一晩経っても変わらない
自分でもよく分からないこの世界に来て2日目。
赤色系統で統一された部屋で、オレは目が覚めた。
ピンク色に近い赤色でフリルがふんだんについている落ち着かない布団でも、疲れていたのか、よく眠れたようだ。
いや、正しくは寝落ちしていた。
ベッドの上で、目が覚めてそれを確認した。
当然ながら、誰も起こしてくれなかったらしい。
そして、一晩経った今も、オレの置かれている状況は、全く変わらなかったようだ。
うん、その辺りは全く、期待をしていなかった。
異世界転生だろうが、異世界転移だろうが、基本的に、一度、その世界へ入り込んだら、ほとんどの場合、簡単には戻れない。
たった一日だけの日帰り異世界探訪など、召喚者がお人好しかつ、双方の行き来が可能にしてしまうほどの実力がない限り、ほぼありえないことぐらいオレにだって分かる。
改めて、自分の肩に流れ落ちている髪を確認すると、本来の髪の毛の色よりも、ずっと光り輝いていた。
試しに一本だけ、抜いてみても、根元からちゃんと金色だ。
改めて、天然、すげえ。
つまり、オレの意識は、この金色の髪の女の身体に入り込んだ状態のままらしい。
そして、あの出来事は全て、夢ではなかったようだ。
ベッドの上で胡坐をかく。
ちょっと状況を整理してみよう。
当面は、神たちの思惑通り、「みこ」として過ごす必要がある。
だが、その「みこ」の務めは、いかがするべきか?
表面上、「みこ」は人類の人口減少を止めるために、神との協力プレイをしろと言われている。
だが、相方の神は胡散臭い上に、オレの心が読めるときたもんだ。
あまり積極的に会いたいとは思えない。
チラリとタンスを見る。
そこには相方の神から昨日渡された赤い手鏡が置いてあった。
まるで、早く使えと言い出しそうなほど、昨日よりも、鏡面からの赤い光が漏れている。
気のせいだろう。
うん、気のせいだ。
オレはそう思い込むことにした。
使い方は多分、あの少女漫画に出てきた「通信珠」って通信道具と同じだろう。
思うだけで、対象の相手に繋がるってやつだ。
碌な説明もなかったが、あの時、オレはその通信珠のことを考えていた。
オレの考えが読めるなら、間違っていれば違うと訂正ぐらいしてくれたとは思う。
それすらなければ、無理ゲーだからな。
「アルズヴェール様、お目覚めでしょうか」
「ふおう!?」
突然、声をかけられて、驚きのあまり妙な声が出た。
「アルズヴェール様。淑女……、いえ、女性として、今の姿勢と先ほどの声はいかがなものかと」
さらに、そんなことを言われても、中身が男だからな、オレ……。
悪いが、そこは諦めて欲しい。
咄嗟に出る声にまで気を配れない。
居住まいを正して、声の方を向くと、そこにはオレの世話役の女であるというロメリアが立っていた。
「いきなり、声をかけられたら誰でも驚きま……、驚く」
敬語を使うなと言われたのを途中で思い出した。
言い直したが、逆にちょっと男っぽいか?
「お身体の洗浄をした後、身嗜みを整えましょう」
ロメリアはオレの言葉遣いを気にした様子もなく話を進める。
えっと、風呂と着替え、髪のセットのことか?
あ~、でも、洗浄って言ったな。
この世界に風呂はないかもしれん。
オレ、風呂って、結構、好きなんだけどな~。
力抜けるし。
そして、やはり洗浄魔法を使われた。
さらに、着替えまで魔法だった。
なんだろう、このなんか違う感は……。
いや、気を使う必要がなくて良いけど。
……そう言えば、あの少女漫画。
主人公以外は早着替えが基本だったな。
だけど、不思議なことに髪のセットと、化粧に関しては手作業だった。
確かにあの少女漫画でも、主人公が従者によって、化粧を施された場面は何度も出てきた覚えがある。
ロメリア曰く、髪を整えるのと、顔に化粧を施すのは、繊細な技術となるため、魔法よりは手作業の方が良いらしい。なんでも、細部に拘れるとか。
だが、オレは別に拘る必要はないと思うのだ。
この「アルズヴェール」という女は、何もしなくても平均以上の顔立ちをしている。
肌だって化粧が必要な年代とは思えない。
そう思ってしまうのは、オレが男だからだろうか?
逆に化粧するのが勿体ないと思ってしまうのだ。
化粧って、変な匂いがするし、何より、化粧している女って不味いよな? 男ども。
そして、ロメリアの手によって、準備された朝食。
パンのようなもの。
サラダ、肉のようなものを焼いたもの。
それは分かる。
ゲテモノ料理じゃなくて良かったとも思った。
ただ、なんだろう?
この素材で勝負している感が強い料理は。
そこであの少女漫画の無駄にどぎつい設定を思い出す。
あの世界では、選ばれし人間でなければ、料理ができないのだ。
違った。
僅かでも料理の手順や素材の取り扱いを間違えると食材だったものが、大きな変質を遂げ、謎物体に変わってしまうのだ。
炭化はまだ良い。
形が残っているから。
液体化もまだ良い方だ。
そこから食える物に変化させることも、料理人の技術が高ければ可能らしいから。
未知なる生命の誕生。
これも、食える方向にもっていける料理人は存在する。
それがどんな技術なのかは分からないが。
だが、どうしようもないのが、雲散霧消……、完全に消えてしまうやつだ。
これはどうにもならない。
さらに身体に害のある気体を残すヤツに関しては、本当にタチが悪すぎる。
いや、もっと酷かったのは、一見、美味そうなのに、食うと状態異常を起こすモノかもしれんが。
だが、それは、割と漫画ではよくあるネタだな。
あの少女漫画の設定によると、あの世界の料理と薬の調合に関しては、妙な化学変化が起こりやすいらしい。
そして……、料理を酷い状態変化させてしまう人間が多いのが、火の大陸の人間だったと記憶している。
何でも、火の大陸の加護する神が、料理にあまり手を加えることを好まない性質だったためらしい。
つまりはあの「赤イケメン(笑)」のせいじゃねえか!!
「ロメリアは、料理が得意?」
一縷の望みにかける。
「そ、それがその……」
鉄壁の防壁が崩れ落ちる瞬間を見た。
昨日からほとんど、表情を変えなかった世話役の明らかな動揺。
これは、深追いが不味い案件だ。
「誰にでも得手不得手はあるものね」
とりあえず、そう言った。
まあ、実際、苦手なものは仕方ない。
特に、この世界の料理に関しては、努力家である主人公すら、どこか諦めの境地に至っていた覚えがある。
まあ、あの主人公の場合、付き従う護衛の料理の腕が、あちこちから称賛されてしまうほど良すぎたことも問題だったのかもしれないが。
しかし、あの少女漫画は好きだが、何故、よりによって、オレが火の大陸担当となってしまったのだろう?
もし、光の大陸担当なら、料理が得意な人間が多いのに。
光の大陸は中心国の国王陛下すら、料理ができる。
あの王様は嫌いだが、料理の腕が素晴らしいという表現があった。
かの大陸では、状態変化をさせない道を模索し、美味な料理を作ることに喜びを感じる人間が多く、同じ大陸内に美食国家と呼ばれる国すら存在するのだ。
あのシルヴィクルが羨ましい。
光の大陸担当のあの女は、さぞ、美味な料理を召し上がっていることだろう。
本当に羨ましい!!
まあ、メシなんて食えれば良い。
どうせ、このメシもただなのだ。
それに、下手に余計なものを加えられるよりは、素材勝負も悪くない。
中学の時のオレの友人なんか、バレンタインに貰った手作りチョコの中に髪の毛が数本、入っていたらしい。
ただのホラーでしかない。
一本ならちょっとした嫌悪感だけで済むが、数本なら確実に意図的だ。
恐怖を覚えるしかなかったことだろう。
だから、全力退避を推奨した。
「お呪い」と「呪い」は読み仮名が違うだけで、送り仮名まで一緒の言葉だよな~とその時、思ったものだった。
「アルズヴェール様は、これからどうされますか?」
食事が終わると、ロメリアから、本日の予定の確認をされた。
あ~、どうすっかな~?
「まず、ジエルブ様に連絡を取ろうと思っている……かな」
これからの行動指針を確認する必要はあるだろう。
オレはまだ、何をして良いのかも分かっていないのだ。
流石に、「何の成果も得られませんでした!! 」はないだろう。
なんか、「みこ」は、各大陸の代表者らしいからな。
どこかの闇の大陸の「みこ」のように、「面倒」の一言で、それら全てを放棄できれば、気が楽なのだと思う。
だが、ここにいるロメリアのように、その大陸には生きた人間がいるのだ。
それが、少女漫画や乙女ゲームのために誰かによって、創られた設定だったとしても、同じようにこの世界の住人になった以上、それらを完全に無視はできない。
「畏まりました」
ロメリアは火の大陸の礼をとる。
「風の大陸」を担当することになったラシアレスも、今のオレと同じように悩んでいるのだろうか?
ふと、そんなことが気になったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました




