食べちゃった。キャナリダ編は凄いのを作り上げて、リアンズ編は、材料を混ぜる段階で力尽きた』
ちょっと待て?
『なんだ? その突っ込みどころしかない状況は』
えっと……、オレが料理の場面がなくて、ラシアレスがひっくり返して、姐さんはできて、男嫌いは失敗。
恋愛脳は自分で食べて、BL脳が凄いのを作って、空気を読まない女は力尽きる……って。
『しかも、まともに作れたのは二人かよ』
いや、それだけこの世界での料理の難しさが分かる話ではあるのだが……。
『因みにアルズヴェール編になかったのは、ある程度平均以上の設定であるはずの彼女に料理ができるイメージを持たせることがどうしても、製作者たちにできなかったらしいよ』
『ああ、火属性女子は料理下手だからな』
あの少女漫画に出てきた火の大陸の中心国であった魔法国家の王女たちの料理は、本当に酷かったのだ。
「ねえ、アイル」
ラシアレスが後ろを向いて、世話役に呼び掛けるとアイルと呼ばれた女が嬉しそうな顔を見せた。
「お呼びでしょうか? ラシアレス様」
少し、オレの背後に視線を向けた後、ラシアレスに向かってまた微笑む。
今のは……、ロメリアに対しての優越か?
自分は主人に信頼されていると?
言っておくが、オレはロメリアを十分信頼しているぞ?
まだ言ったことはないけれど。
「料理って難しいの?」
そんなラシアレスの問いかけに対して、一瞬、オレの背後で身じろぐ気配があった。
まあ、ロメリアは料理が苦手だからな。
「私はあまり意識をしておりませんが、苦手な方は多いと伺っております」
意識せずに料理ができるタイプか。
そう言えば、ラシアレスは「風の神子」。
そうなると、このアイルという女は風の大陸の人間となるはずだ。
風の大陸にはたまに、そんな人間が生まれるはずだ。
まあ、料理が得意なのは光の大陸だけどな。
『お前の従者は料理の才を持っているみたいだな。失敗が少なく、勘で料理できる人間だ。原作でもそんな人間は多くなかった』
『料理は化学じゃないのか』
オレもそう思っていた。
だが、この世界ではその常識が通用しない。
『この世界の料理と薬品調合は、魔法だよ。化学が得意でも無駄らしい』
だからこそ、主人公の護衛が行く先々で料理無双することになるのだが。
『そう言えば、魔法については聞いた?』
先ほど「魔法」という単語を書いたせいか、ラシアレスは話題転換をしてきた。
『真っ先に確認した。原作は剣と魔法の世界だったからな』
少しでも異世界に憧れたことがある人間なら、真っ先にやることだろう。
結果は使えなかったのだが……、それは、いろいろ足りないものがあるってことだ。
『「みこ」は魔法が使えたの?』
『原作ではこの世界に住むほとんどの人間が魔法を使えたはずだ。だから、この「神子」の身体でも可能だと思っている』
『でも、契約と言うのがいるらしいけど』
『それも知っている。契約詠唱と魔法陣が必要だってこともな。但し、例外はある』
その例外の最たるものが、「聖女」の名を冠することになる主人公だ。
彼女は、その世界の人間たちから見れば、間違いなく異端だった。
『魔法書はいらないの?』
『契約詠唱と魔法陣が書かれているのが「魔法書」だ。覚えていれば問題ないはずだが……、契約詠唱はともかく、魔法陣を覚えて書けるような人間が珍しいらしい』
だが、今、書いているオレの知識は、あの少女漫画の設定から来るものだ。
だから、この世界とは完全に一致しているわけではないだろう。
『オレの知識は原作の物だ。実際の魔法については、人界の神官に聞けよ。午後、会う予定なんだろ?』
『そうだね』
ラシアレスはオレの言葉でそう返答した。
協力関係とはいっても、あまり、彼女の力になれている気がしない。
そのことを彼女がどう思っているのだろうか?
そんなことがオレは気になった。
あまり気は進まないが、オレも一度、「神官」に会ってみるか。
相手が、ヘンタイじゃないことだけを祈ろう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




