基礎知識の確認
根本的な問いかけをした、レ……、いや、シルヴィクルは、オレたちに鋭い瞳を向けた。
この世界は本当にゲームの世界かどうか?
それを質問したかった理由は分からなくもないが……。
「その『すくみこ! 』という世界をあまりよく知らないワタシたちに言われましても……」
せめて、ゲームをやったと言っていたあの女たちが退出する前に確認するべきじゃなかったのか?
多分、喜んで答えてくれたと思う。
特に、水色の髪の女が。
もしかしたら、BLスキーも答えたかもな。
だが、本当にゲームをやってないオレに聞かれてもな~。
正直、答えようがない。
「そうだったわね」
質問者であるシルヴィクルは肩を竦める。
「『すくみこ! 』は、正式名称『救いのみこは神様に愛されて! 』と言う名前よ。そして、『魔法探索~MAGICAL QUEST~』という少女漫画をベースとしたゲームということは知っているかしら?」
改めて、基礎知識の確認をされる。
ああ、懐かしい名前だ。
あの少女漫画の表題に間違いない。
だが……、そこまでしっかりと覚えてはいなかった。
あの少女漫画の内容ならば、こんなにもいろいろと思い出せるのに。
「友人から話を聞いた限りですが……」
ラシアレスが自己紹介の通りの回答をする。
「姉からの知識程度に」
オレもそう答えた。
少女漫画の方は隅々までしっかり、読み込んだが、ゲームの方は、姉がコントローラーが空を飛ばしたくなるほどクソゲーだったという印象しかない。
「内容的には『すくみこ! 』よりなので、そちらを基本に話をさせてもらうわ。まあ、星を育成するゲーム……そのついでに、少しばかり女の子が喜ぶような恋愛要素が入っていると思っていただければ間違いないでしょう」
「そうなのですか」
ラシアレスは平然とした顔で、そう相槌をうっていたが、オレの心の中では「嘘つけ! 」と叫んでいた。
それなら、「乙女ゲーム」じゃなく、「育成ゲーム」だ。
だが、あの場にいた女どもの反応だけを見ても、間違いなく、狙った神を落とすゲームだと思う。
しかし、そう説明したってことは、この女は、「競争相手」に神と恋愛する選択肢を取り除きたいんじゃねえか?
「だけど、少しずつ、『すくみこ! 』とは違っている」
シルヴィクルは険しい顔をしてそう言った。
やっぱり、少女漫画だけでなく、ゲームとも異なるのか。
それって、もう完全によく似た別世界って考えた方が良くないか?
この女に言うつもりはないけど。
「例えば、創造神という隠しキャラが出て来ていない」
「隠しキャラだから、出てきていないのではありませんか?」
二周目に入るまで全く登場しない隠しキャラだっている。
オレが知っているノベル形式のADV系ゲームでは、最難関ヒロインを攻略するまで、その影も形も見えず、ようやく解放されたシナリオも、おまけにしても雑な扱いというキャラがいた。
「貴女は本当に『すくみこ! 』をやっていないようね。隠しキャラは隠れていたわけではないの。恋愛対象として攻略するには一定の条件を満たす必要があるだけのことよ」
得意げに「『恋愛対象』として攻略」って言っちまってるけど、それは、良かったのか?
いや、オレは別に構わないけど。
神と恋愛する気はハナからねえし。
中身が男で、これまでの人生において宗旨変えをしたくなった経験は一度もない。
これまでに出会った良い漢たちとは仲良くなっても、「僕たちずっと友達だよね? 」で十分だ。
そこから先にホイホイ付いて行く気にはなれないし、相手だってそう思われること自体、迷惑だろう。
「分かりやすく言えば、「すくみこ! 」というゲームと基本は同じだけど、細部が異なると思ってくれたら間違いないわ。私の考えだけど、その原因は恐らく……私たちという『みこ』の介入だと思うの」
「『みこ』の介入?」
シルヴィクルの言葉に、ラシアレスが素直に反応した。
オレも、話はもう少し聞くつもりはあるけど。
「まだはっきりとは断言できないけれど、私たち『みこ』が全て、『プレイヤー』になるってことは原作ゲームでもなかった事象。つまり、これはシステムバグってことよ」
オレは、「システムバグ」って言葉よりも、「みこ」が全て「プレイヤー」ってことに驚くんだが?
この女の言葉が足りてないけど、それってつまり、同時にプレイするマルチプレイ的な話ってことだよな?
例の乙女ゲームって、もしかして、自分以外の他の「みこ」が、ライバルキャラであると同時に、プレイヤーキャラにもなるのか?
なんだ?
その分かりやすいシナリオライター泣かせ。
状態によっては、グラフィッカー泣かせでもあるし、何よりもフラグ管理をプログラムするプログラマー泣かせだ。
しかも、最近ではなく、10年前のゲームだよな?
どんなブラック会社が製作したゲームだ? 容量足りたのか?
いや、考えようによっては全力投球された結果かもしれない。
それぞれの「みこ」たちを「その他大勢」にしたくなかったともいえる。
「面白い仮説ですね、『シルヴィクル』さん」
そう言わざるを得ない。
システムバグと言ったが、それをこの「世界の歪み」と表現するのならば……。
「ワタシたち『みこ』という『異物』が混ざることで、この世界が崩れたなら……、世界はあるべき元の姿に戻ろうとするのでしょうか?」
既に決定されているゲームシナリオや確定されている歴史系の転生モノでよく聞く話だ。
元の正しい形に戻そうとするゲームや歴史の「強制力」という形で聞いたことがある。
「『世界の意思』ってやつね。勿論、その可能性はあると思っているわ」
もし、本当にこの世界があの少女漫画の昔であっても、その乙女ゲームの世界であっても、世界がその歪みを修正しようとする。
それは、人間風情が抗っても逃れられない定められた運命のように。
「どんな形で?」
「さあ? この世界の意思が私たちの常識と同じとは限らない。今の段階ではなんとも言えないわねえ……」
まあ、それが正しい。
これ以上、したり顔で語られても困る。
この女の持つ情報が間違っていないという保証はないのだ。
「だから、手を組みましょう? 『アルズヴェール』と『ラシアレス』」
そう言って、シルヴィクルは手を差し出す。
「他の四人が動かなくても、私たち上位三人が手を組めば、この世界はきっと救われる」
あくまでも「みこ」として、この世界を救いたい……と?
だがな~。
最初に渡そうとした情報が曖昧だったために今一つ、信用できないんだよ、この女。
先にその乙女ゲームを「育成ゲーム」ではなく、「恋愛ゲーム」だと言ってくれれば、もう少し印象も違ったが……。
それに、オレは自分が好きになれない系統の女と手を組む気にはなれない。
「考えさせてください」
オレではない。
横にいたラシアレスが言ったのだ。
断るわけではなく「考えさせろ」と。
なるほど……。
ここで、完全拒絶すれば、逆恨みで何をされるかは分からんな。
「ワタシも……考えさせてください」
それが無難だ。
「前向きに検討する」の類似品だな。
持ち帰っても本当に検討しているのかは謎なやつ。
「何も知らない貴女たちを導いてあげようというのに?」
おい。
お前が「導き」を口にするな。
ラシアレスなら許す。
彼女なら、「導き」の言葉が似合うから。
「確かによく分かっていないのですが……、先ほどの神様たちの話を聞いた限りでは、まず、自分でやってみたいのです」
ラシアレスの言葉は、好奇心を全面に押し出したものだった。
上手い言い方するなと素直に思う。
このシルヴィクルが嫌だから断るというわけではなく、自分の方向性として、その道を選ぶ、と。
これはあまり角が立ちにくい。
「ワタシも貴女の手を借りずに自分で頑張ってみます」
だが、オレは元からこの女の手は借りたくねえ。
いろいろと嫌な言い回しをするし、何より、単純にこの女が好きになれない。
「そう。残念ね」
わざとらしく息を吐きつつも、シルヴィクルはそう答えた。
「気が変わったら、いらっしゃい。二人とも」
そんな言葉を残して。
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