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少女漫画に異質混入  作者: 岩切 真裕
【第1章】少女漫画か? 乙女ゲームか?
14/60

絶対に逃がさない

「な~、本当に手を組まねえか?」

 もう一度、打診をしてみる。


「危険人物相手にそんな無警戒な少女がいたら、見てみたいものですね」

 分かりやすく棘のある言葉。


 そして、「危険人物」とは手厳しい。

 

「あんたにとっても得な部分はあるぞ」

 さて、頑張って口説き落とそうか。


 どうすれば、その頑なな態度を崩せるか。


「へ~」

 つれない言葉。


 それも、これからどう変化するか楽しみだ。


「男視点で物が見られるぞ」


 原作となった少女漫画を知っている……それはオレじゃなくても良い。

 じゃあ、オレしかない分かりやすい利点は何か?


 皮肉な話となるが、見た目も中身も女ばかりの中、オレだけが性別が違うという点にあるだろう。


 身体までが男なら、危険は増すが、筋力もない細腕の女の肉体だ。

 悪さにも限度があると思ってくれたら幸いだ。


 しかも、見た目が女なら、中身が男と分かっていても、ある程度警戒心は緩むだろう。


 そして、分かりやすい男としての優位性は、この思考しかない。

 あまり頭脳に自信がない部分が、少しばかり難点ではあるが、そこは誤魔化す。もしくは、押し切る。


 性別による視点の違いは、乙女ゲームならともかく、現実ならば絶対に大きい。


「え……?」


 小さく漏れた呟き。

 ラシアレスは何度も瞬きをしてオレを見た。


「意外だったか? でも、そう言うことだろ?」

「男視点……?」

「そう。対して、オレは女視点を知りたい」


 女の気持ちなんて正直、よく分からん。

 彼女だってい()し、女友達だっているが、そのどれも、よく分からん生き物だった。


「『すくみこ! 』の知識じゃなく?」

 意外そうな言葉。


 彼女はゲームしか知らないから、この世界をその「すくみこ」とやらの世界だと思い込んでいる。


 まあ、少女漫画もゲームもどちらも知っていたヤツらが、思い込むほどだ。

 それだけ、この世界はそのゲームによく似ているということだろう。


「本当にその世界かも分からん知識を詰め込んでも無駄だと思うぞ」

「でも、多分、他の人たちは『すくみこ! 』だと思っているよ」

 彼女もその考えに至っているようだ。


 導きの女神「ディアグツォープ」様への質問や、先ほどの自己紹介、そして、その後の流れから、そうとしか思えない発言ばかりだったからな。


「『七羽(しちう)』の神たちの名前が違う時点で? 『ヴェント』って名前は原作にも出てきたが、『ズィード』なんて聞いたこともないぞ。『赤羽(せきう)』も名前は『フェーゴ』ではなく、『ジエルブ』だった」


 そのことが、オレがこの世界を同一視できない理由の一つだった。


「そうなると、原作と『すくみこ! 』の『七羽(しちう)』の名前は一緒っぽいかな。残りは、レディアンス、ヴァダー、テール、ヒンメル、エスクリダン?」


 つらつらと並べられる名前。


「……おお」

 確かにそんな名前だった気がする。


 レディアンスは光。ヴァダーが地。テールが水。ヒンメルが空。そして、エスクリダンが闇。


 しかも、詰まることなく彼女が口にした名前は、見事に順番通りでもあった。


「ただ、先ほど案内人を名乗ったディアグツォープ様は、同じ名前で、よく似た容姿の女神が出てきた」


 ここはちゃんと言っておくべきだろう。

 乙女ゲームで、女の神なんて、ライバルキャラにならない限りは、モブ扱いされてもおかしくない。


 まあ、隠しキャラである創造神ってやつを落とす時のライバルキャラとして登場している可能性もある。


 だが、少なくとも、彼女とあのリアンズだけ、ディアグツォープ様が登場した時に反応しなかったのだ。知らないと考えるべきだろう。


「ディアグツォープ……()?」

 だが、うっかり口にしてしまった。


 他の神には敬称を付けなかったのだから、気付くよな。


「仕方ねえだろ? 原作で主人公が何度もあの方をそう呼ぶんだから!」


 ああ、これ。

 絶対、退()かれるよな。

 男がそこまで少女漫画にのめり込んでいたなんて。


 目が合わせられなくて、つい逸らしてしまった。


 あの黒い大きな瞳が少しでも、オレを咎めるような色を見せると思ったら、ちょっと嫌だった。


「悪いとは言ってないよ」

 だけど、オレの懸念を他所に、けろりと彼女は答えた。


「わたしも、『すくみこ! 』の創造神を語る時に、『様』を付けたくなる時はあるもの」

 さらに、同類であることも伝えてくれた。


「それだけ、原作が好きなんでしょ? 主人公の口癖が移ってしまうほどに」


 その通りだ。

 だが、他者からそれを許容されるなんて思ってもいなかった。


「……馬鹿にしないのか?」


 ある程度、世の中の男女差別が緩和されても、男が少女漫画を読むと言うのを受け入れられない人間は少なくない。


「なんで?」

 何故か、心底、不思議そうな顔を見せるラシアレス。


「その……、男が少女漫画なんて……」

「男が少女漫画を読んで何が悪いの? それだけ良い作品だったのでしょ?」

 オレの言葉を全力で否定するかのように、被せ気味に返答された。


 本当に、何から何までその通りだ。

 少年漫画、少女漫画に関係なく、あれだけ衝撃を受ける作品に出会ったことがない。


「わたしだって少年漫画好きだしね」

「腐った意味で?」


 せっかく、オレが長年、気にしていたことをあっさりと払拭してくれたと言うのに、うっかりそんな余計なことを口にしてしまった。


 そして、口に出した後で、後悔した。


「腐ったことはないなぁ。男女のカップリングの方が好きだから」

 だが、それを気にすることもなく、自然と返答される。


 ……度量がすげえ。

 なんだ? この女。


 オレの矮小な思考をあっさりと受け入れ、しかも捻くれた言葉に対しても流し方が自然だ。

 素直に感心してしまう。


「あんた、変わってるって言われないか?」

 適切な言葉が思い浮かばなくて、またも、変な言葉が口から出てきてしまった。


「学生時代には類友しかいなかったし、社会に出てからは言われるほど深い付き合いの人間はいないからなんとも?」


 さらに、流す。

 本当になんだ? この女。


 少なくとも、オレの周りには絶対にいなかったタイプだ。


 俄然、この女をもっと知りたくなった。


 これらが表面上だけなのか。

 本当に素なのか。


 それだけでも知りたい。


「改めて、頼みたいんだけど、オレと手を組まねえ? その……、キスのことは本当に悪かったから……ごめん!」

 オレは、90度に腰を曲げて謝罪する。


 土下座も考えたが、それは、却って、マイナスな印象しか持ってもらえない気がする。


「男視点で何かを見るって発想はわたしにもなかった」

 少しの間の後、彼女の呟きが頭上から聞こえた。


「利用する形になるけど、それでも良い?」

 隠しもせずに言いきる。


「それはお互い様だろ?」

 オレは顔を上げて笑う。


 そして、恐らく、オレの方がタチは悪い。


 目的は、既にこの世界の問題解決よりも、このラシアレスの中身へと完全に移り変わっているのだから。


「それで良いなら、よろしく、『アルズヴェール』。いや、『境田(さかいだ)』くん?」


 やべえ。

 苗字呼びにときめいたのは久し振りだ。


「『(ひかる)』で良い。『くん』もいらない」

 だが、どうせなら彼女からは名前で呼ばれたい。


「あんたの名前はどっちが本当だ? 『陽菜(はるな)』? 『はんな』? それともどちらも仮名(かめい)?」


 そして、彼女のことも本当の名で呼びたい。

 それが許される程度に、気を許されるなら。


陽菜(はるな)が本名だよ、光。苗字も『宮本』で間違いない」


 いろいろ心臓に悪い。


 初対面で、ちゃんと本名を名乗っていてくれたのか、とか。


 オレの名前をちゃんと呼び捨ててくれた、とか。


 何よりも、名前呼びを許されたこと、とか!


「あ。でも、名前は呼ばない方が良いかも」

 だが、オレの心の中で行われているお祭り騒ぎに水をかけるかのように、彼女はあっさりと方向を転換する。


「は? なんで?」

 せっかく、呼んでくれたのに?


「他の人が見たら、本名の呼び合いって変に思うかなって。だから、さっきまでみたいに『アルズヴェール』、『ラシアレス』で呼び合った方が良いと思うんだ」


 それは確かにそうだ。

 オレたちと同じような立場の「みこ」たちはともかく、神とかは不思議に思うだろう。


 いや、あいつらは心が読めるから、疑問に思わないかもしれないが。


「なんだ……。焦った……」

 思わず、漏れる本音。


 その時のオレは、自分がどんなに無防備な顔をしていたかなんて分からない。


 だから……、ラシアレスの動きが止まったことに疑問を持った。


「どうした?」

 やっぱり、オレのような男は苦手か?


「『アルズヴェール』が可愛いって話」

 そう言って微笑まれた。


「は?」


 何を言ってやがる?

 男に「可愛い」は褒め言葉にならねえぞ?


 それに……。


「『ラシアレス』の方が絶対、可愛いって」


 あの少女漫画では分からない魅力がここにあった。

 動いて表情が変わって、そこに確かな光があって……。


 間違いなく、今、()()()()()()()()()()()()()()()、これまでにないほど「理想の女」の形をしている。


「小柄な女性が好み?」

「違う。人を少女趣味みたいに言うな。『ラシアレス』の外見はオレのドストライクなんだよ」


 ただでさえ、見た目が平均以上の女だ。


 そして、先ほどの瞳の強さは間違いなく、心惹かれるものがあった。


 だが、マズい。

 誤解が深まった顔をされている。


「えっと……。少し距離を取ってよい?」

 そう言ってラシアレスは少し、後ろに下がろうとする。


()めてくれ。結構、ショックだから」

 オレは彼女の細い両肩をがっしりと掴む。


 せっかく、こんな面白い女に出会ったんだ。

 絶対に逃がしてなるものか!!


 オレは強くそう思ったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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別視点
乙女ゲームに異物混入
別作品
運命の女神は勇者に味方する』も
よろしくお願いいたします。

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