その名前を口にする
連続投稿です。
まずは、一話目を確実にお読みください。
「ラシアレス?」
そう口にした時、自分で言っておきながら、違和感しかなかった。
口から出てきた言葉は自分の声ではなかったから。
もっとずっと高い女の声。
まるで、タチの悪い悪戯を仕掛けられている気分になる。
パーティーグッズであるよな? 声を変えるガス。
だけど、先ほどオレの口から出た声は、元の声の要素は微塵たりとも感じられなかった。
全く別人の声。
それは、何故だ?
目の前にいる女を見た。
オレの登場に驚いていることは分かる。
まあ、いきなりどこからか滑り落ちてきたのだ。
普通に考えても警戒されるのは当然だろう。
スマホを取り出して、通報されていないだけマシかもしれない。
黒い瞳、黒い髪。
肌は日本人にしてはかなり白い。
唇は桜色。頬も桜色だな。
年齢は見たところ、12,3歳ぐらいか?
背も低い
何より、特筆すべきは胸だな。
身長に不釣り合いなほどでかい。
苦労してそうだ。
だが、なんだろう?
この背徳的なものを見ている気分になるのは。
オレはロリでも巨乳好きでもないが、これはこれで、アリだな。
可愛ければ、何でも許される。
但し、常識の範囲内で。
あの少女漫画の主人公は、貧乳ではなかったが、巨乳でもなく、胸について悩む場面があった覚えがある。
確かに、男の立場から言えば、貧乳は物足りない。
だが、巨乳は、程度によるが、大きすぎると気持ちが悪い。
オレの好みは手ごろなCぐらいだ。
そう考えると、明らかにそれより大きいこの女はちょっと好みの範疇から出てはいるが……、顔そのものは好みなので問題ない。
いや、今は、オレの好みはこの際、どうでもよいのだ。
だが……、先ほどオレが「ラシアレス」と問いかけた時、さらに驚いた表情になった気がする。
もしかして……、これはアレか?
転生したら少女漫画の世界に来ちゃった件について?
オレ、死んだ!?
そうなると、その死因は、付き合ってるヤツからのビンタ!?
うげぇ~、すげぇ、カッコ悪ぃ……。
いやいやいや、待て待て?
彼女が本当に「ラシアレス」なら、かなり凶悪な護衛たちが付いていたはずだ。
「ラシアレス」は、非公式ながら、王族の血を引いているという設定だった。
だから、ハイスペックなイケメン護衛が2人ばかり傍に付いているんだよ。
少女漫画のお約束らしいな。
そして、そいつらは、騎士ではないのがポイントだ。
どちらかと言えば、あの2人は戦う執事に近い気がする。
なんか料理もするし、理由があってなかなか自分のことができない主人公の身の回りの世話もするし。
だが、その役目は美人なメイドじゃ駄目だったんだろうか?
駄目だったんだろうな、作者的に。
オレとしては、戦うメイドさんも好きなんだが。
何より、可愛い主人公に対して、美人な無表情系メイドが手取り足取り世話を焼くって構図は萌えないか?
いかん、思考がちょっと暴走していた。
いや、だって、嬉しくねえ?
好きな漫画の世界だぜ?
狙っていける世界じゃないだろう?
これまでの人生に未練がないかと言われたら、勿論、ある。
ノートパソコンのHDDや、外付けSSDを始めとする記憶媒体の数々を物理的に叩き壊して欲しいとか、机の引き出しの下の隙間にある秘蔵の品を処分して欲しいとかそんな願いも多々ある。
あれらが全て母親や姉貴、妹に見つかったら、社会的にも家庭的にも死ねる!!
あ、近親モノ、幼女モノ、人妻モノはないので、そこは安心してくれ。
他人の性癖にケチをつける気はないが、オレは倫理的にアウトなものは、自分でもアウトだ。
うん。興奮しているせいか。
つい思考が逸れてしまう。
今のオレに大事なのは、確認することだ。
目の前にいる女が本当にその「ラシアレス」なのかってことを。
そして、本当に「ラシアレス」なら、ここは、いつ、どこの場面なのかも確認したい。
あの少女漫画で、主人公の本当の名前が判明するのは、あの世界に来てから三年後……、18歳の誕生日だったはずだ。
あの場面は、何度、読んでも、鳥肌ものだと思う。
いきなりの急展開ではあったが、それまでがずっと暗くて重くて、主人公が酷く傷ついていた時だったから……って、また思考が変な方向へ突き進んでいた。
オレ、本当にあの漫画が好きだったんだな。
姉貴の漫画だったから、実家を出てから全く読んでなかったけど。
もう捨てたかな、姉貴。
「ラシアレス……ですよね?」
思い切って、オレはもう一度確認する。
その声はやはり、オレのものではない。
もし、この女から否定されたら、「その名前の人によく似てたから」と、誤魔化せば良い。
そして、もう一つの名前で確認させてもらう。
年代的にそちらの可能性が高いかもしれない。
目の前の女はどう見ても胸以外は18歳に見えない。
オレの質問に対して、不思議そうな顔をする女。
そして、何かを言おうとした時……。
『これで、7人。全て揃ってしまいましたか……』
不思議な声が聞こえてきた。
―――― 女の声?
目の前にいる女ではない。
だが周りを見ても……。周り?
そこで、オレはようやく、この場所を見た。
オレはずっと黒髪の女しか見ていなかったらしい。
あと黒い床。
ここは、広い部屋だった。
観光ホテルのロビーとかそんな感じの広さだ。
そして円形。
掃除がしやすい形だ。
先ほど叩きつけられた黒い床は、無駄に磨き上げられている。
床に使われている石に模様がないため、大理石や御影石とは違うようだ。
柱は別素材だ。
色違いの太い柱が8本、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、黒、白……。
その色合いになんか、覚えがある。
日本の虹の色と言われる「赤橙黄緑青藍紫」に加えて、「黒」と「白」。
その色の並びは、あの少女漫画好きなら、反応してしまう色でもある。
「神の御羽」と言われた色だ。
思わずニヤリとしてしまう。
部屋の造りは……円柱の上に円錐に似た形……。
サーカスのテントのようだ。
もしくは、異国の遊牧民たちの住居。
八色の柱は白い壁と、同じように白い天井の形に沿って、頂点でまとまっている。
だが、この柱で天井を支えられるのか?
まあ、見えない所に補強は入っていると思うが。
自分が出てきたのは、背後にある白い壁……なのだろう。扉には見えない。
まあ、あの少女漫画は剣も魔法もある世界だった。
しかも、不思議な効果を持つ道具も多い。
そんな世界に転生したのなら、なんでもありだろう。
だが……。
「7人……?」
なんでその数なんだ?
いや、あの世界が異様なまでに「7」と「色」に拘っている世界だったことは覚えている。
主人公自身も何度か突っ込んでいたし。
でも……7人?
どういうことだ?
しかし、先ほどから妙なものが目に入っている。
具体的に言えば、自分の身体だ。
どう考えても見える手も足も、オレのものじゃない。
いや、それ以上に、こんなに折れそうな白い腕も、足も、男のものではありえないだろう。
さらに目線を下に向ければ、目に入る膨らみが、それを決定付けていた。
どうやら、オレは女の身体に転生してしまったようだ。
マジかよ。
確認のために身体を触りたくはなるが、それはどうも申し訳ない気がする。
今は自分の身体だと言い訳もできるが、性別が違うために、自分の身体だという自覚が持てない。
そして……、目の前にいる女も同じように転生して、あの身体に入った?
そうなると、中身は違うのか……。
それが残念に思えた。
確かに外見は可愛い。
でも、中身が違えば、それは「理想の女」ではない。
オレが心惹かれた「ラシアレス」は、その見た目ではなく、表情や言動を伴う内面の方なのだ。
上っ面だけ同じでも……、なぁ。
『アルズヴェール、ラシアレス。その部屋の中央へ。今から貴女たち二人をご案内いたします』
不思議な高い声が、再びこの部屋に響いた。
やっぱり、目の前の女は「ラシアレス」と言う名前のようだ。
中央に向かって進もうとしている。
中身が違う時点で、興味がなくなった。
だが……「アルズヴェール」?
その名前もどこかで聞いたことがある気がする。いや、「見た」か。
あの少女漫画でチラリと出たのはどの場面だ?
カタカナが多すぎるんだよ、あの漫画!
いや、精々、ファーストネーム、ミドルネーム、ラストネームぐらいだけで、洗礼名とか仮名とか貴族家門名とかがないだけマシだったとのは分かる。
よく長い名前のネタとして挙げられる「寿限無」もだが、現実の「パブロ・ピカソ」の出生名や洗礼名とか覚えきれる気がしない。
だが、あの少女漫画の登場人物だちが、あまり聞き覚えのない名前が多すぎるのだ。
まあ、他の作品と重なることは少ないから良いのだけど。
その割に、主人公の通称名が平凡だったのはどういうことか?
作者の意図が謎過ぎる。
「中央に行かないのですか?」
躊躇いがちなその声を聞いた時、全身に衝撃が走った。
なんだ、この声。
めっちゃ可愛い!!
この女、声優か?
だが、残念ながらオレはアニメにそこまで興味がないから、該当する声優が出てこない。
動画でネタになりやすいものなら、一部だけ見ているけどな。
「どうして?」
もっと喋らせたくて、オレは問い返す。
「オレは女、オレは女」と自分に強く言い聞かせながら。
「あなたは……、その……『アルズヴェール』でしょう?」
「はあ!?」
思わず、素で返してしまった。
「綺麗で流れるような金髪とそれをハーフアップにし、纏めている大きな赤いリボン。特徴的なルビーのような紅い瞳。肌が白くスタイルは標準的。着ている服は白いブラウスに赤のジャンパースカート。わたしが覚えている『アルズヴェール』そのものです」
その可愛い声から紡がれる容姿と、「アルズヴェール」という名前。
そして……、「ラシアレス」。
ちょっと待て?
そこから導き出される結論ってやつは……。
「……マジかよ」
そう呟くしかない。
その2人の名前は例の少女漫画でも出てくる。
だが、その場合、「ラシアレス」は主人公の本名だけではなく、別の人間を差していたのだ。
それは、その少女漫画の舞台から、六千年前……いや、確かそれ以上に昔の話。
その世界の人類たちを衰退の道から救った「救いの神子」たちの2人の名前だったはずだ。
どうやら、オレは大好きな少女漫画の遥か昔の舞台に転生してしまったらしい。
ここまでお読みいただきありがとうございました