それぞれの言い分
銀髪の女の発言によって、部屋に妙な緊張が走った。
それほど、女どもにとって、先ほどの発言はこれまでのどこか浮かれた雰囲気をぶち壊すような言葉だったのだと思う。
その女は、「自分は人類を救う気はない」と口にした。
それは、神たちがこの場に「みこ」を集めたことを、その根本から否定する話でもある。
神々の意思に逆らうような発言を、ただの人間の身で選ぶなど、元からこの世界にいる人間なら考えることもできないはずだ。
しかも、表面上は人類の救済を謳っているのに。
そう考えれば、この銀髪の女……リアンズ? は、本人が自己紹介で述べた通り、オレたちと同じように、この世界で生まれた「みこ」ではないと考えられる。
だが、なんだろう?
この銀髪の女に対して、妙な違和感をオレは覚えたのだ。
「どうして?」
そう発言したのは、水色の髪の女だった。
先ほどまで、言い争っていたBLスキーを完全に無視して、リアンズを見ている。
「ここは、上手くいけば美形とウハウハな世界よ?」
この場にいる7人の「みこ」たちが協力して、人類の衰退を阻止し、この世界を救おうとかそんな高尚な意思はなかったようだ。
それより、何故、そう簡単に思い込めるのか?
大体、神とウハウハとか、嬉しくもない。
「めんどい」
リアンズは一言だけ返す。
……うむ!
同感だ!!
そして、自分より年上の女しかいないこの場所で、しかも、視線の中心となった中で、己を貫き通す、その度胸は見習いたい。
「あんた馬鹿かあああっ!!」
今度はBLスキーが叫んだ。
少なくとも、お前の脳よりはまともな思考をしている気がする。
男同士の恋愛なんて生産性がなさすぎるだろう?
レイと水色髪も同じように声をかけたかったようだが、出遅れたのか、口の開閉を繰り返している。
ラシアレスはこの状況を静観の構えをするようだ。
オレの左隣で、何も言わずにリアンズを見つめている。
その横顔は、綺麗と言うより、可愛らしい。
やはり、この中では、一番の好み顔だな。
胸がもう少し控えめならもっと良いのに。
会話に参加していないもう一人の巨乳は……、周囲を見て、オロオロしているだけだ。
残念ながら、胸ほど精神的などっしり感はないらしい。
「私たち『みこ』が動かなきゃ、神様たちだって困るのよ?」
BLスキーは、水色の髪の女と違って、意外にもまともな発言をした。
神はそこまで困っちゃいないだろうと、考えていたオレなんかよりもずっと。
少し、見直した。
現実問題として、この世界の人類の人口が、減少し続けていることに間違いはないのだ。
「馬鹿で結構。神々に興味はない」
リアンズはそう答える。
まるで、「くだらないことを言うな」とでも言うかのように。
その様子にまた違和感があった。
本当に神々に興味がないと言うのなら、あの少女漫画はともかく、ゲームの方を知っているのが不思議だ。
これまでの話から推測すると、その乙女ゲームは、「みこ」と神が、恋愛を楽しむものらしい。
どんな猛者だ?
本気で神と人間が恋愛できると信じているなら、真っ当な神経をしているとは思えない。
これは、あれだ。
例えるならば、「お前は、愛玩動物と本気で添い遂げられるって信じてるの? 」と、そう言っているも同然なのだ。
勿論、そんな剛の者もいるかもしれない。
「ペットは家族」を通り越して、「ペットが恋人」と言うようなヤツは少数派だが、確かに存在する。
だが、寿命も自分より短い生き物。
そして、意思疎通も難しく、何より、種族が違うという状況だというのに、本気で力強く頷くことができるのは、先の見えないバカとしか言いようがない。
その対象が、自分を置いて逝くことは間違いないのだ。
本気で想ってしまえば、その喪失感を抱えて、その先、気の遠くなるような長さの時間を生きるとか……、そんなの神だって嫌だろう。
だから、聖霊界で待ち受けて、その死んだ後の魂を保護……いや、捕獲するなんてことを考えるのだろうけど。
そうやって、神に選ばれてしまった魂は、二度と転生できなくなるらしい。人間にとっては、厄介極まりない話だ。
まあ、それは、あの少女漫画の設定であって、現実的にそうだとは思っていないけれど。
「話はそれだけ?」
そんな短いリアンズの言葉。
どうやら、これ以上の馴れ合いもしたくはないらしい。
「それじゃあ」
誰もが声をかける間もなく、その長い銀髪を翻し、この部屋から出て行ってしまった。
オレたち、移動魔法っぽい力でここに来たはずだけど……、勝手に部屋から出て、行先が、分かるのか?
外にまた案内人がいるのか?
「な、何!? あの小娘?」
おおっと「小娘」発言いただきました。
まあ、レイはその中身が31歳らしいから、先ほどのリアンズをそう言いたくなる気持ちも分からなくはない。
ダブルスコアを越えてるからな。
「まあまあ、姐さん、そう怒らないで」
「姐さんって、言うな!」
水色の髪の女は楽しそうに、そう言った。
「姐さん」……、その呼び方は良いな。
「レイ」だとどうしても妹の泣き顔がチラつくのだ。
でも「みこ」名は覚えにくかった。
シルビ……、いや、「シルヴィクル」? で、間違いはないと思うが……。
「ところで、『シルヴィクル』さん? なんで、ワタシたちって集められたのですか?」
とりあえず、オレたちの自己紹介は済んだ。
リアンズが出て行ったことで忘れられそうになっていたが、元々、この女が何か目的があって、集めたはずだ。
「当然、情報共有よ!」
そう宣言する。
情報共有?
だが、お前は、誰かと共有できるほどの信頼できる情報を持っているのか?
確定された情報以外のものは、推測、噂話の域を出ないものだ。
曖昧な言葉を信じて鵜呑みにするのは危険すぎる。
起こってしまった事実は一つしかないが、真実はその事実を知っている人間によって変わってくるのだ。
どこの誰だ?
「真実はいつも一つ」なんて言っているやつは?
それが本当なら、世界の争いごとは起きない。
それぞれの正義がぶつかり合う、戦争なんて起こるはずがないのだ。
真実は、人の想いが関わることで、簡単に変化する。
それも、また一つの事実だ。
まあ、理系の考え方では「真実」が一つだというのも理解できる。
質問に対して、導き出される答えが回答によって異なるのは、文系であり、理系ではあまりない。
途中計算式が違っても、行きつく答えはただ一つ。
それが数学だ。
二次方程式の解は二つあるじゃないかとか突っ込むなよ?
二つの解が導き出されることも含めて、その答えは一つってことだからな。
そして、例外については、これ以上、追求するな。
主旨が変わってしまう。
「ああ、そうなんだ~。じゃあ、そんなんなら、私はパス!」
水色の髪の女ははっきりと言いきった。
「互いに狙っている神様が分かっただけでもう、十分だから。貴女たちは、好きに世界を救っちゃって」
そう言って、リアンズのように部屋から退出する。
本当に行先は分かっているのだろうか?
この女の場合、先ほどのリアンズよりも心配になる要素しかない。
「私も良いです。こうしている間にも、神様たちの煌びやかな絡みイベントが発生しているかもしれないし」
そして、BLスキーが続く。
神同士の絡み……というより、男同士の絡みなんて誰得だ?
BL好き得だな。
オレがいろいろ悪かった。
「えっと……、私も失礼いたします」
そう言いながら、巨乳女も扉に向かって行く。
影、薄かったな。
男性恐怖症というよりも、家族以外の他人が苦手なのかもしれない。
我が家の妹のようなタイプだ。
そして、家族からは無償で気遣ってもらって当然だと思い込む。
そこまでなんとなく想像できた。
これで、ほとんどの人間が部屋からいなくなった。
残っているのはオレと、ラシアレス、シルヴィクルのみ。
「ワタシたちも行きますか?」
ラシアレスに声をかける。
だが、彼女は、何故か戸惑うような表情をオレに向けた。
シルヴィクルへ目線を向けている辺り、気になってしまうらしい。
―――― ああ、甘い女だ
どうしても、傷ついている人間を放って置けない人間。
どうやら、彼女は、あの口調ほど、固い人間にはなりきれていないらしい。
『良いから、行くぞ』
オレは、ラシアレスの肩を引き寄せながら、耳元で囁く。
背、低いな、ラシアレス。
あの少女漫画の主人公と同じぐらいか?
しかも、仄かに良い香りがする。
何の匂いだ?
「アルズヴェール、ラシアレス」
部屋から、揃って出て行こうとしたオレたちに向かって、先ほどからずっと黙っていたシルヴィクルが呼びかけた。
ようやく、動く気になったと思って、その動きを止める。
シルヴィクルは、真剣な眼差しをオレとラシアレスに向けて、その本題を口にした。
「貴女たちはこの世界が本当に『すくみこ! 』の世界だと思う?」
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