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少女漫画に異質混入  作者: 岩切 真裕
【第2章】少女漫画と仮定する
27/60

火の神子は風の神子と再会する

 このよく分からない世界に来て7日目。


 ……?

 時間が経過しすぎている気がしたが、それだけ眠っていたらしい。


 オレが眠る瞬間を見ていたロメリアの話では、突然、事切れたかのように、身体から魂が抜けた……とのこと。


 事切れる……って死ぬってことだよな?

 魂が抜けたって……、あの世界は夢の世界ではなく、死後の世界だったってことか!?


 幸いにして、オレはあの夢をほとんど覚えていた。

 そういった体質らしい。


 ありがたい。

 文才はないが、あの出来事をそのまま紙に書いて渡せば、あのラシアレスも喜んでくれるだろう。


 ……?

「ヤベぇ!!」


 どれくらい寝てたかはともかく、「また明日」と約束しておいて、すっぽかしちまったことになる。

 ドタキャンもマズいが、連絡なしのキャンセルなんてもっとマズい。


 女は根に持つ生き物だ。


 いや、あの男慣れしてないラシアレスのことだから、怒って、もう会ってくれなくなるかもしれない。

 ……って、ギャルゲーかよ!?


「アルズヴェール様」

 ややパニック状態になったオレにかかる天の声。

 もとい、世話役であるロメリアの声。


「ラシアレス様には、私よりご連絡を差し上げております」

「へ?」

「主人の体調が優れないため、暫く書庫への来往を見合わせたいと文を出させていただきました」

「そ、それって……」

「差し出がましい真似とは存じますが、ラシアレス様とお約束なされたようでしたので、お断りをと……」

「ロメリア~!!」

 彼女の言葉が終わる前に、思わず、オレは抱き締めていた。


「あ、アルズヴェール様!?」

 すぐ近くで戸惑うような声が聞こえるが、今のオレには届かない。


「グッジョブ!!」

「ぐ……!?」


 ああ、そうか。

 この言葉では伝わらない。


 これは、日本人では「良い仕事」と褒める言葉だが、海外では「まあまあだね」と訳されるそうだ。


 日本語をそのまま英語にすると痛い目を見るぞと金髪美人好きな友人が頬を腫らしながら言っていたから間違いない。


 火の大陸は何語を使っていた?

 あの少女漫画では、光は英語、空はドイツ語、風は……、確かイタリア語に似ているという設定だった。


 火、火?

 地はフランス語だ。地の大陸の中心国である法力国家の王女殿下が使っていた。


 火、火?

 何度か出てきたのに思い出せない。

 たまに、火の大陸の中心国だった魔法国家の王女殿下が使っていたのに!!


 なんで、オレの頭はこんなに悪いんだ!?


「アルズヴェール様」

 再度、耳元で声が聞こえた。


「まずはお放しください」

 先ほどの慌てぶりが嘘のように冷静な声。


 オレはロメリアを抱きしめていたことを思い出して、両手から解放する。


 いつもの友人たちへのノリでうっかり抱き締めてしまったが、精神的にはセクハラだったかもしれない。


 幸い、身体が同性だから許されるとは思うけれど……、女同士だからセーフだよな?


「私は、お褒めの言葉を頂いたということでよろしいでしょうか?」

「あ? そ、そう!! ロメリアのおかげで助かったから」

 少なくとも、ラシアレスの信用を無くすことは避けられたのだ。


「喜ばしいのは分かりますが、従者に過ぎない私などを抱擁するのはお止めください」

「わ、分かった」

「それと、今のアルズヴェール様は、言葉が乱れ過ぎです」


 うん、分かっている。

 流石にいろいろ動揺しすぎだった。


「ご、ごめんなさい」

 オレは素直に謝る。


「反省してくださるだけで結構です。そこで、従者に対して頭を下げるまではしないでください」


 なるほど。

 それは、貴族的な礼儀ってやつか。


 でも、頭を下げるって、反省的な意味では大事だと思うんだよな。


「多少の混乱はあるようですが、意識は正常ですね?」

「はい」

「立っている指は、何本に見えますか?」


 人差し指と、中指を立てられる。

 世話役……、いや、本物のメイドがVサインって、一部の人間にはご褒美だよな?


「2本」

「……大丈夫なようですね」

 ロメリアにしては珍しく安堵の口から息が漏れる。


 何というか……、ツンデレメイドの需要がある理由がちょっとだけ分かった気がするな。

 きつそうな性格の人間が自分のために表情を緩めてくれるのは少し嬉しかった。


****


『体調を崩していたんだって? 大丈夫?』

 ぶっ倒れてから、1日置いた後、オレはまたラシアレスと書物庫で会うことになった。


 会うなり、嬉しそうに微笑まれ、互いに挨拶を交わし合った後、椅子に座るなり、体調を心配される。


 そんな些細なことが酷く嬉しい。


『体調を崩したというか、ずっと寝ていて起きなかったらしい』

 緩む頬を隠しながら、紙に筆記具を走らせる。


『起きなかった?』

『ロメリアから聞いた限り、神から干渉されている気配があったそうだ』


 それが、あの夢……、ということだろう。

 ロメリアは魔力や神の気配に敏感らしい。


 流石、魔法国家のある火の大陸の出身者だな。


『あ~、実は、わたしも暫くぶっ倒れていたらしくって、会えないって申し出は、丁度良かったんだよね』

 照れくさそうに笑っているが、穏やかではない言葉を目にした気がする。


「どういうことだ!?」

 思わず、声に出してしまった。


 そんなオレの言葉に、後ろにいたロメリアと、ラシアレスの背後にいるアイルと言う名の女が動きを見せる。


「落ち着いて、アルズヴェール様」

 ラシアレスがオレを窘める。


「アイル、大丈夫。わたしが倒れたことをアルズヴェールさまは心配してくださっただけだから」

 後ろを向き、自分の世話役にも声をかける。


 何というか、気遣いと判断がすげえ。


 オレは完全に負けてないか?

 相手が社会人だから?


 いや、社会人の女でも酷いのはいる。

 これは単に性格……、いや、性質の話だ。


「そうでしたか」

 アイルと呼ばれた女は警戒を解いた。


「確かに……、あの惨状を聞けば、叫びたくもなりますね」

「アイル!?」

 ポロリと漏らしてくれた世話役の女に対し、驚きの混ざった鋭い言葉を叫ぶ。


『どういうことだ?』


 オレは努めて冷静に、紙に書きなぐった。

 いや、書きなぐっている時点で、冷静でないことは認めよう。


「あ、あはははは……」

 何かを誤魔化すような渇いた笑い。


「ラシアレス様」

 オレはできる限りの笑顔を向ける。


「はい」

「事情を、口頭で、ご説明、願えますか?」


 いちいち紙に残すほどのことではないし、その方が文字通り、話も早く進む。

 筆談ってテンポが悪くなるんだ。


 チャットや、SNSとかで、リアルタイムで会話していると、同時送信し合って、会話が混ざることがあるだろ?


 勿論、目の前で書いている状況を確認できるため、あそこまで酷くなることはないが、相手が書くまで待たなければいけないという点では似たようなものだ。


「はい……」

 力なく頷くラシアレスは、その表情も手伝って、可愛かった。


 あの少女漫画の主人公もこんな感じだったのだろうか?

 それなら、ほとんどの可愛い人間が好きな男たちにはクリーンヒットしたことだろう。


 だが、可愛い顔したラシアレスの口から語られたのは、あまり可愛くはない話だった。


 何でも、意識を落とした後、インクに(まみ)れていたところを、ラシアレスの背後にいる世話役に発見されたらしい。


 驚きのあまり、世話役は絶叫したそうだ。


 だが、それは叫ぶ。

 オレでも叫ぶ。


 第一発見者である世話役は何も悪くない。


 幸いだったのは、インクが赤ではなく黒だったことか。

 赤インクに塗れていたら、ただの事件現場にしか見えない。


 だが、オレにとって最も腹立たしかったのは、そのアイルの叫び声の直後に相方のズィードという名の神が飛び込んできたという話だった。


 勿論、インクで汚れたラシアレスの髪や身体を綺麗にしたのはアイルで、それも洗浄魔法によるものだったらしいが、それでも苛立つものは仕方ない。


 彼女の部屋に飛び込むことが許されている点にも腹が立つ。


 しかも、抱き抱えて寝台に運んだだと?

 下心満載じゃねえか。


 世話役に場を外させて、コトに及ばれても文句は言えねえ状況だぞ?


「お、怒っていますか?」

「当たり前でしょう? 少し、気を抜きすぎではありませんか?」

 怒りを抑えきれず、口調に棘が混ざってしまう。


 確かにアレは神に……、創造神に呼ばれたために、意識を落としてしまったことは分かっている。


 だから、人間の身で抗うことなどできるはずがない。


 だけど……、自分の知らない所で、彼女の身に何かあることは許せないし、駆け付けることすらできないというのは酷くもどかしかった。


 オレはいつから、こんなに心が狭くなってしまったのだろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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別視点
乙女ゲームに異物混入
別作品
運命の女神は勇者に味方する』も
よろしくお願いいたします。

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