火の神子は神から答えを得る
「あなたは『創造神』ですね?」
そのたった僅かな言葉を喉の奥から引き絞って、口から吐き出すために、どれだけ先進の力を使っただろうか?
もしも、間違っていたら、その神に対する不敬だ。
そして、正しかったとしても、「創造神」というあの少女漫画の世界では最高神といえる存在に対する不敬となる。
どちらにしても「不敬」。
そんな言葉をオレは口にしたのだ。
だけど、確認せずにはいられなかった。
『そうだ』
そんなオレの言葉はたった三文字の言葉によって肯定された。
その瞬間に妙な汗がどっと出た気がする。
こんなの初めてだ。
いや、今は感覚というものが全くないみたいだけれど、気分的にそんな感じだった。
あの少女漫画では「聖女」と呼ばれた主人公や、神に仕える神官として最高位にある大神官と呼ばれる人間ですら対面したことがないようなとんでもない存在だ。
そして、あの世界での唯一神ではないけれど、数多くの神々の頂点に君臨するほどの存在でもある。
それに対して何の敬意も畏怖も覚えないほど、オレは気楽で軽い人間ではいられなかったらしい。
いや待て?
この声の主……、創造神は、この世界が、あの少女漫画の過去ではないと言っていた。
だから……、ちょっと違う……のか?
だが、創造神って言葉は違ってなかったよな?
過去? 過去とは一体……?
オレは こんらん している。
そして、役に立ったかどうか分からない三つの質問は、あっという間に終わってしまった。
オレとしては、何らかの収穫があったということにしたいが……、微妙な所だ。
まあ、この世界があの少女漫画の過去ではないが、全く無関係の世界でもないことが分かっただけでも良しとするか。
あと、やっぱり乙女ゲームの方は完全に無関係だということも分かった。
つまり、それらの知識をあてにして、妄信的に突き進めば、痛い目を見ることになっただろう。
少なくともそう思っている。
「ありがとうございます」
前に向かって深々と礼をする。
声だけで姿が見えない以上、真正面に頭を下げるしかないだろう。
まあ、声も気配もなくなったから、もういなくなっているとは思うけれど、些細なことでも、お礼は大事だとあの少女漫画の主人公もいつも言っていることだ。
そして、オレ自身もそれは大事なことだと思っている。
だから、礼も言えないような女は苦手なんだ。
相手から何かしてもらうのは「当然」と思い込むような女も。
『後、一つ残っている』
「は?」
それまで黙っていた声がまた聞こえた。
まだいたのか。
いや、それよりも……。
「質問は三つだったと記憶しているのですが……」
三つだけと思っていたから、最後の質問は賭けに近いものを選んだのだ。
現状、「神子」にはまだ役目がある。
だから、今すぐに消されることはないだろうという打算も多少なりともあったのだが。
『最後のは問いかけではなく、確認だった』
まあ、既に当たりは付けているからな。
なるほど。
創造神さまは思いの外、律儀な性格をしていらっしゃるらしい。
あの少女漫画では気まぐれでめんどくさがり屋なイメージが強かったのだが……。
ああ、でもアレは神嫌いの大神官さまのお言葉だった。
清廉潔白のように見えるが、笑顔のまま嫌悪を隠さない方だ。
それならば、神に対して、多少は悪意がある言い回しになっていても仕方がないだろう。
「それならば、遠慮なくもう一つ質問をさせてください」
サービスしてくれるなら、それを拒む理由などなかった。
それに、もう一つ質問できるなら、それも既に決まっている。
「ここは、オレたちが生きていた時代の過去ですか?」
『そうだ』
まさかの即答。
いや、これでいろいろ分かった。
寧ろ、この言葉は、大収穫だろう。
『以上だ』
そんな無機質な言葉だけを残して……、質問は打ち切られたらしい
そして、恐らくいなくなったのだろう。
神の気配を感じるほどの敏感さはオレにない。
まあ、こっそり見ていても気にしないけれど。
目が覚めるまでに考えを纏めておこうか。
白く濃すぎる霧の中で、じっと自分の手を見た。
白く霧で隠されているが、これは「境谷光」の本来の腕だということだけは分かる。
傷などの大きな特徴的なものは見当たらないが、ここ数日、見ていた細っこく、白く柔らかい腕とは違った武骨で可愛らしくはない腕。
黄色人種らしく黄色味がかった肌の色。
右手の甲の親指の付け根に近い場所に並んで二つの黒子がある。
腹を触るとそこそこ固くはあるが、割れているというほどでもない。
胸を両手で掴んでも、あまりボリュームというものがなく、楽しい気分にもなれない。
いや、腹も胸もう少し鍛えないといけない気はしている。
最近、いろいろあって、ジムにも行ってなかったからな。
この世界はあの少女漫画の過去でも、それを基にして作られた乙女ゲームの世界でもないことは、創造神からはっきりと断定された。
だが、否定の仕方も少女漫画と乙女ゲームで異なった点が気になる。
だから、それらが全く無関係ではないと考えよう。
そして……、オレたちの世界の過去でもあるらしい。
つまり、巷のライトノベルでよくあるような異世界転移、転生系とかではなく、辛うじて、現実ではあるらしい。
いや、過去に意識が飛んでいるわけだから、やはりライトノベルによくある時間逆行ではあるのだが。
そうなると、考えられるのは……、あの少女漫画の設定の一つ。
この世界そのものが、オレたちが住む地球から離れた別の惑星だということだ。
そうなると、どんな事情があるか分からないが、あの少女漫画の作者は、この世界を知っていたことになる。
そして、それを基にして、あの少女漫画を描いた……と、そう考えるべきではないだろうか?
それならば、確かにこの世界そのものは、あの少女漫画の世界の過去とは異なることになる。
人の手で描かれた少女漫画だ。
それには、物語を面白くするために多少の脚色はされているだろうし、登場人物の名前だって違うだろう。
何より、あの物語の流れそのものが違うかもしれない。
考えてみれば、普通はありえない。
ごく普通の魔法が使えない人間でしかなかった少女が、魔法の国へ連れて行かれて、成長して、様々な経験をすることで本人の意思とは無関係に、周囲から「聖女」へと成長させられることになるなんて。
まあ、もともと「聖女」の子孫で、魔法の国の王族だったという設定はあるにしても、全てが都合よくいきすぎだろうとは何度も思った。
いや、そんな話はライトノベルではよくある展開らしいけど、そこは置いておく。
思考を戻すか。
あの少女漫画のことを考えると、どうしても意識がそちらに集中してしまうな。
少女漫画という架空の世界の過去を舞台として、例の乙女ゲームが誕生していたわけだから、確かにここが同じ世界であるはずがない。
考えすぎか?
いや、でも、それ以外、オレの悪い頭じゃ考えられないんだよ。
オレはあの少女漫画に出てきた頭は良いけど性格も根性も歪んでいる情報国家の国王陛下ではないし、その血を引く息子ほどできる男でもない。
だから、そんな難しいことを一遍に考えられるわけがないんだ!!
それに……、オレ自身がこの夢の中の出来事を忘れてしまう可能性がある。
目覚めた直後なら覚えている可能性もあるが、夢である以上、忘れてしまってもおかしくはないのだ。
あの少女漫画の主人公はそんな体質だった。
夢で様々な人間たちからいろいろなアドバイスを受けても、過去に繋がる大事な夢を視ても、朝になって目覚めたら、綺麗さっぱり忘れていたのだ。
彼女にとって忘れた方が良い夢もあったが、読者視点からすれば、「そんな大事なことを忘れるなよ!! 」と突っ込みたくなることも多かった。
まあ、アレらのほとんどは読者への説明かつその後の伏線だったわけだが……。
そうなると、今のこの状況も何かの伏線に繋がるのか?
いや、ゲーム的にはフラグか?
そう考えているうちに、少しずつ世界が白んできた。
ああ、これが、目覚めか。
あの少女漫画で何度もあった主人公の目覚めも、こんな感じだった。
フルカラーでも本当に白いんだな。
いつか、これをアニメで観たいと思っていたんだ。
―――― ある意味、夢がかなったな。
そんな阿呆なことを思いながら、オレはまた「救いの神子」として、目覚めたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




