競争意識の有無
『では、アルズヴェール。まずは、神子である貴女に人界の現状を見ていただこう』
朝食後、結局オレは、相方の神である「赤イケメン(笑)」に連絡をとることになった。
連絡をとった直後、ヤツは開口一番「遅い」と言いやがったのだが。
何でも、他の「みこ」はやる気のなかった闇の「みこ」を除いて、とっくに連絡をしていたそうだ。
あの風の「みこ」、ラシアレスも。
―――― つまり、神同士で情報共有しているってことだよな?
つまり、神同士の感覚では互いに競争意識はないってことだ。
目的は人類の人口減少を止めるという共通のもの。
ただ、その人口減少を止めるための大陸が異なるだけの話。
そう考えれば、確かに、競争よりは、情報共有する方が、効率的でもあるだろう。
確かに競争をしろとあの場で言われたわけでもないのだ。
だが、昨日の様子では「みこ」たちは違う。
一部の「みこ」なんか、明らかに他の「みこ」に対して、ライバル意識をむき出しにしていた。
この意識の違いはなんなのかだろうか?
連絡が遅くなったことを詫びた上で、これからの指針を確認しようとしたら……、「すぐに部屋に行く」と言われた。
おいおいおい?
野郎が女の私室に電撃訪問って、神の世界じゃ普通なのか?
そして、ラシアレスや他の女たちも相方の神を招き入れているってことか?
どんだけ、警戒心がないんだ?
いや、もしかして、「乙女ゲーム」とやらの世界では、それが普通の感覚だったのかもしれない。
アホか!!
お前ら、全員、現実を見ろ!!
だが、相手は神だ。
それに、自分の生活の保障を完全に任せている時点で、それ相応の見返りを求められるのは当然だろう。
只より高い物はない。
いきなり問答無用で事に及ばれる可能性も覚悟しておかなければならないのか。
嫌だなあ。
大体、これって、ネットニュースとかでたまに目にする「パパ活」っぽくないか?
いや、相手は年齢不詳の神だから、「神活」なのか?
どちらにしても、生活の援助をしてもらうかわりに、その身を捧げるという点では変わりない。
正直、その考え方は気持ちが悪いな。
オレとは相容れない。
せめても救いは、相手が脂ぎったオヤジではないことか。
あ~、でも、オレからすれば、どっちでも大差はないんだ。
中身、男だから。
それでも、見た目が視界の暴力よりは、ちっとはマシか?
無修正の自分視点AVみたいなものだと割り切れば良い。
いや、感覚を伴う時点で割り切れる気がしない。
しかも、女の場合、初めてってどう転んでも痛いんだろ?
あの少女漫画にも切々と描いてあったぞ。
思わず、口に人差し指、突っ込んで、両側に引っ張ってみて、痛みの程度を試してみたぐらいだからな。
あの表現は分かりやすく、実行しやすかった。
口の両端が突っ張るように痛いんだ。
それ以外のは……、ちょっと手軽に試せそうな例ではなかったので、やらなかったが。
オレがそんなアホな方向に現実逃避をしている時だった。
「アルズヴェール様。来客でございます。お通ししてよろしいでしょうか?」
律儀に、ロメリアがそう声をかけてきてくれた。
相手は神だ。
だから、無視をするという選択肢はないはずなのに。
「分かり……、分かった。お通しして」
オレは覚悟を決める。
何の準備もなく、押し倒されるのだけは勘弁願いたいと思いながら。
やってきた赤イケメン(笑)は、今日も赤かった。
本当に赤かった。
見事なまでに赤かった。
とにかく「赤」以外の印象が残らないほど赤かった。
「おはようございます。ジエルブ様。わざわざお越しいただき、光栄に存じます」
一瞬、「恐悦至極に存じます」と言いそうになったが、耐えた。
その言葉はどこか武士っぽい。
『…………』
おい、こら。
こちらが下手に出てそれなりに挨拶してんだから、一言ぐらい返そうぜ?
オレがそう思うと同時に、赤イケメン(笑)は、クッと笑いやがった。
『そこまで表と裏の顔を使い分けられていると、いっそ清々しいな』
ああ、なるほど。
心を読んでいることを隠しもしないってことですか。
それなら、話も早い。
だが、こちらも、教師の前では毒にも薬にもならんような学生やってんだ。
少なくとも、従者の前で正体を明かすつもりはない。
「ロメリア、場を外せ」
……っとと。
うっかり素を出してしまった。
「畏まりました。扉はいかがいたしましょう?」
扉?
なんでドア?
『其方は、我が純なる神子に無体を強いるとでも?』
「いいえ。ですが、アルズヴェール様は、我らが神子。他大陸より蔑みを受けるような行いは好ましくないと差し出口を申しました」
ごめん、ロメリア。
言っている意味がほとんど分からん。
神子と扉の因果関係を教えてくれ。
『不要だ。内密の話につき、其方は下がれ』
「ご無礼いたしました。それでは失礼いたします」
一礼して、ロメリアは部屋から立ち去る。
今のやり取り、さっぱり分からんが、つまりはどういうことだ?
『其方は本当に中身が男型なのだな』
「あ?」
思わず素が出た。
だが、これは、オレ、悪くねえ!!
『今の女中は、密室で男型と女型だけにすると、妙な噂が立つから止めろと言ったのだ。大陸の代表である神子の評判を下げるような行いをするなということだな』
「あ~、事実はどうであっても、妄想逞しいヤツらが、勝手に噂するってことか」
だから、ドアを開けて、密室状態にしないようにしようか? と問われたのか。
うん。
そんなん、分かるか!!
ちゃんと説明しろ、説明!!
『本来、人類の女型として知っているべき知識だからな。いちいち説明するまい』
なんだろう?
先ほどからこの血液型みたいな性別の言われ方は……。
そして、読み方は違うが、どことなく15メートルぐらいの女型の巨人を思い出すのも何故だろう?
握力だけで壁を上りそうだよな?
「えっと……、自分の考えていることがモロバレなのは間違いないですか?」
『相違ない』
「では、言葉遣いはいかが致しましょうか?」
『それこそ今更だとは思わぬか? 先ほどから其方の口から出ている言葉もほぼ思考に近い』
確かに。
「素のままでお話しても?」
『問題ない。寧ろ、思考と発言が異なる方が、我としても面倒だ』
「それは助かる」
後で、不敬とか言わないだろうな?
『言わぬ。口調の軽さの割に、疑り深いな』
「神様のお相手は初めてなので」
あらゆる角度から見ても方向性が分からんから、いろいろ探ることは仕方ない。
諦めてくれ。
『先に言っておくが、其方に数年は手を出す気などない』
「そうなのか?」
それって数年後には手を出す予定ってことですね?
その点については決定事項ってことか。
そして、それまでに覚悟を決めておけと。
『物事には順番がある。まずは、其方の「神位」を上げる方が先だ』
「神位?」
どこかで見た気がする。
確か、神の位と書いて、「神位」。
あの少女漫画の中にあった「法力」に関係する言葉だったと記憶している。
『人類の魂がどれだけ神に近付けるかというところだな』
あ~、仏教でいう「徳を積む」みたいなものか。
善行の積み重ね、因果応報、自業自得、情けは人の為ならずだっけか?
「要は、人類を救済して、その魂を神に近付けるという考え方で良いのか?」
それならば分かりやすいっちゃあ、分かりやすい。
そして、なんでこんな回りくどい手段を選んだのかの理由付けとしても納得がいくものとなる。
『おおよそ、間違ってはない。その手法にもよるがな』
「手法?」
『それを今から説明する』
「それはどうも、ご丁寧にありがとうございます」
オレが素直に礼を言うと、何故か苦笑された。
なんだよ?
礼を言うのがおかしいって言うのか?
だが、オレの心の声を無視して、「赤イケメン(笑)」は、どこからか大きな鏡を取り出した。
昨日、ロメリアが既に同じことをやってくれたので、あまり驚きはなかった。
もし、これが初見だったら、興奮しすぎて、この「赤イケメン(笑)」から、また苦笑されたことだろう。
その一見ごく普通の鏡は最初、この部屋を映していたのだけれど、「赤イケメン(笑)」が、その鏡面に触れるか触れないか場所で撫でるように手を動かすと、別の場所を映し出した。
これは……外か?
まるであの少女漫画に出てきた黒い水晶を思い出して、嫌な気分がした。
世界中のどこでも映し出せるという神々の異物。
忘れられた時代と言われる時代に存在したその時代にはなかったはずの道具。
それによって主人公や、その彼女を知る者たちが、映し出された光景によって精神的に苦しめられてしまうのだ。
『見ないのか?』
「失礼しました」
いかん、いかん。
気づくと、あの少女漫画の設定に思考が引き摺られている。
明らかに違うものでも、無理矢理、共通点を見つけ出し、結び付けようとしてしまうのだ。
あの少女漫画がこの世界の話だと、誰かが保証してくれたわけでもない。
まず、神の名前が一致していない時点で、似て異なる世界だと考えるべきだと思ったはずなのに、気付けば、何かに誘導されるかのようにそちらに思考が飛んでいってしまう。
他の「みこ」たちもそうなのか?
気づくとあの少女漫画に……、いや、他の「みこ」たちの場合は、それを基とした乙女ゲームとやらに重ねてしまうようになっている?
そのことに気付いて、今更ながらオレはぞっとしたのだった。
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