その日、運命は音を立てる
「乙女ゲームに異物混入」の別視点作品となります。
あわせてよろしくお願いいたします。
上に5学年差の気が強い姉。
下に2学年差の内気に見える妹。
そんな姉妹の間に挟まれたオレこと「境田 光」は、割と早い段階で、「女」という生き物に対して、「夢」はなくなった。
オレの弱みを握って、扱き使おうとする姉貴とか。
嫌なことがあると、無言で大粒の涙を零す妹とか。
基本的に女は外面を繕う生き物だと知っている。
だから、家で気を抜いている時が本性だと思うのが当然だろう。
そして、他の女はそうじゃないと、オレにはどうしても、思えなかった。
小さいとはいえ、小学校、中学校、高校と男女共学の学校に通っていたのだ。
だから、身内以外の徒党を組んだ時の女の怖さも知っているし、仲良く見えてもその裏で互いに陰口を叩き合っている姿も見てきた。
だが、夢を持てないからと言って、異性に興味が持てないわけでもない。
年頃の青少年らしく、それなりに、現実の女性に対しての反応も、時として扱いに困るぐらいしっかりある。
そんなオレは中学にして既に「理想の女」と言える存在に出会ってしまったのだ。
始まりは、姉貴が持っていた少女漫画だった。
それも、本棚の一段を占めても足りないような長編漫画。
絵柄は好みではなかったのだけど、その異様さが気になって、なんとなく手にとった。
そして、落ちた。
それはもう、呆れるほど見事に。
その主人公や周囲には、希望の光と絶望の闇が交互に繰り返し、攻め寄せて……、やたらと長い漫画だったのに、気付けば時間も忘れて読み耽り、姉貴に部屋から叩き出されてしまうこととなる。
同時に、新たな弱みが誕生した日だった。
男向けの媚びた少年漫画のヒロインとは違う強さを持った女。
男に護られるよりも、男の横に立って自ら戦おうとする女。
強くもないのに弱さを隠して、強くあろうと胸を張り、自分の足で立とうとするその懸命さに心を惹かれた。
ゲームの設定ではよくあるし、少女漫画としては珍しくもない話。それでも、オレは彼女の表情や考え方を含めて好きになったのだ。
こんな女が現実にいたらと思ってしまうぐらいに。
それに、魅力的な人間の周りに魅力的な人間たちが集まるのは当然の話。
そのために、その周囲に負けないように主人公はさらなる努力をして、もっと魅力的な人間へと成長していくのだ。
いや、流石に少女漫画の主人公が「理想の女だ! 」と、誰かに公言したことはないし、今後もすることもないだろう。
その発言は、どう捉えても、二次元と三次元の区別がつかないイタいヤツにしか見えないのだから。
そして、現実的な話として、読者からの人気を得るために、二次元の女の魅力が高いのも当然の話だということも理解できている。
流石に転生してその世界へ……などとアホなことを考える気もない。
だが、自分の好みの傾向が分かっただけでも良かったと思っている。
外見じゃなく内面の話。
黒髪、黒い瞳、そして背が低い小柄な女なんて、この日本には履いて捨てるほどいる存在だろう。
まあ、強く眩しい輝きを放つ瞳に関しては、そうどこにでもいないと思う。
尤も、そんなもの。
20年ほど生きてきた人生の中で、たった一度しかお目にかかったこともないのだが。
そんなオレでも、人並みの格好をして、学生生活を送っていれば、「理想の女」に巡り会えなくても、「彼女」というものはできるらしい。
尤も、長続きはしない。
その根底に、「女の顔には裏がある」と頭にあるからだろう。
オレの弱みを握って、扱き使おうとする姉貴は、信じられないことに、彼氏の前では可愛い女を演じているらしい。
散々、オレを罵倒しているその口で、彼氏に対しては甘えた声を出しているようだ。
だが、家に帰れば、彼氏の愚痴しか零していない。
気遣いが足りないとか、言葉が足りないとか。
実家に帰るたびに聞かされるこちらの身にもなれ。
そして、お前が求めるような男は少女漫画にしかいないと言いたい。
嫌なことがあると、無言で大粒の涙を零すだけだった妹は、家に帰れば、素早いフリック入力を駆使して、アイドルの推しについて熱く語るようになったらしい。
この前、実家に帰って、あの指の動きには本当に驚いた。
幸い、腐ってはいないようだが、手作りアイテムが増えている。
そのうち、噂に聞いた「祭壇」ってやつを作り出しそうで怖いと思ったものだ。
それ以外にも、高校時代、人生最初に付き合った彼女は「隠れオタク」というやつだった。
しかも、腐っていたらしく、その頃に激萌えしていたキャラとオレの身長が同じだったらしい。
しかし、そのキャラが途中で死んだらしく、同時に醒めたと言われた。
オレからすれば、「わけがわからない」というしかなかい。
そして、「隠れオタク」なら、最後まで隠れとけ! とも思った。
まあ、その女とはそこまでの感情もなかったし、何よりも清い関係だから、互いに傷もなかったのだが。
次に付き合った女は、同じ部活の先輩と二股をかけていやがった。
確かに当時のオレはパッとしない男だったけど、露骨な当て馬扱いされて、平気でいられるほどプライドの低い男でもなかった。
大学に入って、最初の彼女は……、まあ、うん。いろいろ酷かった。
始めは普通だったと思ったオレを助走をつけてぶん殴りたいぐらいだ。
付き合っている男の財布に許可なく手を出すとか絶対、頭おかしい。
そして、別れる時に一番、面倒だったのもこの女だった。
自分が悪いのに、公衆の面前で泣き喚くとか正気じゃねえ。
その次に付き合った女は、勝手にオレの住むマンションの合い鍵を作ってやがった。
始めは気のせいだと思っていたんだ。
物の配置が替わっている気がする……、なんて。
オレも一生懸命、否定したかったよ?
無意識に自分が動かしたんだろうって。
たまたま、講義がなくなって早く帰宅したら……、その女と鉢合わせて、発覚。
何でも、そいつが言うには、「彼氏の家を何も言わずに片付けてあげる健気な彼女」というシチュエーションに憧れていたらしい。
だが、オレは、許可なく合い鍵を作って家に上がり込んだ挙句、知らない間に勝手にあちこち触られているという状況はどうしても、許せなかった。
家には他人に見られたくない物だってそれなりにある。男として。
そして、今、付き合っている女には……、先ほど喫茶店で引っ叩かれたばかりだ。
幸い、眼鏡は無事だったけど、左頬が酷く痛い。
口は切っていないようだが、熱をもっているから、かなり腫れているかもしれない。
持っていたタオルを水で濡らし、頬に当てると少し、落ち着いた。
叩かれた理由は、何でも、「私が話をしている時に不機嫌オーラを出すなんて信じられない!! 」らしい。
そう言われながらビンタを食らったから、間違いないだろう。
だが、オレにも言い分がある。
その話の内容は、「元カレが昔、その女に対してしてくれた嬉しいこと」だったのだ。
本当にわけが分からない。
そもそも、「元カレ」とはいえ、他の男との惚気に近い過去話を聞かされて、上機嫌になれるほど度量が太平洋並の彼氏なんているのか?
少なくとも、オレには無理だった。
元々、短気だし、怒りの沸点が低い。
しかも地雷が多すぎる。
その割に、オレに対しては、好き放題、言ってくる。
もう無理だ。
そろそろ別れよう。
寧ろ、叩かれた時に即、別れるべきだったが、相手が怒って立ち去った以上、その場で別れ話ができなかった。
あれは失敗したな。
もしかしたら、「別れる時に面倒だった歴代彼女」の順位が入れ替わるかもしれん。
嬉しくもない記録更新だ。
まあ、つまり、オレには女運がないらしい。
いや、ないのはオレの女を見る目か?
だが、こうも酷いと、本気で二次元に走りたくなる。
「ただいま」
誰もいないと分かっていても、家に帰るとつい言ってしまう悲しいサガ。
まず、この頬を冷やすか。
小さいし、製氷機なんて贅沢な機能は付いていないけど、冷凍庫がついた冷蔵庫だ。
氷は作っていたと思う。
その冷凍庫を開けた時だった。
―――― ぶぉんっ
低くて妙な音が、自分の頭の上で聞こえた。
そして、それは多分、機械的な音だったような気がする。
だが、その音について、深く考える暇など与えてくれる慈悲はない。
手に持っていた濡れたタオルの感覚もなくなり、そのままオレの視界は閉ざされてしまったのだった。
****
その感覚としては滑り台を頭から滑った時に似ていた。
暗闇の中で、自分の胸や腹、腕や膝に、床のような何かが滑って擦るような違和感だけがあった。
そして――――――、目に眩しい白さを視認した時……。
「――っ!?」
黒い床に思いっきり叩きつけられた。
わけが分からない。
オレは夢でも見ているのか?
だが、顔を上げた瞬間、全てがどうでもよくなってしまうような光景があった。
オニキスのような黒い瞳、烏の羽のように艶やかな黒い髪、白磁のように滑らかで穢れのない白い肌。そして、桜色の唇をした小柄な女が、目を丸くしてそこにいたのだ。
それはまるで、外見だけなら、オレの「理想の女」の形をしていた。
だから、思わず口にしていたのだ。
あの少女漫画の主人公の本名である「ラシアレス」という響きを。
別作品「運命の女神は勇者に味方する」、別視点「乙女ゲームに異物混入」とあわせてお楽しみください。
ここまでお読みいただきありがとうございました。