火の神子はあることに気付く
オレはラシアレスから渡された資料に目を通している。
あの少女漫画を基にして作られた乙女ゲームというやつは、育成ゲームと聞いていたのでSLGかと思っていたが、ちょっと違うらしい。
『選択肢で選ぶってことは、ADVか』
『ADV?』
ラシアレスが不思議そうな顔をしながらそう書く。
そうか、これって一般的ではない言葉なのか。
『悪い、アドベンチャーゲームの略だ』
『アドベンチャーゲーム?』
さらに疑問が重ねられる。
男たちには通じるが、女には難しいのか。
それとも、彼女がオタクと呼ばれる人種ではないのか。
現時点では判断が付きにくい。
『行動、選択肢で分岐していくゲームのタイプだな。ノベルゲームとかもそうだ』
『ジャンル的には乙女ゲームじゃないの?』
『それはもっと細かく分けたものだな』
オレはSLGと書こうとして……。
『オレは、シミュレーションの方だと思っていた』
先ほどと同じように通じない可能性があることに気付いて、「シミュレーション」と書き直す。
『そうなると行動の一つ一つが、選択肢になっている可能性があるわけか』
行動することによって、好感度上昇とかも含めて全てがフラグ管理されている可能性はある。
現実にそんなものは存在しないが、自分の行動で何かが変化することは、現実だって存在する事象だ。
『今日、この図書館に来たのも何かのフラグになってるのかもな』
『フラグ……、伏線ってやつ?』
『ちょっと違う。プログラム上で現状や設定条件の成立を表す変数のことだ。あれ? 一般的な言葉じゃないのか?』
『多分、知っている人の方が少ないと思うよ』
この辺りは理系、文系の違い……と言いたいが、オレは文系だ。
コンピューター用語だって、理系ほど知っているわけではない。
プログラム言語を本格的に勉強したことはないのだ。
友人がC++言語の入門書を持っていて、それを開いただけで即閉じしたくなったような男だぞ?
だから、「run」と聞いたら「走る」しか出てこないし、「drive」と聞いたら「運転」の方が先に思い浮かぶし、「compile」と聞けば、遠い昔に滅……、いや、消滅したという「の~みそをこねたくなる会社」が真っ先に出てくる。
だけど、そんなオレでも、何気なく書いた言葉に対して反応されると、つい、調子に乗って説明してやりたくはなるのだ。
それでも、専門家ではないので、彼女に説明した言葉に間違いがないことを祈ろう。
そして、逆にオレが気になったのは、彼女の書くゲームシステムだった。
ラシアレスが書いた資料によると、「みこ」の行動は、「図書室で勉強」、「人界に魔力を送る」、「部屋で過ごす」、「部屋の外へ行く」、「寝る」を毎日の行動から選ぶらしい。
俗に言う選択肢だ。
「図書室」というのは、この場所のことだろう。
これだけの本の量だ。
確かに知識は増やせる気がする。
書かれた文字が読めるならば。
「人界に魔力を送る」というのは、昨日、「赤イケメン(笑)」もそれっぽいことを言っていた気がする。
もう一度、やり方を聞いておこう。
「部屋で過ごす」、「部屋の外に出る」というのは、そのままだな。
しかも、そこからさらに選択肢が発生するらしい。
フラグ管理が大変そうだ。
プラグラムを組んだ人間たちが過労死していないことを祈ろう。
これらに加えて、「神様との会話」、「神官との対話」、「創造神に報告」が定期的に発生するらしい。
神様や神官と会話するのは一週間に一度ぐらい。
……つまり、「赤イケメン(笑)」は週一程度、部屋に来るってことか。
アイツ苦手なんだけど、仕方ないのか。
そして、神官……、あの少女漫画を読む限りあまり良いイメージはない。
その頂点の大神官はいろいろと凄すぎて思わず草が生えるレベルなんだけど、他の神官たちはダメダメというか、ダメな部分が強調され過ぎているのだ。
下種な男ばかりが描かれて、その流れで胸糞展開も多い。
主人公が悪い神官に目を付けられてというのは序の口で、主人公の友人も嫌な思いをするのだ。
確かに宗教と性って切り離せないものらしいし、昔の日本でもそんな話はあったとも聞いている。
それに現代でも外国ではその問題が表面化していることはネットニュースなどで知ってはいるのだが、それにしたって描き過ぎではないかと思ったこともあった。
まるで、宗教世界に喧嘩を売っているようで、同時に、どれだけ作者が神官という職業が嫌いなのだ? と疑ってしまいたくなるほどだった覚えがある。
そして、創造神への報告は月に一度らしい。
確か、定期報告をしろと言われているので、そのことだろう。
確かに、ラシアレスが書いてくれたように、その乙女ゲームと似通った部分は多い。
でも、似通っているだけで同じではない。
それは、あの少女漫画にも言えることだ。
あの少女漫画を思い出させるようなことは多い。
だが、似ているだけで同じものではない。
もともと持っている知識を、そのものだと思い込んで行動すると痛い思いをしそうな気がする。
だから、その乙女ゲームのストーリーは必要ないと思ったのだが……。
『せっかく大まかなあらすじを頑張って書いたのに』
と、少し落ち込んだ様子で書かれたら……、男としては無視できなかった。
『部屋でよむ』
そう書く以外の選択肢がない。
オレにとっては興味を持てないような話でも、彼女にとっては十年以上忘れられない物語なのだ。
オレもあの少女漫画を語れば、長い話となるだろう。
そして、相手が誰であっても、自分の好きなものを否定されるのは辛い。
つまりはそういう話なのだ。
そう考えると……。
『オレも原作を書いた方が良いか? かなりの長編だったけど、内容については、ある程度は思い出せるぞ』
相手が情報提供してくれたのだから、知らない知識を伝えた方が良い気がした。
すると、ラシアレスは羽ペンを握ったまま少し考えて……。
『原作の神様に関することはどれだけ覚えている?』
そんなことを書いた。
あの少女漫画に出てきた導きの女神ディアグツォープ様がこの世界にもいる。
容姿も似ているし、何よりあの方だけ何故か名前も同じだ。
一般的な神の名前やよく聞く名前ならともかく、そんな変わった名前にオレも覚えはない。
それが偶然の一致なんて言葉で済まされるはずがないだろう。
そう考えれば、彼女が書いたように、オレはあの少女漫画の神について思い出した方が良い気がする。
『あ~、まあ、なんとか思い出す』
あの少女漫画のことは好きだったが、神については印象的な話しか覚えていない。
特に破壊の神。
あまりにも、好きになった相手への想いが純粋過ぎて同情したくもなるが、選んだ手段が最悪だった男の話だ。
それ以外には……。
『救いの神子については?』
オレがそう書くと、ラシアレスは目を丸くした。
そんなに驚くことだっただろうか?
『もともと、原作にあった「救いの神子」たちの話だからな』
確か、そう聞いていたが、違うのか?
表記も、乙女ゲームの方は「救いのみこ」だったようだが、原作では「救いの神子」だったはずだ。
微妙に違うが、そこにも何かの理由がある気がする。
何より、自分で「神子」の文字を書いた時に思い出したことがあった。
『その流れで、今、思い出したんだが……』
思い浮かんだことを忘れる前に、勢いよくインク壺に羽ペンを突っ込む。
何故、忘れていたのか?
そんなことはどうでも良い。
だけど、また忘れてしまう前に書いて残しておいた方が良いのは間違いない。
その勢いのまま、オレは乱雑に文字を書きなぐっていく。
その文字を見て、ラシアレスも目を見開いたのが分かった。
当然だ。
驚かないはずがない。
オレもあの少女漫画を見た時に驚いたのだ。
作者は何を考えて、そんな設定にしたのか? と。
その設定が、あの少女漫画上で活かされることはなかったのに。
だが、逆だ。
恐らく、作者は事実を書いただけ。
だから、オレも同じように事実を書くだけだ。
『原作に、「救いの神子」は「異世界人」の表記があったはずだ』
アレは、作者が誰かに伝えたかった言葉だと信じて。
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