火の神子の役割
「赤イケメン(笑)」の手によって、鏡面世界に映し出されたのは、一面の砂漠だった。
「これは……」
あの少女漫画で「火の大陸」と呼ばれた場所ではないだろうか?
なんとなく、そう思ってしまった。
この景色がとても、よく似ているのだ。
あの少女漫画の設定では、「火の大陸」と呼ばれる場所に砂漠があって、その中央に中心国と呼ばれる国があった。
だが、その中心国はある日、突然、消失する。
「闇の大陸」の住民たちによって。
主人公たちは、この場所に来て、茫然とするのだ。
あの場面は、見開きだったからとてもよく覚えている。
勿論、周囲にあるサボテンのような植物の生え方とか、多少の違いはある。
だが、全てが同じだとは言わないが……、その雰囲気がとてもよく似ていた。
あの少女漫画の作者は……、どこまでこの世界を知っていたのだ?
『ここが、一番、神の力が集まりやすい場所だ』
それは、あの少女漫画でも言われていたことだ。
神の加護……、大気魔気と呼ばれる空気中の魔力が濃密な「神気穴」と呼ばれる場所。
そこに国を興して、その魔力が暴走しないように、人間たちが蓋の役目を担う……と。
だから、こんな何もない砂漠に国を興し、周囲を水路で囲い込んだ。
さらに結界と呼ばれる、視えない防壁を作り出し、国を護ろうとしたのだ。
結果は、国民の裏切りによって、根こそぎその全てを奪われ……ってまたあの少女漫画の設定に思考が持っていかれていた!?
だが、偶然の一致にしては共通点があり過ぎるんだよ。
『この大陸は、他大陸よりも神の影響が強い』
だから、中心国は「魔法国家」と呼ばれるほどになる。
『だから、現状、このように荒れ果てている』
蓋となる人間がいないからか?
『そうだな。人類の数が足りず、神の力に振り回されているのだ』
魔力の……、暴走か?
『少しはその可憐な口を開け』
「便利なのでつい」
どうやら、オレは神を呆れさせてしまったようだ。
『まあ、良い。ある程度、事情も分かっているようだからな』
そうなると……、あの少女漫画の設定はそこまでずれたものでもないらしい。
完全否定はせずに、かつ、鵜呑みにするなと。
どんなバランスだ?!
オレ、ただの学生だぞ?
鏡面世界に映し出される光景が切り替わった。
映し出されたのは……、人間だ。
服装は……、神話とかのような布を巻きつけたものを想像していたが……、ちょっと違った。
男も女も薄手の透ける布を全身に覆っている。
作業の邪魔じゃないのか?
あの布……。
『ここに住む人類は、直接肌を晒していると、神の力にあてられるのだ』
「体内魔気の護りは?」
確か、魔法防御とか物理防御になる「体内魔気の護り」と呼ばれる薄い防護膜を、人間たちは無意識に張っていたはずだ。
『人類個人の魔力程度では抑えきれぬ』
「なるほど……」
その設定はなかったな。
つまり、神の力が放出されている場所を抑え込まないことには、人間たちは生活できないってことか。
そして、人間たちは不自然なまでに若いヤツしかいない。
状況的に間引きや姥捨て山は考えられないだろう。
そんなことをすれば、大陸の大気魔気が暴走してしまうだけなのだから。
大気魔気の暴走は荒廃を招く。
だから、あの少女漫画の世界も、火の大陸の蓋であった「魔法国家」が消失してしまった後が大変だったのだから。
確か、「救いのみこ」と呼ばれた聖女たちが現れたのは、単純に寿命が短い時代のはずだ。
時系列がどうなっているのか、正直、よく分からんが……、この世界って、あの少女漫画の遥か昔の話って考えた方が良い気がしてきた。
完全に同じ世界とは言い切れないが、無関係と切り離せるほどのものもない。
似て異なる世界の根拠としたかった神の名前にしても、あの時代までに代替わりがあったとか、あるいは、神の名前をそのまま使いたくなかった可能性もあるのだ。
だが……、神に肖像権とかあるんだろうか?
『大陸の現状は分かったか?』
「人口が少ないことはよく分かりました」
『それ以外は?』
「これなら、大気魔気……、神の力の暴走待ったなしということも」
あの時代の現代魔法の源にも繋がる大気魔気は……、源精霊と呼ばれる神の力でもある。
「精霊族や魔獣はいないのですか?」
『数は少ないな。荒廃している地に精霊族も魔力を持った生き物も住まわない』
沈む船からはネズミも逃げるってか。
まあ、住みにくいよりは住みやすい土地を求めるよな。
「他の大陸は?」
『数少ない人間たちが、身を寄せ合って生きるという点において差はないが、この大陸が一番、深刻だ。だが、その分、人類の意識は他大陸の人類たちよりは状況が見えている』
「状況が見えているとは?」
『他大陸の人類たちは、神の力による荒廃を見ていないために、現状に気付いていないようだ』
ああ、なるほど。
当事者意識に欠けている……、と。
まあ、人口が少なくなることが砂漠化になるとは思わんよな。
その辺り、オレたちの世界とも違う。
「因みに……、現状を放置して、人類が滅んだらどうなりますか?」
『……赤の……、いや、火の大陸が滅ぶ。そして、大陸に集まっている神の力が行き場を失くし……、辛うじて均衡が保たれていた各大陸の神の力にも影響が出る』
それって、火の大陸が滅んだら、世界は崩壊一直線ってことだよな?
『そうなるな。其方は、呑み込みが早いから、説明の手間も省ける』
……オレだけ、責任がかなりでかくないか?
なんだ、この無理ゲー。
違うな、難ゲーか。
無理じゃない。
無理にしないために、「救いのみこ」が現れた。
単に難しくて面倒なだけだ。
だが、何故、男のオレが選ばれたのだ?
解せぬ。
「私は何をすれば良いのでしょうか?」
教えて、偉い人。
『人類を増やせ』
デスヨネ~。
それが「救いのみこ」の本来の役目だ。
「私が子沢山を目指せと?」
『……其方は何を言っている?』
また呆れられたぞ?
『まずは神位を上げてからだ。だが、それには時間がかかる。その間にも人類たちは滅びへと向かっているのだ』
つまり、「神位」とやらを上げてから、産めよ、増やせよってことか。
嫌な未来予知だな。
『仕方あるまい。それについては其方にしかできぬことだ』
「嬉しくないですね」
心の準備をさせてくれるだけマシか?
だがな~。
オレは男なんだぞ?
そっちは良いのか?
『中身はともかく、その容姿は我の鑑賞に堪える女型だからな。事情が分かっているだけに、面倒な言葉も要らぬ点も楽だ』
見た目がそれなりに好みで、さらに余計な口説き文句も要らんと。
なんだ?
その、この「赤イケメン(笑)」にとって、都合が良すぎる状況は。
そして、オレのメリットはどこだ!?
『創造神さまより褒美を賜るだろう? 十分ではないのか?』
そのために、好きでもない「イケメン(笑)」と肌を合わせろと?
それはちょっとした脅威だぞ?
苦行だぞ?
『暫くすれば、その身体に魂も馴染む。そうすれば、其方の考えも変わるだろう』
「あ?」
なんだと?
身体に……、魂が馴染む?
『まずは、大陸に住んでいる人類たちを増やすのだ』
「どうやって?」
『それを考えるのが、「神子」たる其方の役目だ』
ぶん投げやがった、この無責任野郎!!
『人類が増えれば、其方の負担も減る』
それって、この身体が、産む量を減らせるってことですかね?
この女、細腰だぞ!?
安産型でもねえぞ!?
鬼畜か?
神ってやつらは……。
『全ては其方次第だ。ああ、それとも、それほど、我を受け入れる気があるなら……、好都合だな』
鬼畜だった。
オレの産む量を減らしたければ……、ざっくばらんに言えば、ヤられる回数を減らしたければ、人類を増やせと。
どんな少子化対策だよ!?
いずれにしても、結末が違わねえなら、努力するだけ無駄じゃねえか?
『火の大陸が滅べば……、神の力の影響を考えれば、次は風の大陸だな』
「……何?」
この「赤イケメン(笑)」……、まさか……。
『あの黒髪の小さくも愛らしい神子はどれだけ、ズィードに愛されることになるだろうか?』
独り言のように……、オレに分かりやすい喧嘩を売ってきやがった。
オレが放り投げれば、あの「ラシアレス」に負担がかかると。
『そうは思わぬか? アルズヴェール?』
ならば、買ってやろう。
神との喧嘩なんて……、少女漫画というよりも、少年漫画みたいだけどな。
「ご安心を、ジエルブ様」
少し話しただけでも、真面目な女だと分かった。
人類を救うために自分の力量以上の努力をしそうなほどの女だった。
しかも、異性経験もないらしい。
そんなヤツを、人間を退屈しのぎ程度にしか見ていない神にくれてやるなんてできるものか!!
「貴方様がご満足いただけるまで、私が精一杯務めさせていただきますから」
そう言うと、目の前の「赤イケメン(笑)」は、一瞬だけ、目を見張ったが……、不敵に笑って……。
『期待しているぞ、アルズヴェール』
と言いやがったのだった。
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