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少女漫画に異質混入  作者: 岩切 真裕
【第1章】少女漫画か? 乙女ゲームか?
13/60

落ちてしまえば

「どういうおつもりですか?」

 部屋を出るなり、ラシアレスは、肩に置いたオレの手を払いながら、そう確認した。


 強い意思の籠った瞳にオレの目が引き付けられる。


 彼女の問いかけは、この行動の真意について……、だろう。

 確かにオレが彼女に構う理由などないように見えるはずだ。


 オレからすれば、放っておけないだけなのだが。


「分からないか?」

「分からないから聞いています」

「あの女は信用できない」

 オレがはっきりと言いきれば、ラシアレスの瞳に戸惑いが浮かぶ。


「親切な方だったでしょう?」

 少し迷って、彼女はそう口にした。


「それを本気で言っているなら、あんたは『ラシアレス』以下だよ」


 本気であの女を「親切」だと言っているはずがない。

 オレが感じた以上の不信感を、恐らく彼女は感じたことだろう。


 男のオレが気付くのだ。

 同じ女である彼女が気付かないはずがない。


 オレと一対一で話していた時よりも、シルヴィクルに対して、明らかに警戒しているようにも見えたことからも、そう思えた。


「気に障ったら、すまんが、オレが知る『ラシアレス』は、のんびりマイペースに見えて、その場の敵意にはかなり敏感だったんだよ」


 乙女ゲームの「ラシアレス」のことなんか知らない。


 オレが知っている「ラシアレス」は、あの少女漫画の主人公だ。

 強くてどこまでも真っすぐで、アホが付くぐらい優しい「聖女」。


 だけど、自分に害意を加えようとする人間に対しては、眠っていても反応するほどの厳しさもあった。


 寧ろ、眠っている時の方が、凶悪なほど、警戒意識は高かった気もする。


「わたしは現実の人間が憑依しているので、貴女の理想に添えず、申し訳ございません」

 ああ、そういえば、そのラシアレスが「理想の女」だと口にしたな。


 そんな細かい言葉までよく覚えているもんだ。


 固い口調で事務的な返答をしながら謝罪する姿は、先ほど、シルヴィクルに向けていた態度とは違い過ぎた。


 現時点ではどちらが本当の姿かは分からない。


 だが……、中身が男と分かっているオレに対して、媚びを売る気配が一切ない点は、かなり好感を持つことができた。


「やっぱり、あんたは信用できそうだ」

 オレは素直にそう口にする。


 先に出会って、会話をしていたこともあるだろう。

 だが、それを差し引いても、あの女どもの中では、一番、まともな思考ができている気がした。


「はい?」

 目を丸くして返答するラシアレス。


 中身は年上であることは間違いないが、入っている器が幼い見た目のために、年下な気がしてくる。


 彼女を引き入れたい理由としては、会話ができることにある。


 自分の言い分だけで、相手の話を聞かないのは論外だし、相手の言葉に流されて、自分の意見を言わないのも問題だ。


 そして、オレが理解できそうな思考。


 他人だから完全に分かり合うことは不可能だが、それでも、仲間にするなら思考がぶっ飛んだ人間ではない方が良い。


 多少の駆け引きはするようだが、人を陥れることを得意なタイプではなさそうだ。


 オレだけでなく、彼女にも利点がある。

 ゲームの方はやっていても、あの少女漫画を読んでいないため、その根幹にある基本的な設定を知らないだろう。


 それに、別の視点から考えられる。

 彼女は思い込んだら、視野狭窄に陥る印象があった。


 性格も、少し見ただけの判断だが、悪くはない。


 真面目だが、他者に甘い。

 それなのに、自分は大丈夫だと虚勢を張る。


 総合的に見て、放っておけない危なっかしい女。


 以上のことから、ゲームの方を全く知らないこのオレが、手を組む相手として選ぶなら、この女しかいないと判断する。


「オレと組まないか?」

「はい!?」

 再び、驚きを返すラシアレス。


 なんで、シルヴィクルの時よりも驚いているんだ?

 本当に、あの女の方が信用はおけるとでも?


「えっと……、ごめんなさい?」

 暫く経って、その桜色の唇から零れた言葉は、迷いながらのお断りだった。


「なんで、オレが振られたみたいになってんだよ? もっと別の単語を使え」

 迷った割に、あまりにも容赦もなくて、胸が痛い。


「御断りの定番でしょう? 『ごめんなさい』って」

 本当に断りたい気持ちに変わりはないようだ。


 軽く言われているけど、オレには結構なダメージだった。


「マジか~。結構、本気でアテにしてたんだけど……」

「当てに……ですか?」

 そこには純粋な疑問の言葉。


「他の女は使えねえ。歩み寄りの姿勢を見せた女は信用できん。だけど、オレは元になったゲームを知らないんだよ」

 どうせ、断られることが分かっているのだから、誤魔化しもせずに彼女を選んだ理由を口にする。


「今からでもあの(ねえ)さんに頭を下げればよろしいのでは?」

「いや、オレは、あの女は好きじゃない」

 信用できん上に、好きになれないならどうすることもできないよな。


「わたしのことは好きなのですか?」

「おお」


 少なくとも嫌いじゃない。

 嫌いになれないタイプだ。


 明らかに面倒そうな女だと思うのに、何故か、逆に構いたくなってしまう。


「『ラシアレス』の顔は好きだ」


 それも事実だ。

 あの少女漫画の主人公によく似ていることもあるが、先ほどからその黒い瞳に目が離せない。


「顔かよ」


 彼女の口からは、先ほどまでの敬語が綺麗さっぱり抜け落ちていた。

 しかも、オレと最初に会話した時とも違う口調。


 思わず口元がにやけた。


「……それが、素か? 『ラシアレス』」

 頑なな仮面をはぎ取ったことが嬉しい。


「これが素だよ、『アルズヴェール』」

 隠しもせずに、彼女は続けた。


 そこには、先ほどまでの澄ました言葉遣いもない。


「思ったより、あっさり本性を暴露したな」


 真面目な人間が本当に真面目とは限らない。

 社会で生きていくためには、猫の皮を数枚被る必要がある人間もいるのだ。


「無駄なことはしたくないんだよ。どうせ、遠からずバレるなら、さっさとバラした方が、わたしも疲れないから」

 開き直ったのか、さらりと言う。


「潔い理由だな」

「まあね」

「そっちの方が良い」


 その辺りも実に、オレの好みだ。

 中身は全く違うはずなのに、あの「ラシアレス」によく似ている気がした。


「……なんで、そんなに懐いた?」

「なつっ!? 人を犬猫みたいに言うなよ」


 素のラシアレスはなかなか言葉がきつい。


「ああ、ごめん。言葉が過ぎた」

 自分でもそう思うのか、素直に謝ってくれた。


「どうせなら、仲良くした方が良いじゃん。好みの顔なら」


 いや、顔より中身だな。

 先ほどから話していても、この女のことは嫌いじゃない。


 こんな面白い女を嫌うのは難しいな。

 会話をしていて退屈しないし、変に取り繕う必要もない。


「中身が25歳で別人だけど?」

「中身が25歳で別人でも。外見は15歳の可愛い少女なら、問題ないだろ?」

 警戒心は強いようだ。隙あらば、牽制してくる。


 分かりやすいその言葉の割に、当人に隙が多く見えるのは、男に慣れていないってことだな。


「それで、キスされた身としては、警戒心バリバリな理由も分かっていただけないかな?」

「あっ!」

 分かりやすく言葉で突き刺しにきた。


「ああ、うん」

 なるほど……。

 あのシルヴィクルより警戒されている理由がよく分かった。

 

「でも、25歳ならキスぐらい初めてってわけでもないだろう?」


 いくら、男に慣れてなくても、25年も生きているんだ。

 どんなに縁がなくたって、一度くらい経験はあるだろう?


「初めてでしたが、何か?」

 満面の笑みでそう返答された。


「は!?」

 初めて……だと?


 25歳にもなって、そんな人間がいるのか!?


「良い年して、乙女ゲームを嗜む程度の女性ですもの。彼氏などいたことがあると思いますか?」

「マジか? そりゃ、悪かった」


 それは、流石に悪いことをした。

 確かに根に持つほど恨まれても仕方がない。


 女の全てがそうだとは言わないが、いろいろな「初めて」を大事にする傾向にある人間は少なくない。


「でも、ノーカンだよな?」

 この様子だとそんな言い訳をしたところで、逃げることなどできないだろう。


 それでも、僅かな可能性に賭けてみた。


「しっかり、カウントされとるわ!!」

 案の定、許されなかったらしく、しっかり叫ばれた。


 でも、何故だろうな?

 力の限り怒鳴られているのに、今までの女ほど怖くないんだ。


 ラシアレスの顔が真っ赤に染まっているせいかもしれん。


 それに、妙に嬉しいんだ。

 先ほどまで澄ましていた顔が羞恥に染まっている。


 オレにこんな趣味があったなんて思いもしなかったのだけど、もっといろいろな顔を見たくなった。


この豊かな表情が、オレによって変わる姿をもっと近くで見たいと思ってしまった。


 落ちてしまえば、早いもの。

 オレは、単純な生き物なのだ。


 だけど、見た目から入るだけの一目惚れよりは、ずっと信憑性があるだろ?

ここまでお読みいただきありがとうございました

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別視点
乙女ゲームに異物混入
別作品
運命の女神は勇者に味方する』も
よろしくお願いいたします。

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