俺色に染まれ
さて、部屋である。
そこは笑えるぐらいに赤かった。
いや、正しくは赤だけではなく、濃淡のあるピンクなどの赤系統の色を見事に使い分けているのだが、この統一色は、男のオレには辛いものがある。
だって、ピンクだぜ?
どピンク!!
あの少女漫画に出てくる「火の大陸」でもここまで酷い部屋はなかったと思う。
これは、あのゲームの通りなのか?
しかも、これからこの部屋が生活の拠点となるらしい。
家具……、せめて布団の色ぐらい変えても良いか?
そう思って触ったベッドも、柔らかすぎて落ち着かない。
これは、身体が沈みすぎる。
他の「みこ」たちも同じように象徴色に囲まれた生活となるのだろう。
橙と黄色は辛いかもしれない。他の色ならまだなんとか耐えられる気がする。
緑なんかは目に負担をかけない色っていうからな。
……同じ色に統一された視界の暴力のような光景でも、本当に気が休まるかは分からんが。
せめて、壁が白ならもう少し落ち着くかもしれないのに、なんで全面にしやがった?
誰のセンスだ?
神のセンスか?
つまり、これはあれか? 「俺様色に染まれ」ってやつ。
それにしたって、限度があるわ!!
「お部屋はいかがでしょうか? アルズヴェール様」
オレをこの部屋に案内してくれた女が声を掛けてきた。
オレの世話係らしい。
名前は「ロメリア」。
美人だが、愛想の欠片もないような女だ。
だが、大事なのはそこじゃない。
メイド喫茶と呼ばれる場所以外で、こんな女を見ることになるとは思わなかった。
メイドだぜ、メイド!!
しかも、ミニスカメイドじゃなくて、本格的なクラシカル衣装のメイド!!
男なら、興奮して当然だろう!?
流石に時を止めたり、侵入者に対してナイフをぶん投げたり、その長いスカートの中から凶悪な銃器が飛び出したりはしないだろうが、本物のメイドにときめかないなんて、本物のメイドに失礼だよな?
ロメリアは紅い髪、紅い瞳。
その背に御羽がない所を見ると、人間なのだろう。
分かりやすく、火の大陸出身者に見えた。
まあ、神が人間に仕えるはずはないか。
ヤツらは、人間を下に見ているのだから。
年齢は二十代前半。
背は今のオレと変わらないだろう。
但し、姿勢がかなり良い。
身に付けているメイド服は、ワインレッドのロングドレス。
色はともかく、ヴィクトリアンメイド型というエプロンドレスによく似ている。
先ほどからずっと黙って控えていたが、オレがこの部屋を一通り見た後に、声を掛けてきた。
「見事に赤いですね」
何を言っても批判となりそうなので、見たまま答える。
「火の大陸の象徴色ですから」
まあ、そうだよな。
何の感情も込められていない涼やかな答えに、納得する。
「ただ、お気に召さないようでしたら、色の濃淡を変えることぐらいは許されております」
え?
そんなことできるのか?
だが、壁紙の張替えとか、家具の入れ替えって大変だと思うぞ?
それに、濃淡の変更だけってことは、基本的に赤しか使えない縛りは残っているってことだよな?
それなら、下手に変えない方が良くないか?
今は奇跡のバランス配色で保たれているわけだし……。
「このままで良いです」
淡いピンクのベッドは、なんとなく薔薇色の夢を見そうで嫌だけど、暫くすれば慣れるだろう。
無料で用意されている部屋に文句を言ってはいけない。
友人からの情報提供では、安っぽいラブホでは、ビビットピンクをふんだんに使った部屋もあったらしい。
流石に落ち着かなかったそうだ。
金を出した上に、そんな所業。
何の罰だろうな?
そして、それに比べたら、まだマシだろう。
ここに置かれている家具は、明らかに高級品っぽいし。
ロメリアからの説明によると、この部屋はやはり、神と呼ばれる存在より与えられたものらしい。
どの神が準備したかは分からないらしいが、多分、相方である火の神だろうとのこと。
こうしていても、どこか普通の感覚ではいられないのはそのためだろう。
色のためではないはずだ。
この場所は、「人界」でも「聖霊界」でも「聖神界」でもない「狭間界」と呼ばれる不思議空間らしい。
本来、偶然でもない限り、普通の人間は入れない場所だが、選ばれた「みこ」たちは立ち入りを許され、「人界」と交信するそうだ。
正直、「聖霊界」にいると思っていた。
神と偉業を成し得ていない人間が接触できる数少ない場所だから。
神は、呼ばれない限り、望まれない限りは人間たちの世界へは行くことが許されていないのだ。
それにしても、「狭間界」?
その言葉もどこかで聞いたことがあるような気がする。
あの少女漫画に出てきたってことか。
だが、思い出せない。
そうなると、「聖霊界」ほど頻繁に出てきた単語じゃないな。
思い出した時に、どこかにメモっておこう。
「アルズヴェール様は、我が火の大陸より選ばれし『神子』様。私も不肖の身ではありますが、誠心誠意お仕えさせていただきます」
そう言って、ロメリアは両腕を胸の前で交差し、それぞれの二の腕に手のひらを当てて、一礼する。
これは……、火の大陸の中心国の礼だったはずだ。
……本当にこの世界はあの少女漫画の世界ではないのか?
いくら何でも、似すぎているだろう?
日本人向けの作品に、礼の拘りとかおかしい。
もしかして……、作者は、本当にこの世界のことを知っている?
いや、やはり、あの少女漫画の作者によって作り上げられた世界にオレたちが入り込んだだけか?
異世界転生にしても、異世界転移にしても、次元の壁を破るとか、科学の限界を超えすぎだろう。
「分かりました、ロメリア。これから暫く、よろしくお願いいたします」
オレも同じように礼をする。
角度とかは分からん。
そこまで詳しく描いてないし、読んでもいない。
「側仕えにそのような礼をしないように願います」
駄目なのか。
「貴女は選ばれし『神子』です。安易に頭を下げないようにしてください」
おお!?
もしかして、これは行儀指導と言うものか。
「分かりました」
でも、これは本気で助かる。
オレは「みこ」の礼儀どころか、女の行儀も欠けている。
だって、中身は男だからな!!
今後も遠慮なく、バンバン注意して欲しい。
そこで、気付いた。
「ロメリア、突然で悪いけど、頼みたいことがあります」
「敬語も不要です」
おおっと。
敬語なら口調の誤魔化しが効くんだけどな~。
女言葉に慣れていないから。
タメ口でも気安くなり過ぎない言葉。
且つ、「みこ」らしく、お行儀の良い言葉。
無理じゃね?
「それで、御用向きはどういったことでしょうか?」
「えっと……、鏡はあり……あるかな?」
「鏡?」
ああ、確か、「鏡」って言わないんだった。
えっと……、鏡の言い替えは……。
「姿見!!」
「……畏まりました。ご用意させていただきます」
オレの叫びを理解してくれたロメリアは、一礼し……、何もないところから、大きな鏡を取り出した。
「物質召喚魔法!?」
思わず叫んでしまった。
すげえ!!
本当に何もない所から、物が出てくるんだ。
漫画だとよくある表現だと思って気にならないが、現実に見たら、これは絶対驚く。
「アルズヴェール様。どうぞ、お使いください」
「ありがとう」
見た所、本当に普通の鏡だった。
ただ……、そこに映った人間は、オレだけど、オレの姿じゃない。
少し波のある金髪を横の髪だけ後頭部で纏めている。
そして、そこには大きな赤いリボンが揺れていた。
ロメリアと同じような紅い瞳。
肌の色はラシアレスやリアンズほどじゃないけれど、十分白いと言って問題ないだろう。
唇は赤というよりも、「唐紅」? って色に似ている。
血色は悪くない。
胸は大きくも、小さくもないが、服の上からでも膨らみは分かる程度にはある。
まあ、お手頃サイズだ。
でも、腰の括れは分かる。
着ている服は白いブラウスに赤のジャンパースカート。
これは見えていたから分かっていたが、上から見るのと、正面から見るのでは印象が大分違った。
まあ、可愛いというよりは綺麗……の方か?
平均以上であることは間違いない。
他の「みこ」も皆、整った顔立ちだった。
クラスで一番の美少女というよりも、三番目ぐらいだな。
そのために近寄りがたさは感じない。
どうやら、高嶺の花路線ではないようだ。
この顔で、人懐っこく、愛想が良く、気遣いができれば、かなりの男が釣れることだろう。
さらに、化粧をすれば、大化けしそうな気もする。
女の怖さだ。
これが、今のオレ、「アルズヴェール」。
この状況は、異世界転移というより異世界憑依らしい。
そう考えれば、「みこ」の役割が済めば、お役御免とばかりに元の身体に戻される可能性はある。
言い換えれば、すぐに戻れるなどと楽観的な考えはできない。
暫くは、この身体で生きていく必要があるだろう。
慌てたって仕方がない。
なんで、オレが選ばれたのかは分からんが、意味はあるのだろう。
なあ、創造神?
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