3*
櫻井のお兄さんらしき人が去ってから数分が経った。
甘く漂っていた空気は、今やどこかへ消えてしまい、私たちは静かに正座をして向き合っている。
さっきのキスの余韻も、まるで夢だったかのように薄れていく。
ただただ、気まずい。
「カッコ悪すぎる……。くそ、せっかく良い雰囲気だったのに」
櫻井はそうぼやくと照れを隠すように、両手で自分の顔を覆った。
そんな彼を見て、少しだけ笑ってしまった。
なんか、可愛い。
「さっきの、お兄さん?」
「そう。2個上のアニキ」
「ゲームやるんだね、櫻井」
「まぁ……。人並みには」
「……」
なんとか会話を続けようと、何気ない質問をしてみたけれど、うまく流れがつかめない。
櫻井はまだ顔を隠したままだ。こんなに気にしなくてもいいのに…。
私はどう切り出そうかと迷っていた。
「えっと、お兄さんが言ってたことだけど……」
「……」
「えっと……」
自分で言うには少し抵抗がある。
でも、櫻井が小学生の頃から私を好きだったという話が本当なら、それは少し知りたい。
「……黒髪」
櫻井がふと呟くように言い、私の髪にそっと触れる。指先で髪を絡めながら、まっすぐに私を見つめた。
「髪が長くて、黒くて綺麗だと思った」
櫻井は私の髪をくるりと指先に絡めながら、私を見つめる。
単純な私の心臓がまた高鳴り始める。
「そんな子どこにでもいるじゃない。前の彼女さんだって黒髪が綺麗だった……」
「元カノの話は……」
櫻井が言いかけて止まる。私は少し意地悪に続けた。
「その前の彼女だってそうだった」
「なっ! お前良く見てたな」
見てたよ。
目立っていたし、少しだけ憧れていたから。
「私が黒髪だから好きなの?」
「ちがっ!! お前の黒髪が俺の初恋なの!」
「はっ?」
なんだ櫻井、黒髪フェチだったの?
確かに私は昔からこの髪の毛は自慢だけれど……。
「あ、なんか誤解してるだろ」
「いやいや、してないよ? これからも髪の毛には気を遣うね」
「ばかっ!」
櫻井は私の腕を掴むと少し強引に自分に引き寄せた。
私はまた櫻井に抱き締められ、彼の胸元に顔を埋めている。
「小学生の頃。島野の家の前を通った時に、お前が笑顔で手を振ってくれたのが印象的で……」
彼は恥ずかしそうに言いながらも、私を強く見つめ続けている。
そのまっすぐな視線に、私の心も揺さぶられる。
「一目惚れしたんだ」
彼の声には、隠しきれない感情が溢れていた。私が、そんな風に彼の心に残っていたなんて、想像もしなかった。
「島野めっちゃめちゃ可愛くて。でも、俺もガキだったから、同じ学校の女子に告白されたら嬉しくて……。島野に似た髪の子と付き合ってた」
私が好きだったから、私に似た人と付き合ってたってこと?
「同じ中学になって、俺がどれだけ嬉しかったか……。でも島野は俺のことまるで眼中になし。だから俺は、楽な方へ行った」
私はずっと、遠くから見ていただけだった。明るくて、みんなの人気者で、私とは違う世界にいる人だと思っていた。でも、彼はずっと私を見ていたんだ。
「見てたよ? いつも明るくて、笑ってる櫻井」
「じゃあ、俺って本当のバカじゃん」
「そうだね。……でも」
櫻井がそう言って顔を伏せたけれど、私はすっと近づいて、そっと彼の唇に触れるキスをした。ほんの一瞬のキス。それでも、彼に気持ちを伝えるには十分だったと思う。
「私もバカだよ。色々とね、知ろうとしないでいたから」
「……」
恥ずかしくて櫻井の顔を見られず視線を落としていると、彼の反応がなく不安になる。
「えっと、急にごめん、櫻井と違ってキス下手で……」
「ちがっ! 俺だって島野が初めてだし」
「いや、嘘でしょ」
「嘘じゃない。いつも俺が手を出さないのが原因で別れて……。って! くそ、何でこうペラペラと俺は!」
顔を上げると、真っ赤な顔をしている櫻井がいた。なんだかその姿が可愛くて、自然と笑みがこぼれる。
「……かわいい」
「可愛くない! もう、さっきから俺ダサすぎ」
「ううん、ちゃんと櫻井のこと分かって嬉しい」
「っ! なんだそれ、島野の方が可愛すぎるだろ」
櫻井は恥ずかしさを隠すように、私の髪を優しく撫でながら、頭やおでこにそっとキスをしていく。そのたびに胸がドキドキして、私は目を閉じて次のキスを待っていた。
いつ唇に来るのか目をつむりドキドキしながら待っていると、体重をかけられ私はまた押す倒されてしまう。
「仕切り直しだ」
そう言って、櫻井の唇が近づいてきた瞬間。
バーーン!!
「おーい! 話し終わったか? そろそろにーちゃん、ゲームやりたいんだけど……」
迷いなく現れたのは、もちろん櫻井のお兄さんだった。至近距離の私たちを見て、彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと笑いそっと扉を閉めるのだった―――。
その後の櫻井の叫びは割愛させていただく。
―――――
「おめでとう!」
朝一番、櫻井と付き合ったことを唯に報告すると、自分のことのように喜んでくれてた。
「まぁ、分かってたけどね」
「なにそれ」
「あれだけ仲良く帰っていたら……ね。なっちゃんが心許せる相手って貴重だし、そうなったら良いなって思ってた」
「まぁ、うん」
「照れるなっちゃん可愛い!」
「ばかっ!」
ふと、唯の後ろの窓から厚い雨雲が見えて、佐々木と付き合う前に唯がよく空を見ていたことを思い出す。
私の視線に気付き、唯も空を見上げた。
「一雨きそうだね。でも今日は雨予報じゃなかったから、降ってもすぐに止むかな」
「さすが唯、毎日空を見上げていただけはあるね」
「ふふふ、まぁね。じゃあさ、今日は部活はないし、もし雨が上がったら4人で遊ぼ!」
「それ、いいね」
休み時間になったら、櫻井に言ってみよう。
昨日のあれから会っていないから、また気まずくなっちゃうかな。
でも今日は2人がいるから助けてもらおう。
さぁ、雨降りの後には何をしようか。
[奈津美と健太]
お読みいただきありがとうございました!
きゅんとできたでしょうか……。




