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最近、親友に初めて彼氏が出来た。
半年の片想いが見事成就。
私も一役買ったと、ここにしっかり宣言する。
いやそんな言葉では済まされない、私はとても貢献した!
「唯! 一緒に帰ろー!」
「あの、なっちゃん……。今日は」
「あーそっか。はいはい、楽しんで!」
「ごめんね」
部活が終わり、帰路の同じ唯と一緒に帰るのが毎日の日課だった。
それが佐々木という彼氏のせいで日常が崩れ去られようとしている。
いや、良いんだけど。
……良いんだけど。
「良くなーーーい!!」
「うるさっ」
「ちょっと櫻井! あんたの友達、唯を独占しすぎ」
部活終わりの誰もいない夕暮れの校庭に向って全力で叫ぶと、隣にいる男が迷惑そうな顔をしてこちらを見る。
中学から一緒の櫻井健太、顔見知り程度だったがお互いの親友が付き合うことになり何だかんだ私達も距離が縮まった。
帰り道も一緒のため、最近では櫻井と帰ることも珍しくない。
中学の時からムードメーカー的存在でクラスの中心にいる彼は、成績も良いことも相まってとにかくモテる。
今は前よりも落ち着いたが、彼の中学の様子を時々女の子から聞かれることもある。
同じクラスではなかったけれど選択授業や委員会で一緒の時に彼の周りには常に人がいて、私とは別世界の人間だなと冷めた目で見ていたのは今でも変わらない。
「島野奈津美、そんな目で見んな。仕方ないだろ」
「ちょっフルネームで呼ばないでよ! もうっ私帰る」
「おいおい! 待てよ!」
櫻井は慌てて私の後を追ってくるが、今日も別に一緒に帰る約束はしていない。
彼は私が1人で帰る時はにタイミング良く現れて、話していると何となく一緒にいる流れになる。
今日もそうだった。
唯が佐々木と帰る日だったのに、それを忘れて彼女に気を遣わせることになって落ち込んでいたら櫻井がぽっと現れた。
「というか櫻井、彼女いなかったっけ? 髪が長くて綺麗な子」
「あぁ、結構前にさよならした」
「えっ!? 文化祭のミスコンで優勝してた子だよね。もったいない……」
「ミスコン準優勝のおまえが言うか? 始終不愛想にしてなきゃ島野が1位だったぞ」
「やめて、黒歴史だから。唯が勝手に応募して外堀埋められなきゃあんなの出なかった」
吹奏楽の出し物もあって忙しかったのに、クラスのメイド喫茶にミスコンと本当に大変な文化祭だった。
あ、でもミスコン準優勝の食堂ランチ1ヶ月無料券は嬉しかったな。
「あ、今笑った。当ててやろうか? 食堂タダ券を思い出してただろ」
「っ何で!」
「タダにかまけていっつも高いの食べてるだろ?」
バレたか、少し恥ずかしい……。
確かに、いつも食べられないようなカツカレーとか温玉乗せ牛丼とか贅沢している。
「そんなに私のこと見てるけど、好きなわけ!?」
からかわれて少し悔しさもあったが、私らしくないことを言ってしまいすぐに後悔する。
言い返すにも他にも言い方があっただろうに。
隣を歩く櫻井の足が止まったので振り向くと、彼は真っすぐに私を見ている。
心臓が大きく跳ねたのが分かった。
「うん、島野が好きだ」
櫻井は躊躇する様子もなく、さらっと答える。
その言葉にもう一度、さっきよりも心臓が痛くなった。
何を言ったら正解なのか分からなくて、言葉に詰まっていると櫻井がゆっくり私の隣に並ぶ。
「ははっ! 顔真っ赤」
私の顔を見て笑い出す櫻井に、からかわれたのだと気付く。
悔しくて顔を背けながら勝手に歩みを進めるが、彼は変わらず私の隣で歩いた。
家がすぐそこで助かった。
私の家から道路を渡った先が櫻井の家になる。
道路で学区が区切られていたので、小学校は一緒ではなかったがよく家の前を通っていたから私は彼のことは知っていた。
悔しいから言わないけれど。
私は無言のまま家に入ろうとすると、櫻井に手を掴まれる。
咄嗟に手を引くが男性の力には叶わなかった。
「で、返事聞いてないんだけど?」
櫻井が真面目な顔で言うものだから、一瞬何のことだか分らなかった。
「好きの返事は?」
「はっ?」
何て可愛くない返事をしてしまったのだろう。
恥ずかしげもなく、会話の一部のように言うものだから咄嗟に声が出てしまった。
「好きって、さっきの冗談じゃ……」
「冗談で言うと思った?」
「うん」
「……はぁ」
櫻井は深いため息をつく。
その呆れたようなため息に、私は恥ずかしさよりも怒りが勝る。
「し、知らない! さようなら!!」
私は櫻井の手をぶんっ!と振り払って家の中に飛び込んだ。
モテるし、軽口をたたくこともあるが、さすがに冗談であんなことを言う男ではないと思う。
思うけれど、どうして櫻井が私のことを好きなのか全く理解ができなかった。
―――――
「えーーーー!! 告白されたっ!?」
「声でかいっ!」
慌てて唯の口を両手で塞いだが時すでに遅し、クラスの視線が一気に私達に集中する。
いたたまれなくなり、唯をさらうようにして中庭に向かった。
ベンチに腰を落ち着かせ、昨日のことをあらかた話すと唯の目がどんどん輝いていく。
「櫻井くん、素敵!」
「え、どこが?」
唯の発言に全く共感できずモヤモヤする。
「だって、この奈津美ちゃんに告白したんでしょ?」
このって何だこのって。
確かに、口数は多い方ではないし特定の人以外には心を閉ざしてしまう傾向があるけれど……。
部長だって私ではなく、明るくていつも笑顔の唯がなった方が良かった。
実力もあるし、皆からの信頼も厚い。
「あ、今ネガティブなこと考えてたでしょ?」
「だって……」
「このって意味はね。声をかけるのも躊躇してしまう、クールビューティーな高嶺の花の奈津美様ってこと」
「何それ」
「自覚がないのが残念、まっそこが良いところなんだけど」
うんうんと、唯が1人で納得している。
何だか昨日から、私の知らないことが多すぎてついていけない。
ちょっと表情がないから?
人見知りだから?
口が悪いから?
真っ黒な髪のせい?
ポロっと1つ涙が落ちると、それは止まらなくて勝手に溢れてくる。
「よしよし。ごめんね、誤解させる言い方して」
唯が私を抱き寄せてくれて、背中を撫でてくれると安心する。
「なっちゃんって実はモテるの知ってる?」
「え?」
「私なっちゃんと友達になってから、色んな男の子から何度もなっちゃんのこと聞かれてきたの」
そんなの初耳だ。
「……ごめん、迷惑だったね」
「ううん、そんなことない。寧ろ嬉しかったよ」
「唯はそれで、何て言ったの?」
「え?」
「その男子に何て答えてたの?」
「あ~」
唯が私から離れると、気まずそうに視線を外す。
何か嫌な予感がした。
もの凄く嫌な予感が。
「なっちゃんには好きな男の子がいるから駄目だって」
「それだけ?」
「1回だけ、1回だけです。あまりにもしつこく聞いてくるから、櫻井健太くんだと答えました! ごめんなさい!」