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少女漫画に異質混入  作者: 岩切 真裕
【第2章】少女漫画と仮定する
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火の神子は白い世界に立つ

 ―――― 夢を見た。


 深くて白い霧の中。

 オレは一人、立っていた。


 視界は真っ白すぎて何も見えない。


 まるで、濃霧だ。

 だが、この場所は一般的な「放射霧(ほうしゃむ)」だけでなく、「移流霧(いりゅうむ)」や「蒸気霧(じょうきむ)」などの発生条件を満たしてはいない。


 これは、演出などで見かけるスモークマシンでも使っているのか?

 だが、そのためにドライアイスや噴霧器を使っているにしては、冷えや湿気を感じない。


 いや、感覚そのものが鈍っている気がした。


 鼻が利くとよく言われているオレが、周囲の匂いを全く感じていないのだ。

 それに、頬を摘まんでも痛いどころか、固いとも柔らかいとも思わない。


 ―――― もしかして、ここは……。


 あの少女漫画に何度も出てきた白い世界。


 主人公が意識を落とした時、眠っている時などに、気付くと周囲が全く見えない霧のようなものに囲まれた真っ白な世界にいるという描写があった。


 彼女はその霧を「無味無臭」と言っていたが、それは今のオレのように、感覚がなかったからだとはっきり理解できた。


 あの主人公のように恐る恐る舌を出しても、本当に何も感じない。


 舌を出したまま呼吸をすれば、舌の乾きを多少なりとも感じるはずなのに、それもなく、口内で呼吸の流れすら分からなかった。


 尤も、あの主人公は躊躇うことなく舌を出していたが、あの世界にいる時の彼女は、通常とは違うので、そこは仕方がない部分もあるだろう。


 いや、通常でも迷わない気がする。

 彼女は呆れるほど、警戒心は薄かったから。


 だから、毎回、専属護衛たちが苦労するような話だった。


 そんな困惑の最中に……。


『来たか……』


 どこからか声がした。

 その声は中性的で、かなり特徴がある気がするのだが、オレに聞き覚えはない。


 そして、どこから聞こえてきたのかが分からない。

 周囲は広く、反響しているわけでもないのに、その声の方向が分からなかった。


 やはり、あの少女漫画で何度も出てきた「夢の世界」というやつではないか?

 確かに霧の中にいると錯覚してしまう。


 それほどまでに白くて何も見えない世界だった。


『初めまして、「アルズヴェール」……。いや、「ヒカル」か』

「初めまして」

 反射的に挨拶を返してしまうのは日本人の習性なのだろうか?


 だが、同時に聞き覚えのない声に警戒するのも日本人の習性だ。

 しかも、「神子」と「オレ」の名をそれぞれ口にした。


 まるで、何かを試されているようで少しだけ胸糞が悪くなる。


『2,3、現状に答えてやれと『導き』に言われた。何か、あるか?』

 姿を見せないまま、その声は、無気力な印象を与えるような口調でそう尋ねてきた。


 あの「ラシアレス」なら、例の乙女ゲームの「チュートリアル」だと納得して受け入れるだろう。


 実際、そのつもりでこの場は用意されたのかもしれない。


 だが、これが、あの少女漫画に出てきた世界の一部なら、これは、ただの「チュートリアル」ではないはずだ。


 主人公は何度も「夢の世界」で様々な存在に介入され、干渉を受けている。

 思考の誘導ってやつだ。


 それは単純に彼女の将来を心配する善意からのものが多かったが、中には主人公の意思を無視したものもあった。


 その代表が「神」からの干渉だ。


 やつらは、主人公の前に直接現れることができないために、夢という境界が曖昧な世界から、自分の願いを叶えようとした。


 つまり……、この声が「神」である可能性がかなり高い。


 どの「神」だ?

 あの少女漫画に出てきた「神」ならまだ良いが、それ以外だと全く情報がない。


『何もなければ、行く』

 俺の思考を読んでいるはずの存在は、ぞんざいにそう言った。


 あの少女漫画に出てきたのは、「そんな『神様』で大丈夫か?」と問い質したくなるような神が多かったと記憶している。

 とにかく、自己中心的(じこちゅう)な神が多いのだ。


 そして、あの主人公は割とギリギリまでその存在に振り回される。


 だが、この声の主は「自己中心的(じこちゅう)」っぽくはあるが、あの少女漫画に出てきた自分の我儘(がんぼう)を相手に叩きつける系な神とは少し違う気がした。


 どちらかと言えば、面倒ごとは避けたい、関わりたくないという印象の方が強い。


 それは、先ほど出てきた「『導き』に言われた」という台詞からも明らかだ。

 言われなければ、説明する気すらなかったらしい。


 でも、その台詞がかなりでかいヒントに繋がっている。


 あの導きの女神「ディアグツォープ」様は、あの少女漫画上では、かなり重要なポジションにいたために何度もその名前が出てきた神だ。


 そして、その中に「『名神』の中でも上位」という表現があった覚えがある。


 あの少女漫画の世界では、神の位ってやつは、全てを創り出した「創造神」、次いで「大陸神」、そして、「名神(めいしん)」、「動神(どうしん)」、「感神(かんしん)」とちょっと変わった設定だったはずだ。


 俺たちの住んでいた世界の神話では、「天空の神」とか、「海神」とか、「冥界の神」とかもあるが、あの少女漫画では、空の神も海の神も「名神」の一神(ひとり)でしかなく、「冥界」に当たる世界は、特定の神が管理していなかったはずだ。


 空も海も「創造神」が創り出したもので、そこに優劣は存在しない。


 だが、「大陸神」はその世界の「精霊族」や「人間」、「魔獣」などに代表される多種多様な生命の管理を任されていた。


 そして、「海の神」の扱いは「大陸神」のすぐ下ぐらいだったと記憶しているが、よく覚えていない。


 海という領域は、「海獣」を代表としており、知的生命体の管理がやや少なかったはずだ。

 だから、地球ほど「海の神」は重要ポジションにいない。


 「母なる海」、「全ての生命たちが生まれた海」とされているオレたちの住む世界とは考え方がまるで違うのだ。


 まあ、その順位付けは結局のところ、あの少女漫画の世界で「神官」と呼ばれる人間が作ったものだから、人間を中心に考えられたものであり、神たちの中ではそんな格付けランキングなどは存在しないのかもしれないが。


 あの少女漫画の主な舞台は宇宙に飛び出さず、一つの惑星(ほし)で完結させていた。


 細かく言えば、オレたちが住んでいる地球も舞台の一つではあった気もするのだが、それは導入部でしか出てこなかったため除く。


 ……そう言えば、あの少女漫画は、剣や魔法、神や精霊が出てくるから忘れがちだったが、「異世界もの」というよりも、本当は「異星人もの」だったな。


「質問させていただきます」

 なんとなく、手を挙げる。


 反応は特にない。


 いろいろと考えていた時間が長いのは認めるが、まさか……、本当にいなくなったわけじゃねえよな?


 だが、あの少女漫画は呼び出した相手の用事がある程度終わるまでは、この白い世界から解放されることはなかったはずだ。


 それを漫画によくあるご都合主義と言ってしまえばそれまでだが、オレは自分の勘を信じるしかない。


「この世界はあの少女漫画の過去でしょうか?」

『……違う』


 反応があった。


 短い!

 だが、分かりやすい!!


 そして、「あの少女漫画」という言葉だけで通じた気がする。

 オレは作品名を口にしていないのに。


 単純にどの少女漫画の過去ではないという意味にもとれるが、無関係とも思えなかった。


 恐らくは、俺の心を読まれている。


 だからこそ、あれだけ長い思考の最中も帰ることなく黙ってこの場に留まっていてくれた気もするな。


 本当に気の短い人間なら、とっくに帰っていてもおかしくはない。


「それでは、あの乙女ゲームの舞台でしょうか?」

『違う』

 先ほどよりも返答の間がなかった。


 つまり、はっきりと断言されたらしい。

 だが、「あの少女漫画の過去」と尋ねた時との違いはなんだ?


 オレの心を読んでいるなら、質問のタイミングまで分かっているはずだ。


 それに、そして質問の内容も分かるはずなのに、それでも明らかに先の質問と後の質問ではその言葉の強さすら違った。


 オレには心を読む能力はない。

 相手の嘘を見抜く能力もない。


 だから、無能な人間らしく、自分の耳と目でその真実を見極める。


『あと一つ』

 どうやら、「2,3の質問」ってやつは、ありがたいことに3つまで受け付けてくれるらしい。


 その点は助かった。

 是非とも確かめたいことがあったのだ。


「それでは不躾ながら……、確認させていただきます」

 流石にこの質問をするのは、オレでも勇気がいる。


 自分の唾を呑み込む音がやけに大きく聞こえた。


 あの少女漫画では一度もその姿の鮮明な描写はなかった。

 ラシアレスの話では、乙女ゲームの方ではあったらしいが、この世界はその「乙女ゲーム」の世界ではないと声の主から否定されている。


 だが、その名前だけは何度も出てきている。


 退屈しのぎという名の気まぐれで、多くの人間たちの運命を書き換えてその未来を歪めるあの世界の頂点に立つ神。


「あなたは『創造神』ですね?」


 オレは意を決して、その言葉を口にしたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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別視点
乙女ゲームに異物混入
別作品
運命の女神は勇者に味方する』も
よろしくお願いいたします。

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