火の神子は手紙を書く
「アルズヴェール様は『火の大陸の神子』。それなのに何故、他大陸の神子と連絡をとりたいなどとおっしゃられたのでしょうか?」
オレは、お世話係の女から、そんな質問をされた。
その質問の意図を考えてみる。
わざわざ「火の大陸の神子」と確認したうえでの問いかけ。
そこにあるのは何の思惑があるのか?
1.自分の力でできないのですか?
2.他の「みこ」に情報を売る気?
3.無駄なことをしている余裕あるの?
4.そんなことをして何の役に立つ?
現時点では、「2.」だけがないな。
オレは売れるほどの情報を持っていない。
そのことは、この世話役であるロメリアなら、この短い時間の付き合いで理解できていることだろう。
そして、逆にそれ以外はどれもありそうな気がする。
いずれにしても、他大陸のみこと交流するなってことだろうか?
だが、あの少女漫画では、普通に他大陸間を……、いや、それはあの主人公たちが普通の環境になかっただけだった。
他大陸に渡るのは、巡業中の神官や、行商人ぐらいだという表記があったはずだ。
他には、身分の高い人間たちが、異国交流するぐらいか。
庶民は物好き、好奇心旺盛な人間ぐらいしか旅行はしないらしい。
尤も、国ぐるみで、他国に潜入している奴らもいたが、国の命令の時点でそいつらは既に庶民と言い切れない。
「ジエルブ様とお話しして思ったのだけど……、ワタシには、知識も経験も全く足りてないの」
「知識と経験……?」
「あの大陸を救うのにとても、必要なことよ。考えてもごらんなさい、ロメリア。15歳の小娘でしかないワタシが、大陸のために神様の御力に縋ろうというのなら、まずは、あのジエルブ様を納得させるために相応の力を持たなければいけない」
あの「赤イケメン(笑)」は言っていた。
―――― 期待しているぞ
と。
それは期待を裏切れば、見限るという言葉でもある。
「勿論、誰とでも交流する気はないわ。他の『みこ』はまだ信用していない。でも、あの『ラシアレス』様は、どこか他の『みこ』たちとは違う気がするの」
あの中で、誰が一番信用できるかと言えば、「ラシアレス」しかいない。
駆け引きは多少、慣れているようだが、根が素直なのだろう。
少し、隙があり、騙されやすそうにも見えた。
次点では……、リアンズか。
あそこまで堂々とされていれば、逆に腹立ちもなくなる。
少なくとも、相手を権謀で陥れる系統には見えない。
だが、他の女たちはダメだった。
オレの日頃あまり役に立たなかった「ダメ女センサー」が激しく反応しているぐらいだ。
こいつらは「地雷女」ばかりだと。
「まず、大陸を救うためには、神様からの信用を得る必要がある。そのためには、ワタシだけの力では明らかに足りていない。だから……」
「他大陸の『みこ』に助けを乞う……と?」
「いいえ。利用する」
それはお互いに了承済みだ。
あっちもオレを利用すると明言していた。
下手に感情的な話になるより、もっとずっと分かりやすい関係だろう。
「あの人の好さそうな『みこ』なら、ワタシの期待に応えてくれるはずでしょう?」
「…………なるほど」
尤も、あの女はただ人が好いというわけではなさそうだ。
その辺りは、おいおい探っていけばいい。
少なくとも、歴代の女たちと比べれば、まだそこまで擦れてはいないように見えた。
そして、原作の「ラシアレス」に似ている。
そこがかなり好ましい。
「それならば、直接の連絡手段は持ちませんが、手紙ならいかがでしょうか?」
少し考えて、ロメリアはそう提案してくれた。
「手紙?」
……アナログすぎて、思いつかなかった。
確か、あれだよな?
「あけましておめでとうございます」とか「暑中お見舞い申し上げます」みたいなやつ。
書いたのは小学校以来か?
中学以降は書いた覚えがない。
「私がご準備いたします」
ロメリアはそう言って、何もないところから紙と羽ペン、瓶に入ったインクのようなものを出してくれた。
何度見ても、興奮する!
収納魔法からの召喚魔法!
あの少女漫画ではさらりと描かれていたけど、実際、目にするといかにも魔法! って感じがして燃える!!
「アルズヴェール様?」
「あ、ごめんなさい」
奇妙な顔をされた。
オレはよほど、締まりのない顔をしていたらしい。
まあ、見逃してくれ。
だが……、再び、試練は襲い掛かる。
現代日本人が、羽ペンなんざ、使ったことがあるか~~~~~っ!!
いや、紙がファンタジーのお約束である羊皮紙じゃなかっただけマシだと思おう。
だが、あの少女漫画では、ボールペンに似た不思議な筆記具が出てきた覚えがある。
確か、インクを上から入れ込む描写があったはずだ。
できれば、それを期待したかったが仕方ない。
あの主人公は本人の趣味で、現代でも使われている付けペンのようなペンも使っていたが、そのどちらとも違う。
分かりやすくもファンタジーな外見のペンを握る。
細くて握りにくい。
もっと太くしてくれ。
万年筆は使ったことがあるが、こんな付けペンは初めてだ。
そして、インクは墨汁よりかなり、粘り気がある気がする。
墨汁よりも、絵の具に近い。
水で薄めるか、先に掻き混ぜた方が良いのか?
いや、待て。
この世界の道具は下手に扱うと妙な化学変化を起こすものが多かった。
主に料理と薬品だが、それはこの世界の素材の影響によるものだ。
そうなると、この世界の素材で作られているインクも同じかもしれない。
「ワタシはまだ、この筆記具に慣れてないから、試し書き用の紙をもらえる? ここまで質の良い紙じゃなくて良いから」
「承知しました」
そう言って、さらに紙を出される。
うむ。
なんとなく宿題が増えたような気がする。
ロメリアが追加で出してくれた紙は、先ほどと同じような普通の紙だった。
質は悪くない気がする。
いや、オレに紙の良し悪しなんか分からないが。
まずは、基本の文字練習……ではなく、適当に直線や曲線を書く。
あの少女漫画の主人公が、こうしてこの世界の筆記具に慣れるために練習をしていたのだ。
ある程度慣れてきたら、直線や曲線を進化させて平仮名やカタカナを書いていく。
うん。
やはり書きにくい。
だが、書けなくはない。
文字を知らないわけではないのだ。
ロメリアはオレの書いた文字をじっと見ている。
文字が下手だから、何か言いたいのかもしれない。
いや、いつもはもっとマシなんだぞ?
定規で引いて書いたような、特徴ある真っすぐな文字と褒められたこともある。
今にして思えば、アレは褒めてなかったのか。
「ロメリア。他の大陸の『みこ』たちに会うとしたらどこが良いと思う?」
この私室は止めた方が良い気がする。
あの「赤イケメン(笑)」とうっかり鉢合わせても困るし、何よりも、あの男にラシアレスをあまり見せたくなかった。
「他の『みこ』たちにお会いするなら、『温室』、『書物の間』ならば問題なく会うことができると思います」
どこか気の進まない様子だけど、ロメリアは教えてはくれた。
まあ、ライバルと連絡を取り合うのは確かにおかしいのかもしれない。
「温室」と「書物の間」か。
「書物の間」は名前からして多分、本のある部屋だろう。
図書室みたいな場所か。
「温室」だと暑そうだし、どうせなら腰を落ち着けて話をしたい。
そう考えれば、「書物の間」か。
……なんて呼び出す?
よく考えれば、手紙というものをまともに書いたことがないオレにとって、初めて女に手紙を出すのだ。
まともな文面を思いつくはずもない。
確か、頭語、結語と時候の挨拶ってやつがいるんだっけか?
天高く馬肥ゆる秋とか?
いや、今は秋じゃない。
しかも、多分、この言葉は駄目だ。
オレの勘がそう告げている。
オレはいろいろ考えて、用件だけを簡潔に書くことにした。
よく考えなくても、正式な手紙とは違うのだ。
『明日、書物の間まで来れないか?』
これで、意味は伝わるだろう。
余計な言葉を付け加えると失敗するのは目に見えている。
そして、その手紙をロメリアに送ってもらった。
そこにもまた魔法の力が働く。
綺麗に封をされた手紙は、ロメリアが目を閉じて祈りを込めると、その手のひらに載せられた封書がふっと消えたのだ。
「これで……、望みの方へ届いたはずです」
ロメリアは目を開けて、オレの方を向いた。
「凄い……」
オレは素直に言葉を漏らすしかできない。
あの少女漫画でも離れた場所への手紙のやりとりをしているという言葉はあった。
だが、それはこんなにもはっきり描かれていなかったのだ。
「アルズヴェール様に仕える者として当然のことです」
ロメリアはいつものように表情を崩さずに言うが……、その頬は少しだけ赤いように見えた。
そして、それから、少しして、ラシアレスからオレが書いた手紙よりずっと丁寧な「了承」という返書があったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました
 




