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少女漫画に異質混入  作者: 岩切 真裕
【第2章】少女漫画と仮定する
24/60

火の神子と世話役

「ラシアレス様、ご歓談中、大変申し訳ありませんが、そろそろお時間です」

「あれ? もうそんな時間? 時間が経つのって早いね」


 世話役のアイルという女からの呼びかけに、目の前の黒髪の女、ラシアレスが反応して顔を上げた。


 筆談での会話を「歓談」と言って良いかは謎ではあるが、それ以外に表現のしようもなかったのだろうな。


 時間的には、正午ぐらい。

 ラシアレスが言う午前中の「行動終了」時間となったようだ。


 何でも、例の乙女ゲームは、特別なイベントが発生しない限り、半日ごとに行動を選択することになるらしい。


 システム上、仕方がないとはいえ、半日って結構、長い時間だと思っていたが、実際、そんなことはなかった。


 本当に、時間が経つのがいつも以上に早く感じたのだ。

 これは、この世界が本当にその乙女ゲームの世界だからということだろうか?


「アルズヴェール様。それでは、申し訳ありませんが、本日はここでお暇させてください」

 ラシアレスは迷いもなく立ち上がり、オレに向かって頭を下げる。


 名残惜しいが、ここまでということだろう。

 その動きの素早さから、彼女の方はそう思ってはいないようだが。


 まるで、今日の仕事は終わったばかりに手早く帰り支度をしていく。

 どこのOLだ?


「大変、有意義な時間でした。またご一緒させてください」


 だが、これ以上、引き留めるのも悪い。

 だから、オレは深く考えずにそう答えて同じように頭を下げた。


 オレの方は手荷物などなかったから、気楽なものだ。

 ラシアレスから手渡された資料を持ち帰るだけで良い。


 そして、人前で話す言葉も、敬語ならほとんど問題ないように思える。

 現代の言葉なら、男女にそう差はないから逆に口にしやすいということだろう。


 オレは一人でそう納得していた。


 だが、次回の約束はどうしようかと迷っている時……。

「それではまた明日。この時間、この場所でよろしいでしょうか?」

 意外にも、ラシアレスの方からそう言ってくれた。

「……はい」

 情けないことに一瞬、返答が遅れてしまった。


 いや、まさか「(また)」がすぐあるなんて思わないだろう?

 しかも、向こうからの申し出だぞ?


 オレが困惑していると……。

『これからも情報共有よろしく!』

 ラシアレスは笑いながら、そう書かれた紙を広げて見せた。


 口調と文字の落差に思わず苦笑したくなるのを我慢する。


 紙の折れ具合と、インクの渇き具合から、先ほど書かれたわけではないようだ。

 どうやら、事前に準備されていたらしい。


 もし、今回彼女との筆談の中で、オレとの会話がお気に召さなかったら、別の「選択肢(ことば)」を見せられた可能性もあったのだろうか?

 先ほどの会話からなんとなくそんなことを考えてしまう。


 この世界はADVではなく、そんな単純な女ではないと分かっているのに。


「それでは明日も、この場所、この時間によろしくお願いいたします」

 オレはそう答えることで、彼女からの有難い申し出に返答することにしたのだった。


****


 ラシアレスと別れた後、自分の部屋に向かう。

 背後にはロメリアの気配があった。


 何かを言いたそうにしていることは分かるが、オレはあえて無視を決め込むことにする。

 従者から主人への要望は、ある程度信頼関係がなければできないことなのだろう。


 オレは身分社会で生きているわけではないが、上下関係というものはある程度理解しているつもりだ。


 オレは「みこ」であり、ロメリアはそれに仕える存在。

 そこには目に見えない上下関係が存在する。


 先ほど図書室で交わされた筆談は、暗号でやりとりしなければならないような極秘情報に等しいものだった。


 オレは背後の女をまだそこまで信用してはいない。

 だから、筆談内容について、自分から何かを言うつもりは全くなかった。


 それに、ラシアレスとの密談の内容について尋ねられたとしても、その全てを伝えることはできない。


 だが、「みこ」の身体に別の人間の意識が入り込んでいる話など、同じ状況にある当人たち以外にできるはずもない。


 しかも、この世界が「少女漫画」や「乙女ゲーム」と呼ばれる架空の世界によく似ているなんて話した所で正気を疑われるだけだと思う。


 そして、あの「赤イケメン(笑)」は、オレの心が読めるためにそんな状況を知っているようだが、ロメリアのような世話役には全く伝えられていないことも分かった。


 つまり、「みこ」の現状を他言してはいけないことも。


 何も知らされないのは、傍にいる従者としてはもどかしい限りだろう。

 それは、主人から何も信用されていないと公言されているに等しいことだから。

 

 オレたちは特に会話もないまま、部屋に戻った。

 そして、世話係のロメリアは何も言わず、部屋に戻るなり、自分の仕事を始める。


 先ほど、あの図書室であったことなど何も覚えていないかのように。


 それはまるで、プログラムで組み込まれ、指示されている行動のようにも見えて、少し寒気がした。


 もし、この世界が本当にその「乙女ゲーム」というADVの世界だというのなら、オレが無言を貫いたそれすらも、選択肢の中にある行動だったことになるのだろうか?


 選択肢の項目を見ることができない今のオレには判断できない。


 仮にこの世界がそのADV内の世界だったとしても、現状としてオレが生きている事実に変わりないのだ。


 そして、今、この瞬間、誰かの手によってリセットボタンや電源ボタンを押されたとしても、この世界を生きている人間たちはソレに気づくこともない。


 日常生活を壊すような音が頭上で聞こえたとしても、その音が何の音か認識することもなく世界が終わり、そして新たな世界が始まってしまうのだろう。


 だが、それはもしかしたら、元の世界でもそうだったかもしれない。


 オレが現実だと思い込んでいただけで、実は誰かによって作り出され、別の人間の意思に左右されるような儚くも脆く狭い世界。


 そう考えると、逆に気が楽になってきた。


 現実であっても、架空の世界であっても、オレはオレだ。

 どちらにしても、いつか終わることが確実ならば、後悔のないように好き勝手やらせてもらおう。


 いつか、電源ボタンが押されてしまうその日まで。


 ―――― そうなると、その電源ボタンは一体、誰が握っている?


 だが今は、そんなことを考えても仕方ない。

 既に賽は振られてしまったのだ。


 終わるまで進み続けるしかないのだろう。


 オレはロメリアが昼食の準備をしている間、ラシアレスから手渡された資料に目を通すことにした。


 早い話が、例の乙女ゲームのあらすじだ。


 だが、やはり読んでもあまり参考にならなかった。

 他のライバル「みこ」を妨害して、蹴落とすこともできるとか物騒なゲームであることは理解した。


 計略で嵌めるとか、どこの戦国時代だ?

 そして、状況的に協力するならともかく、足の引っ張り合いとか阿呆かと思う。


 どこが、「救い」の「みこ」だ?

 だが、それを鵜呑みにして、他の「みこ」に攻撃を仕掛けてくる「阿呆(みこ)」がいないとも言い切れないのか。


 世界の崩壊、待ったなしだな。


 それ以外で分かったのは、「みこ」は相方以外の神を選べるということぐらいか。

 本当に「みこ」が選んでいるのかは謎だけどな。


 案外、選んでいるように見えて、実は選ばれているかもしれない。


 あの少女漫画の設定を考えれば、「神子」たちの身体に、他属性の「神力」が混ざらない方が都合も良いはずだ。


 そう考えればやはり、オレたちの方に選択権がないのだろう。


「アルズヴェール様、お待たせいたしました」

 ロメリアの声に反応して思考を止める。


 だが……、不意にオレの意識はナニかに導かれるかのように、闇に沈んでしまった。


 意識が飛ぶ前、誰かの悲痛な叫び声が聞こえた気もするが、それは気のせいだろう。

 オレを心配する人間は、この世界にいるはずがないのだ。


 だから、オレは知らない。


 あの聞いたこともないほどの声をあげたのが、ロメリアだったことも。


 それを聞き届けた「赤イケメン(笑)」が部屋に飛び込んできたことも。


 そして、もっと酷い惨状になったらしいラシアレスを、オレが思いっきり怒ることになることも。


 ―――― この時のオレは本当に何一つとして知らなかったのである。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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別視点
乙女ゲームに異物混入
別作品
運命の女神は勇者に味方する』も
よろしくお願いいたします。

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